俺は観測者であって、主人公じゃない。

「――というわけで、展示の衣装を決めようと思う!」

放課後の教室。

アレンのその一言で、俺の平和な日常は再び大きく揺らいだ。

衣装。

衣装合わせ。

つまり……。

推しカプの衣装姿が見られるってことですか!?!?

「…………」

「ミナトくん?」

「…………最高」

「え?」

「最高すぎる……!!」

「何が!?」

ノアが笑いながら俺の顔をのぞき込んできた。

いや、だって!

普段の制服姿でも十分尊いのに、学園祭用の衣装まで見られるなんて!

この世界、サービス精神が旺盛すぎない!?

「ミナト、何か楽しみにしていることでもあるのか?」

アレンが不思議そうに尋ねてきた。

「うん!!」

「そ、そうなんだ。何かな?」

「みんなの衣装姿!!」

「……衣装?」

「うん! 絶対似合うと思う!」

俺が力強くうなずくと、アレンは少し照れたように笑った。

「ありがとう。ミナトにそう言ってもらえると嬉しいよ」

…………。

主人公の笑顔、今日もまぶしい。

その隣では、カイルが静かに資料を確認している。

「衣装は展示の内容に合わせて、魔法使いらしいものにする予定だ」

「魔法使いの衣装……!」

俺は思わず両手を握りしめた。

ローブ?

マント?

装飾のついた上着?

どれにしても、絶対に似合う。

アレンの優しい雰囲気に合う衣装と、カイルの落ち着いた雰囲気に合う衣装。

それぞれ違う魅力が出るはず。

そして、その二人が並んだら――。

「ミナトくん、戻ってきて」

「はっ!」

ノアに肩を揺さぶられ、俺は現実に帰ってきた。

危ない。

また妄想の世界へ旅立つところだった。

「そんなに衣装が楽しみなんだ?」

「当たり前だろ!」

「ふふっ。じゃあ、ミナトくん自身の衣装も楽しみにしておいてね」

「……え?」

俺自身?

…………。

そういえば。

俺も展示係だった。

「…………俺も着るの?」

「もちろん」

ノアはにっこり笑った。

「みんな一緒だよ、ミナトくん」

……。

……まあ。

それはそうか。

俺だけ制服というわけにもいかないよな。

よし。

推しカプのためなら、衣装くらい喜んで着ようじゃないか!

◆ ◆ ◆

翌日の放課後。

俺たちは衣装を試着するため、学院の衣装室に集まっていた。

部屋には、黒や紺を基調としたローブや、銀色の刺繍が入った上着が並んでいる。

「うわあ……!」

思わず声が漏れた。

「すごい! 本格的だ!」

「学院の備品だからね。過去の学園祭でも使われていたものらしいよ」

アレンが説明してくれる。

「この辺りが魔法展示用かな」

カイルが紺色のローブを手に取った。

「アレンにはこっちが合いそうだ」

「え? これ?」

カイルが差し出したのは、白い装飾が入った淡い青色のローブだった。

アレンはそれを受け取り、嬉しそうに目を輝かせた。

「ありがとう! カイルが選んでくれたんだね」

「……色が合うと思っただけだ」

「そうかな? 僕も好きな色だよ」

…………。

………………。

カイルがアレンの衣装を選んだ。

しかも。

アレンが嬉しそうに受け取った。

何ですか、この自然なやり取り。

付き合ってないのに、互いの好みを理解している感じ。

いや、まだ公式では恋人じゃない。

でも俺は知っている。

この二人は、ゆっくりと互いを特別な存在にしていくのだ。

「ミナトくん、また顔がにやけてる」

「にやけてない」

「いや、にやけてるよ」

「これは自然現象です」

「何の?」

「尊さを浴びたときに起きる現象です」

「そんな現象、初めて聞いたなあ」

ノアは楽しそうに笑った。

……この人、絶対に俺で遊んでる。

◆ ◆ ◆

「着替えてきたよ」

試着室のカーテンが開いた。

最初に出てきたのは、アレンだった。

淡い青色のローブに、白い刺繍。

腰には細い銀色のベルトがあり、胸元には学院の紋章が飾られている。

普段の制服より少し華やかで、アレンの柔らかい雰囲気によく似合っていた。

「…………」

俺は息をのんだ。

「ど、どうかな?」

アレンが少し恥ずかしそうに尋ねる。

「…………」

「ミナト?」

「めちゃくちゃ似合ってる!!!!」

「うわっ!?」

「すごい! え、何!? 主人公!? いや主人公だけど!!」

「み、ミナト、落ち着いて!」

「落ち着けるわけないだろ!!」

アレンは困ったように笑った。

「ありがとう。そんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ」

喜ぶよ!!

喜ぶに決まってるだろ!!

アレンの優しさと衣装の上品さが完璧に合っている。

しかも本人が少し照れている。

これはもう、学院祭のパンフレットの表紙にするべきでは!?

「……アレン、次は俺だ」

カイルが試着室に入っていった。

俺は姿勢を正した。

来る。

来るぞ。

カイル・衣装チェンジイベントが!!

そして数分後。

カーテンが開いた。

「……どうだ?」

カイルは濃紺のローブを身にまとっていた。

肩には銀色の留め具。

胸元には控えめな刺繍。

全体的に装飾は少ないのに、すっきりとした立ち姿のおかげで、ものすごく様になっている。

アレンが目を丸くした。

「わあ……! カイル、すごく似合ってる!」

「そうか?」

「うん! かっこいいよ!」

「…………」

カイルが少しだけ黙った。

それから、視線をそらした。

「……ありがとう」

……。

……。

……。

カイル、照れてる!!!!

俺はその場で崩れ落ちそうになった。

アレンの素直な褒め言葉。

それを受けて、ちょっと照れるカイル。

しかも二人とも、相手の衣装をちゃんと見て褒めている。

お互いを見ている。

尊い。

尊いよ。

この世界の空気まで甘く感じる。

「ミナトくん、立って。まだ自分の衣装を着てないでしょ」

「……はい」

ノアに腕を引っ張られながら、俺は何とか立ち上がった。

でも、心の中ではずっと叫んでいた。

公式カップルの衣装合わせ、最高です!!!!

「次はレオンだね」

ノアが試着室の方を見た。

「……ああ」

レオンは黒を基調とした衣装を手に取った。

黒いローブに、青灰色の刺繍。

襟元には銀色の留め具があり、学院の紋章が胸元に飾られている。

……いや。

待って。

その色合い。

黒髪に、青灰色の瞳。

普段から完成されているのに、そこに黒いローブと銀色の装飾を足すんですか?

盛りすぎでは?

「じゃあ、着替えてくる」

レオンが試着室へ入っていった。

俺はごくりと息をのんだ。

正直に言おう。

レオンは、普段からかっこいい。

これは認める。

認めるけれど、俺にとっては推しカプの幸せを見届けることが最優先。

レオンはその次。

……いや、別に順位をつける必要はないけど!

とにかく、俺は冷静でいる。

冷静に衣装姿を確認するだけだ。

そう。

これは展示の準備。

何もおかしなことはない。

「……待たせた」

カーテンが開いた。

そして。

「…………」

俺の思考が、止まった。

黒いローブが、レオンの長身によく似合っていた。

銀色の装飾は派手すぎず、青灰色の刺繍が黒い布地に映えている。

いつもより少し大人びて見える。

冷静な表情も相まって、まるで学院の公式ポスターから抜け出してきたみたいだった。

「……どうした、アステル」

レオンが俺を見る。

「…………」

「おい」

「…………え?」

やっと声が出た。

「レオン……」

「何だ」

「……その衣装、すごく似合ってる」

「…………」

レオンが一瞬、目を見開いた。

俺はそれどころじゃなかった。

「いや、ほんとに! めちゃくちゃ似合ってる! 色も合ってるし、装飾もすごくきれいだし! 普段もかっこいいけど、今日のレオンはなんかこう……完成度がすごい!!」

「……完成度?」

「そう! 完成度!!」

何を言ってるんだ、俺は。

もっと他に言い方があるだろ。

でも、本当にそう思ったんだから仕方ない。

レオンはしばらく黙っていた。

そして、小さく視線をそらした。

「……そうか」

その耳が、ほんの少し赤くなっていた。

「……ありがとう」

…………。

え?

今、ありがとうって言った?

しかも、ちょっと照れてる?

え?

レオンって、こういうとき照れるんだ!?

俺は目を輝かせた。

「レオンって、意外と照れ屋なんだね!」

「…………は?」

空気が止まった。

ノアが顔を覆った。

アレンはきょとんとしている。

カイルは静かに視線をそらした。

そしてレオンは――。

「……照れていない」

「えっ、でも耳が赤いよ?」

「これは暑いだけだ」

「えっ、衣装ってそんなに暑いの?」

「…………アステル」

「はいっ!」

「少し黙れ」

「はい!!」

……怒られた。

でも、怒られても仕方ない。

俺が余計なことを言ったのは事実だ。

ただ、ひとつだけ分かった。

レオンは、褒められると少し照れる。

新発見である。

今後のために、記憶しておこう。

……いや、今後って何のためだよ。

◆ ◆ ◆

衣装合わせがひと段落したあと。

俺は鏡の前で、自分の衣装を確認していた。

俺が着ることになったのは、白と紺を基調にしたシンプルなローブだった。

装飾は少なめだけど、袖口に小さな銀色の刺繍が入っている。

「おお……」

思ったより、ちゃんとした格好だ。

「ミナトくん、似合ってるよ」

ノアが後ろから声をかけてきた。

「本当?」

「うん。普段よりちょっと大人っぽく見える」

「へへ、ありがとう!」

俺が笑うと、ノアも笑った。

そのとき。

「……アステル」

振り返ると、レオンが立っていた。

「その衣装で問題なさそうだな」

「うん! 思ってたより着やすい!」

「そうか」

レオンは俺を見て、少しだけ目を細めた。

「……似合っている」

「…………」

…………。

………………。

「えっ!?」

思わず聞き返した。

「今、何て!?」

「似合っていると言った」

「俺が!?」

「お前以外に誰がいる」

「いや、そうだけど!!」

待って。

レオンに褒められた。

衣装を褒められた。

しかも、似合っているって。

「……ありがとう!!」

嬉しくなって、俺は思いっきり笑った。

レオンは一瞬だけ固まった。

それから、すぐに視線をそらした。

「……どういたしまして」

その様子を、ノアは見逃さなかった。

「…………」

にやり。

ノアの口元が、楽しそうに上がった。

「ねえ、レオン」

「何だ」

「ミナトくんに褒められたときも、ミナトくんを褒めたときも、ちょっと照れてない?」

「照れていない」

「ふーん?」

「……ノア」

「はいはい。これ以上は言わないよ」

そう言いながら、ノアはまったく反省していない顔をしていた。

俺は二人を見比べた。

「何の話?」

「何でもないよ、ミナトくん」

「……そうだ。何でもない」

二人の声が重なった。

俺は思わず笑った。

「また息ぴったり!」

「「違う」」

……まただ。

本当に、この二人は仲がいい。

俺が笑っていると、レオンは困ったように眉を寄せた。

けれど、その表情はどこか柔らかかった。

◆ ◆ ◆

衣装合わせが終わり、俺たちはそれぞれ帰る準備をしていた。

アレンとカイルは、明日の展示の打ち合わせをしている。

「明日は実演の順番を確認しよう」

「うん! カイル、時間ある?」

「ああ。放課後なら大丈夫だ」

「じゃあ、一緒にやろう!」

「分かった」

……ああ。

今日も尊い。

明日も供給がある。

俺は幸せだ。

「ミナトくん、帰ろうか」

ノアに声をかけられ、俺はうなずいた。

「うん!」

ところが、歩き出そうとしたところで。

「……アステル」

レオンに呼び止められた。

「ん?」

「明日の練習だが、少し早めに来られるか」

「練習?」

「ああ。今日の衣装に合わせて、魔法の見せ方も確認しておきたい」

「もちろん! 行くよ!」

「そうか。なら、実習室で待っている」

「分かった!」

俺が元気よく返事をすると、レオンはうなずいて歩き去った。

その背中を見送りながら、俺は思った。

レオンって、本当に面倒見がいい。

最初はちょっと怖い人かと思ったけど、今は全然そんなことない。

教え方も上手だし、ちゃんと褒めてくれるし。

「……いい友達ができたなあ」

ぽつりと呟いた。

隣のノアが、ぴたりと足を止めた。

「……友達?」

「うん!」

「……そっか」

ノアは何か言いたそうな顔をした。

でも、結局何も言わず、ふっと笑った。

「ミナトくんって、本当にすごいね」

「え? 何が?」

「何でもないよ」

「またそれ!?」

ノアは笑いながら歩き出した。

俺もその後を追いかける。

夕暮れの学院は、オレンジ色の光に包まれていた。

学園祭の準備は順調。

アレンとカイルは今日も仲がいい。

ノアは相変わらず面白い。

レオンは頼りになる。

俺は今の生活が、すごく好きだ。

だからこそ、まだ気づかない。

レオンが俺を褒めたとき、ほんの少しだけ嬉しそうだった理由も。

俺が笑うと、レオンの視線が自然とこちらへ向いてしまう理由も。

そして――。

レオン自身も、まだ気づいていなかった。

衣装姿のミナトを見たとき。

いつもより少しだけ、目を離しにくかったことに。