俺は観測者であって、主人公じゃない。

「――来月、王立魔法学院で学園祭を開催する!」

朝のホームルーム。

先生のその一言で、教室が一気にざわめいた。

「学園祭!?」 「今年は何をするんだろう!」 「魔法の展示とか、模擬店もあるらしいぞ!」

みんなが楽しそうに話す中、俺、ミナト・アステルは――。

「…………」

固まっていた。

学園祭。

学園祭だと?

ちょっと待って。

俺の知っている『月影の魔法学院』にも、学園祭イベントがあったはず。

しかも、たしか……!

アレンとカイルが一緒に展示を作るイベントがあったんじゃなかったっけ!?!?

「っ……!」

俺は両手で口を押さえた。

まずい。

顔が。

顔がにやける。

「アステル、気分でも悪いのか?」

隣の席からレオンに声をかけられた。

「い、いえ! 最高に元気です!」

「……そうか。なら、その顔は何だ」

「幸せをかみしめています!」

「意味が分からない」

分からなくていい。

分からなくていいんだ、レオン。

これは俺と推しカプだけの秘密だからな!!

……いや、別に秘密でもないけど。

とにかく。

学園祭イベント、開幕です!!

◆ ◆ ◆

「それでは、各クラスで学園祭の出し物と担当を決めてくれ」

先生がそう言うと、教室は一気に騒がしくなった。

「魔法の実演がいい!」 「いや、カフェをやろうぜ!」 「展示なら準備が楽じゃないか?」

みんなが意見を出し合っている。

俺はというと、もちろん。

アレンとカイルが何を担当するのか、それだけが気になっていた。

ちらっ。

アレンを見る。

ちらっ。

カイルを見る。

ちらっ。

二人の距離を見る。

……近い。

いや、普通に隣同士で話しているだけなんだけど。

なんか、こう。

同じ教室に推しがいるって、すごいな。

前世の俺に教えてやりたい。

お前の人生、転生後にめちゃくちゃ充実するぞ、と。

「ミナトくんは何がしたい?」

突然、ノアに話しかけられた。

「えっ? 俺?」

「うん。カフェ? 展示? それとも魔法の実演?」

「俺は……」

正直、何でもいい。

推しカプの供給さえあれば。

いや、もちろんクラスのために頑張る気持ちはあるよ!?

でも、もしアレンとカイルが同じ係になったら、俺はその瞬間を見届けたい。

「展示とか、いいんじゃないかな!」

「へえ。意外と真面目な答えだね」

「意外とって何!?」

ノアがくすくす笑う。

そのとき、アレンが手を挙げた。

「僕は魔法の仕組みを紹介する展示がいいと思う。魔法が苦手な人にも分かるようなものにしたいんだ」

おお!

さすが主人公!

誰かの役に立つことを自然に考えられる男!

すると、カイルが口を開いた。

「それなら、実演も入れたらどうだ。説明だけより、実際に見た方が分かりやすい」

「それ、いいね!」

アレンの顔がぱっと明るくなる。

「カイル、一緒に考えてくれる?」

「もちろんだ」

…………。

………………。

はい、いただきましたあああああ!!

一緒に考えてくれる?

もちろんだ。

何ですか、その自然な信頼関係。

会話がすでに完成されている。

アレンが思いついたことをカイルが補って、カイルの案をアレンが嬉しそうに受け入れる。

お互いの得意なところを分かっている感じ。

これぞ公式カップルの強さ!!

「ミナトくん、顔がすごいよ」

「ノア、今は話しかけないで」

「えっ、ひどくない?」

「今、俺は大切な場面を目撃しているんだ……!」

「うん、知ってる。顔に書いてある」

書いてない!!

たぶん!!

「では、魔法展示の担当者を決めよう」

先生の声で、俺は我に返った。

アレンとカイルは、そろって展示係に立候補した。

そして――。

「アステル君も、魔力制御に興味があるなら参加してみないか?」

「…………え?」

先生、今なんと?

「君の細かな魔力操作は、展示にも役立つかもしれない。もちろん、無理にとは言わないが」

俺はアレンとカイルを見た。

アレンが笑顔で言った。

「ミナト、一緒にやろうよ!」

カイルも静かにうなずく。

「お前の魔法なら、分かりやすい実演ができるかもしれない」

…………。

………………。

推しカプと同じ係!?!?

「やります!!!!」

即答だった。

ノアが隣で吹き出した。

「返事、早すぎない?」

「だって!! やらない理由がないだろ!!」

「ふふっ、そうだね」

「よし、決まりだな」

カイルがそう言って、アレンと顔を見合わせる。

アレンは嬉しそうに笑った。

……ああ。

俺、ここに転生してよかった。

本当に、よかった。

ただし。

このときの俺は、まだ知らなかった。

推しカプのそばにいられる喜びと引き換えに、別の問題まで発生することを。

◆ ◆ ◆

放課後。

魔法展示の担当者が集まり、準備について話し合うことになった。

集まったメンバーは、俺、アレン、カイル、ノア。

そして――。

「……レオン?」

俺は思わず声を上げた。

そこには、腕を組んで立っているレオンがいた。

「何だ」

「いや、何だじゃなくて! レオンも展示係なの!?」

「魔法の実演を担当することになった」

「そうなんだ! すごいね!」

「……お前も参加するんだろう」

「うん!」

「なら、よろしく頼む」

…………。

え?

今、よろしく頼むって言った?

俺に?

レオンが?

普通に?

「……はいっ!!」

俺は勢いよくうなずいた。

よし。

推しカプと同じ係になれただけでも幸せなのに、レオンの魔法まで見られるなんて。

この学園祭、神イベントすぎる。

「じゃあ、まずは展示内容を決めようか」

アレンが机の上に紙を広げた。

「魔法の基礎を説明して、実際に魔法を見せる。それから、魔力制御の体験もできるようにしたいんだ」

「体験なら、簡単な光の魔法がいいだろう」

カイルが意見を出す。

「そうだね。僕もそう思う」

アレンがうなずいた。

「ミナトの細かな操作も見せられるかもしれないね」

「えっ、俺の!?」

「うん。昨日の練習で、光を細い線みたいに動かせたんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「見てみたいな」

アレンがまっすぐに言った。

……主人公の笑顔、まぶしい。

「俺、頑張る!」

「期待してるよ、ミナト」

「うん!」

その隣で、レオンが静かに口を開いた。

「アステルの魔力制御なら、展示に使える可能性はある。ただ、まだ安定性に課題がある。まずは練習が必要だ」

「なるほど。じゃあ、レオンがミナトくんの練習を見てあげるの?」

ノアが、にこにこと尋ねた。

「……必要ならな」

「へえ?」

「何だ、その顔は」

「別に?」

ノアは口元を押さえた。

絶対に何か企んでいる。

「レオンって、ミナトくんのことになると、よく気がつくよね」

「同じ展示係だからだ」

「ふーん」

「……ノア」

「はいはい、分かったって」

二人のやり取りを見ながら、俺は首をかしげた。

「レオンって、面倒見がいいんだね」

「…………」

レオンが黙った。

ノアは一瞬だけ目を見開き、それから肩を震わせた。

「……っ、ふふっ!」

「えっ!? 何!?」

「いや、ミナトくんって、本当に面白いなあって!」

「そう!?」

「うん、最高!」

褒められた。

……のか?

まあ、いいか!

俺は推しカプのために、魔法展示を成功させる。

それが今の俺の使命だ!

◆ ◆ ◆

「ミナト、そっちを持ってくれる?」

「もちろん!」

翌日から、学園祭の準備が始まった。

俺たちは展示に使う道具を運び、説明用の資料をまとめることになった。

俺が箱を持ち上げようとすると、カイルがすっと手を伸ばした。

「重いだろう。こっちは俺が持つ」

「あ、ありがとう、カイル!」

「気にするな」

その直後。

「カイル、僕も持つよ!」

アレンが隣に並んだ。

「お前は資料を持っているだろう」

「でも、こっちも手伝いたいんだ」

「……そうか」

カイルは少し考えてから、箱の片側をアレンに渡した。

「じゃあ、一緒に持とう」

「うん!」

二人で箱を持ち上げる。

歩幅を合わせて、ゆっくりと運んでいく。

アレンが何か話しかけると、カイルが短く返事をする。

それでもアレンは楽しそうに笑っていて、カイルもちゃんと聞いている。

…………。

………………。

何その自然な共同作業!!

いや、分かってる。

ただ箱を運んでいるだけだ。

ただ箱を運んでいるだけなんだけど!!

二人が並んで歩いているだけで、画面が完成するんだよ!!

「ミナト、どうした?」

カイルが振り返った。

「な、何でもない!!」

「顔が赤いぞ」

「暑いだけ!!」

「今日は涼しいけど……」

アレンまで不思議そうに俺を見る。

やめて。

二人そろって俺を見ないで。

尊さが限界を突破するから!!

「ミナトくん、手伝ってくれない?」

ノアが資料の束を抱えてやってきた。

「もちろん! 何すればいい?」

「この資料を、展示する順番に並べたいんだ」

「分かった!」

俺はノアと一緒に机へ向かった。

資料には、魔法の基本的な仕組みや、魔力の扱い方が書かれている。

その中に、昨日レオンから教わった魔力制御の説明もあった。

「ミナトくん、これ読んでみてくれる?」

「うん。えっと……魔力を一点に集めるんじゃなくて、全体の流れを意識する……」

「そうそう。君が実習でやっていたことだね」

「なるほど! こうやって説明すれば、分かりやすいかも!」

俺が文章を少し書き直すと、ノアは感心したように目を細めた。

「ミナトくん、こういうの得意なんだね」

「えっ? そうかな?」

「うん。自分が理解したことを、人に分かるように伝えるのが上手だよ」

「……!」

そんなふうに言われたこと、あまりなかった。

魔法が得意なわけでもない。

特別な身分でもない。

前世では、好きな作品を読んで、推しカプの幸せを願っていただけの人間だった。

でも。

今の俺にも、できることがあるのかもしれない。

「……ありがとう、ノア」

「どういたしまして」

ノアはいつものように笑った。

「ミナトくんが頑張ってるの、ちゃんと見てるよ」

「……うん!」

その言葉が、思ったより嬉しかった。

◆ ◆ ◆

「アステル」

「ん? あ、レオン!」

資料をまとめ終えた俺のところに、レオンがやってきた。

「少し、魔力制御の練習をするぞ」

「今から?」

「ああ。展示までに、もう少し安定させたい」

「分かった!」

俺は練習用の小さな魔石を受け取った。

レオンの説明を聞きながら、魔力をゆっくりと流す。

昨日よりも、少しだけ感覚が分かる。

魔力を無理に押し込むんじゃなくて、流れを整える。

そう意識すると、魔石の表面に淡い光が浮かんだ。

「……できた!」

「いいな。今の感覚を覚えておけ」

「うん!」

俺が嬉しそうに笑うと、レオンは一瞬だけ言葉を止めた。

「……何?」

「いや」

「俺、何か変なことした?」

「していない」

「本当に?」

「ああ」

レオンは視線を魔石に戻した。

けれど、その耳がほんの少し赤くなっていることに、俺は気づかなかった。

いや、気づいたとしても。

きっと俺は、こう考えただろう。

――魔法の実演を考えていて、暑くなったのかな?

と。

「レオン、もう一回やってみてもいい?」

「……もちろんだ」

レオンはうなずいた。

俺が練習を再開すると、少し離れたところでノアがこちらを見ていた。

そして、ぽつりと呟く。

「……レオンも、ずいぶん変わったなあ」

以前のレオンなら、誰かの練習にここまで付き合うことはなかった。

必要なことを教えたら、それで終わり。

それが普通だった。

なのに今は、ミナトが成功するまで何度も説明している。

ミナトが失敗しても急かさない。

成功すれば、ちゃんと褒める。

そして何より。

ミナトが笑うと、レオンの表情がほんの少し柔らかくなる。

「……本人は、まったく気づいてないけどね」

ノアは苦笑した。

ミナトは相変わらず、アレンとカイルの様子を見ては幸せそうにしている。

自分に向けられている視線の意味なんて、考えもしない。

「まあ、そこがミナトくんらしいのかな」

ノアはそう呟いて、再び資料の整理へ戻った。

◆ ◆ ◆

その日の準備が終わるころには、俺はすっかりくたくたになっていた。

でも、心はめちゃくちゃ元気だった。

「今日、すごく進んだね!」

アレンが嬉しそうに言う。

「そうだな。展示の形も見えてきた」

カイルが資料をまとめる。

「ミナトくんの説明も分かりやすかったよ」

ノアが笑う。

「……アステル。魔力制御も昨日より安定していた」

レオンが、いつもの落ち着いた声で付け加えた。

…………。

俺はみんなを順番に見た。

そして、胸の前でぎゅっと拳を握った。

「俺、学園祭までに絶対もっと上達する!」

「うん、一緒に頑張ろう!」

アレンが笑顔で応えてくれる。

「無理はするなよ」

カイルもそう言ってくれた。

「困ったら僕にも相談してね、ミナトくん」

ノアが片目をつむる。

そしてレオンは、短くうなずいた。

「期待している」

…………。

青春だあああああ!!

いや、ほんとに。

俺、今、青春してる。

魔法を練習して、仲間と協力して、学園祭を準備して。

そのうえ、推しカプの共同作業まで見られる。

こんな幸せなことがあっていいのか!?

「よし! 明日も頑張ろう!」

俺は元気よく宣言した。

みんなが笑った。

その笑顔を見て、俺も笑った。

この時間が、ずっと続けばいい。

そう思った。

――けれど。

帰り際、アレンとカイルが並んで歩いていく姿を見送っていたとき。

俺の隣に立ったレオンが、ふいに口を開いた。

「……アステル」

「ん?」

「お前は、誰といるときもあんなに楽しそうなのか?」

「え?」

思いがけない質問に、俺は目をぱちぱちさせた。

「誰といるときも……?」

「ノアと話しているときも、アレンたちといるときも。いつも楽しそうだ」

「えっ、そうかな?」

「ああ」

俺は少し考えた。

「うーん……みんなといるの、楽しいからかな!」

そう答えると、レオンは黙った。

「ノアは面白いし、アレンは優しいし、カイルは頼りになるし! レオンも魔法を教えてくれるし!」

「……そうか」

「うん! みんな、いい人だよね!」

俺が笑うと、レオンはなぜか少しだけ視線をそらした。

「……お前らしい答えだな」

「え? それ、どういう意味?」

「そのままの意味だ」

「ええー!? 気になるんだけど!」

「気にするな」

レオンは歩き始めた。

俺も慌ててその隣に並ぶ。

「ちょっと、レオン! 待ってよ!」

「歩くのが遅い」

「いや、レオンが速いんだって!」

そんなやり取りをしながら、俺たちは夕暮れの廊下を歩いていった。

レオンは、まだ知らない。

どうしてミナトが笑うと、少し安心するのか。

どうしてミナトが誰かと楽しそうにしていると、つい目で追ってしまうのか。

そしてミナトも、まだ知らない。

自分が少しずつ、誰かの特別な存在になり始めていることを。