毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

『影一郎の霊力を見よ。鬼の炎と雪女の氷、双方を操る力を持つ。しかも、その力は並の鬼を遥かに凌ぐ』

 妥協案として出されたのは、残酷な処遇だった。

 影一郎の顔を黒いベールで覆い、その存在を隠したまま鬼の一族の下で従順に育てること。
 鬼の一族の選民思想は凄まじく、混血の存在は許されない。

 でも、影一郎は当主の血を継ぎ、妖の争いが起きた時に最終兵器になるような強い霊力を持っている。
 彼は鬼の一族から強い武器ーー道具として残された。

 しかし、冬子が影一郎の処遇に不満を漏らすと、源三は彼女の意志を汲み影一郎を後継者に指名しようとした。
 冬子に操られていると判断した一族は、予定よりずっと早く彼女を始末しその肉を源三に食べさせた。

 愛した女を自らの牙で引き裂き、喉に流し込んだという事実が源三の心を完全に壊した。
 その狂気を抱えた男の妻となったのが、緑子である。
 恐怖と義務の狭間で身を差し出し、必死に正気を保ちながら彼女は子を宿した。

 そうして生まれたのが、鬼の一族の未来を背負うはずだった光一だった。

 その運命はある夜を境にひっくり返る。

 妖狐の一族の屋敷はは、祝いの紅で染まっていた。
 次期当主・凛介とその許嫁である美々子のお披露目会。

 絹の幟が風に揺れ、甘い香の煙が空に溶けていく。



 源三は狂気に歪んだ瞳でなおも「後継者として影一郎も連れて行け」と主張した。
 緑子は奥歯を噛み締め、苦虫を噛み潰したような顔で承諾した。

 影一郎の顔に黒いベールを被せ、影のように従わせる。

 冷たい冬の夜風が、彼の足元を撫でていく。

 妖狐の屋敷が見え、馬車は門前で乱暴に止められた。

 重厚な黒塗りの門柱には金の装飾が絡みつくように施され、硝子張りの外灯が昼間だというのに鈍く光を放っている。
和と洋が入り混じったその屋敷は、いかにも近頃の流行を誇示するかのようで鬼の古式ゆかしい邸宅とは趣を異にしていた。



「お前は旦那様の手前、連れてきただけだ。ここで待っていなさい」

 緑子の冷えた声が、馬車の中に落ちる。

 緑子のその言葉に、影一郎は小さく息を吐くと外に出た。
予想通りの仕打ちだった。

雪が深々と降り積もっている冷えた外を温かいと感じるのは、自分に雪女の血が混じっているからだ。