毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

『直子、君はろくに教育も受けていない孤児だと聞いていたのに優秀なんだな。花嫁選定会の筆記試験も満点だった』
 大袈裟でもなく、ただ事実を述べるような静かな口調。

 直子は、思わず顔を上げた。

 その言葉が、耳ではなく、直接胸に落ちてきた気がしたからだ。
『い、今、私を褒めてくださったのですか? 私は馬鹿ですよ』

 確認するように問い返してから、慌てて反射的に首を振る。


 褒められた経験がない者は、褒め言葉を受け取る術を知らない。
 影一郎は、わずかに眉を寄せた。



『俺は、馬鹿と結婚するつもりはない。今後、自分を卑下するのはやめろ』
 その声音には、冗談めいた響きすらなかった。



 直子の喉が、ひくりと鳴る。


『も、申し訳ございません』

 口をついて出たのは、またしても謝罪だった。



『謝る必要はない。ただ、本当の君は非常に頭が切れるだろう。俺たち鬼の抱える問題にも、明らかに気が付いている』

 影一郎は、淡々と続ける。



 その言葉は、直子の胸の奥に冷たい水のように流れ込む。

『い、いえ。私は、何も⋯⋯』

 直子は慌てて否定した。

 影一郎は、そんな直子をしばらく見つめていた。

 責めるようでも、試すようでもない、ただ静かな視線。



 その沈黙が、なぜか怖かった。

 ――褒められるということは、期待されるということだ。



 期待されるということは、役に立つ存在だと認められるということだ。
 そんなものは、直子の人生にはなかった。



 鬼神家に来てから、影一郎は、何度も、何度も、彼女を褒めた。

 文字を読む速さ、状況を把握する早さ、問いに対する答えの的確さ。
 そのたびに、直子の心は小さく揺れた。

 価値がある存在だと思わされる度に、餌になる現実が受け止められなくなる。
(影一郎様は意図して私を褒めている? 餌を褒める意味ある?)



 直子は影一郎という存在が分からなかった。
 影一郎にとって直子がいかに特別な存在か彼女は知らない。



 彼は一族の前で感情を隠しながらも、直子が自分を「死んでもいい存在」から「失われてはいけない存在」と思えるように導いていた。
 直子は本当は何もかも分かっていた。



 双子が生まれた瞬間、双子の片割れは隠して毒餌に使う予定だったこと。