毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

「何をおっしゃるかと思えば、文句でしたか。お宅の娘が私を貶めようと嘘を並べた謝罪を、まずしたらいかがですか? 子供は親を映す鏡とは本当ですわね。幾つになっても礼儀さえ知らない恥ずかしい方々」

 直子は淡々と言い返した。

 こんなくだらない連中に囚われていた自分が情けない。

 彼らが自分を娘として扱わなかったのだから、自分ももう彼らを親とは思わない。

「直! 貴女、鬼の財をくすねてくると約束したでしょう」

 母、蘭子の言葉に直子は嫌悪感を抱く。

「私は盗みはしません。それは罪人の所業です」

「お供え物の稲荷を盗むのに罪悪感を抱く狐がいる? 言うことを聞きなさい!」

 振り上げられた母の手に打たれてやろうと、そっと目を瞑る。
 ――叩かれる覚悟は、できていた。

 暴力を振られたら、それを淡々とまた交渉材料にすれば良い。
 もう、百年以上彼らの行動に傷つけられてきた。



 気分で叩かれることも何度もあった。叩かれる数が一回増えることに何の意味もない。
 妖狐の一族には何も期待していないし、これ以上彼らの言葉に一喜一憂はしない。



 何故だか直子の頬に痛みは来なかった。

 代わりに、低い声が落ちる。

「俺の花嫁に乱暴を働くつもりでしょうか? それなら、この場で妖狐の一族を滅ぼすことも考えなければなりません」

 影一郎の言葉は静かだが、そこに一切の冗談はなかった。彼の手が、蘭子の手首をがっちりと掴んでいる。
 炎が、影一郎の腕を伝い蘭子の手首を焼く。



「ひっ!」
 蘭子は悲鳴を上げ、手首を押さえる。
 影一郎が手を離した瞬間、まるで嘘のように炎は消え失せた。

「直子、話は終わったか? 碌なお土産はなかったようだが」

 影一郎は穏やかな声で問いかける。

「はい。嫁いだ娘に嫁ぎ先からお金をくすねて来いと命じているが、言うことを聞かないと相談されただけですわ」
 直子は少し首を傾けてにこやかに答える。


「ならば、その娘に伝えてやりたいな。そんな毒親は捨ててしまえと」
 影一郎は、ふっと笑う。


 直子は胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。

 「影一郎様、今晩お話したいことがあります」

自分の正体に気づいているのに、気付かぬふりをする夫。
直子は今宵、本当の自分の姿を彼に明かすと決意した。