毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

 千雪が妖狐を侮蔑する言葉が惜しみなく並べる。

 だが、この場において、反論できる者は誰一人いなかった。

「千雪様。そのくらいにしておいては、いただけませんか」

 やがて、奥の方から落ち着いた声が響く。

 現れたのは、狐神京介。

 凛介の父であり妖狐の現当主だ。

 見た目は人間の二十代半ばだがその眼差しの奥には、五百年以上を生きた者特有の重みと計算高さが潜んでいる。

 千雪は楽しげに首を傾げた。

「部外者はここまでにしますね。今宵、裁きを下すのは私ではありませんわ。こにいらっしゃるのは鬼の一族、次期当主である影一郎様でしょう? 迎えたばかりの花嫁に随分ご執心の様子ですわね」

 周囲の視線が、ゆっくりと影一郎へと移る。
 直子はその様子を冷静に見つめていた。



 鬼の一族の当主・源三は伏せっている。
 実態はともかく鬼の一族の最高権力者は影一郎。



 嫁いだ直子は既に一族の人間ーーその上、彼の花嫁だ。
 そんな存在を害した罪は重い。
 やがて、全ての視線が影一郎に集まった。

 つい先ほどの、最強の雪女の吹雪を凌駕したような恐ろしい力を見せた男。

 それを目の当たりにした妖たちは、畏怖を隠せない。

 ――彼が本気になれば、誰も勝てない。


「被害に遭った妻、直子の意見を聞きたい」

 影一郎がはっきりと告げると、ざわり、と空気が揺れた。

 人間の意見を聞くなど本来あり得ないが、誰一人として異を唱えることはできなかった。



 ーーあの力を前にしてはただ従うしかない。

 直子は背筋を伸ばし、静かに、しかし迷いなく口を開いた。



「慰謝料をお支払いください」

「それだけで、よいのか?」



 影一郎が問い返す。

「妖狐の一族への、報復は?」

 彼の一言に周囲は震撼した。

 直子はその様子を穏やかな微笑みで見つめていた。

「いいえ慰謝料だけで結構です。妖狐の一族には同情すら覚えます。長年生きても、盗みと享楽から抜け出せないその愚かさにです」

 彼女の言葉に、狐たちがざわめく。

「なっ!」

 反論しかけた妖狐たちを影一郎が鋭い視線で制した。

 千雪が楽しそうにくすくすと笑う。