毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

「この状況は⋯⋯」

 初めに声を発したのは直子の父である狐塚崇仁(こづかたかひと)だった。

 岩石から元の姿に戻った凛介は焦ったように口を開く。

「鬼の花嫁から誘惑された。部屋に連れ込まれ退屈だから抱いて欲しいと言われたんだ」

 直子はあまりに唐突で稚拙な言い訳をする凛介を静かに見つめていた。
(こんな男を五十年以上も好きだったなんて、一生の恥だわ)
 彼女の胸の奥で乾いた笑いがこぼれる。

「私はその現場を目撃しましたの。本当に人間は浅ましいですわね。美しい男を前にすれば、涎を垂らして縋りつくなんて」

 涼やかな声で追い打ちをかけるように美々子が言う。
 彼女は自分の双子の姉だ。
 狐の一族は皆、美々子は優れていて直は劣っているから捨てられたと直子に言い聞かせた。

(あれは洗脳よね。私がこの下衆な女より劣っているわけないわ)

 隣に寄り添う影一郎の温もりが直子に自信を与える。

 言葉はなくとも、その体温が何より雄弁に直子を支えていた。
「お二人とも狐らしく嘘がお上手ですわね。こんなくだらない男を誘惑する程、私は落ちぶれておりませんわ。私は千五百六十三人から選ばれた鬼の花嫁です!」

 直子は手の中の録音機をぎゅっと握り、心臓の鼓動を抑えながら一歩足を踏み入れた。


 凛介の顔がぴくりと引きつった。

「僕がくだらない男?」
 直子は答えず、ただ静かに録音機のスイッチを入れた。



『こちらに来るんだ。話がある』


『そなたは僕が好きなんじゃないのか? 僕を退屈させないでくれ』


 録音はそこで切れ室内は凍りついた。


 部屋に移動した後、無理やりに迫る凛介の声までもしっかりと録音されていた。

「ふふ、証拠はすっかり揃っておりますわね。鬼の花嫁を連れ出し、その罪を被害者へと着せる。なんて見事な倒錯でしょう」

 雪女の当主、千雪が扇を口元に当てながら高らかに笑う。
 その声音は楽しげでありながら氷の刃のように冷たかった。



 透き通るような青い瞳が凛介と美々子を順に射抜く。
 妖しく微笑む千雪の瞳に周囲の者たちは思わず目を逸らした。

 雪女の青い瞳は目を合わせれば魂を奪われると言われるほどの力を宿している。

「狐さんらしく、人のものが欲しくなったのかもしれませんが、残念でしたわね。お相手があまりにも悪かったようですよ」