影一郎は言葉に詰まり、視線を逸らす。
だが、逃げることは出来なかった。
「その通りだ。俺の願いがあるとすれば、直子が幸せに笑って暮らすことだけだ」
飾らない、正直な言葉だった。
直子は困ったように微笑むが、その笑みはどこか哀しい。
「私なんかの気持ちは重要ですか? 私は影一郎様の妻ですよ。感情など関係なく貴方の所有物です。私が幸せでも不幸でも影一郎様は気にする事ではありませんわ」
風が吹き、直子の髪が揺れる。
「所有物なんかじゃない! 君は君のものだ」
影一郎の声が思わず強くなる。
彼女の立場に立てば、そう言った考えに辿り着いてしまうのは分かっていた。
でも、影一郎は彼女には自分の感情を大事にして欲しかった。
その激昂に直子が驚き、息を呑んだ。
その時、背後から聞き覚えのある声が届く。
「これはこれは、新婚のご夫妻ではないか」
影一郎が振り返るより早く、直子の身体が強張る。
冷たい指で背をなぞられたかのように、動けなくなった。
そこに立っていたのは、凛介だった。
洒落た洋装に身を包み以前と変わらぬ穏やかな笑み。
だが、その存在だけで空気が歪む。
人の世に紛れる時は姿を変えるはずの妖狐が、今夜は銀髪に琥珀色の瞳のまま堂々と街路に立っていた。
周囲の人々がざわめく。
妖が街に現れたことに遅れて気づき始めている。
そして彼の腕には、銀髪を揺らし美々子が寄り添っていた。
