毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした


 広間に並ぶ少女たち。

 皆、震えるように俯きながら名を呼ばれるのを待っている。



『エントリーナンバー五十三番。塚田直子です』
 その声に、影一郎は顔を上げた。



 現れたのは、黒曜石のような瞳をしたごく普通の少女だった。

 しかし、まる日本人形がそのまま歩き出したかのような不自然なほどの静けさをまとっている。

 その瞬間。理由もなく影一郎の胸がざわめいた。

 ――思い出す。

 あの夜の蔵と燻製の香り。
 妖の未来を、あれほど自信満々に語っていた女。

 なぜ、全く容姿の違う女を見て彼女を思い出すのか彼自身にも分からなかった。
 しかし、直が鬼の花嫁になろうとしているのなら、昨年の毒殺事件にも理由がつく。

 塚田直子がことあるごとに苦しげな表情で、左の二の腕を触るのが気になった。

(あの夜、直の二の腕の肉が使われ毒殺に成功したから、花嫁として送り込まれたのかもしれない)

 直子が控えめに見えるのは人間の女を真似ているからだと考えた。

 だが、二言目には必ず自分を卑下する言葉が混じる彼女に違和感を覚えた。



「私のような者が、鬼の花嫁として選ばれるはずもなく⋯⋯」

 弱々しく見える彼女は、かつて影一郎が惹かれた強さを失っていた。
 一年しか経っていないのに、まるで別人のようだった。


 だが、影一郎は可能性があるのならば直を幸せにする機会が欲しかった。

(直子は人間の姿に化けている直かもしれない。彼女が笑うところがまた見たい)

 理屈ではなく彼の本能が叫んでいた。
 緑子と光一を殺した毒は狐の肉を材料にしたものだったに違いない。

 おそらく、あの夜から妖狐たちは彼女に告げたのだ。
 ――鬼の花嫁に選ばれて、鬼の餌になれと。

 恋した男の隣で、幸せそうに微笑む“もう一人の自分”を見ながら、その度に直の自尊心は削られていった。

 賢いがゆえに、彼女は理解してしまったのだ。

 なぜ自分だけが、生まれた時から隔離されていたのか。

 なぜ、愛される価値がないように扱われてきたのか。
 ーー自分は、使い潰すための存在だと。



 影一郎は、静かに彼女を見つめた。
 聡明な彼女が毒餌になる為に死ぬ為にここに立ってる。
(直⋯⋯それは破滅的思考じゃないのか?)



 影一郎は塚田直子を花嫁に選んだ。