毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

「いいえ」

 直子は、はっきりと言い切った。

「認めさせますわ。私が制度をこの世界の価値観そのものを変えます。その前に――私を虐げてきた狐どもに、然るべき報いを受けさせます」

 障子の隙間から差し込む月光が、銀髪を照らし琥珀の瞳を燃えるように輝かせる。


 その姿は、もはやか弱い花嫁ではなく、影一郎の世界を変えた強く賢い初恋の女だった。

 影一郎はしばらく黙って彼女を見つめ、やがて静かに笑った。



「惚れ直したよ、直子。やはり、君は俺の恩人の直だ。君のその建設的思考が大好きだ」

「えっ? 直って。建設的思考?」


 その瞬間、影一郎の紫水晶の瞳が澄んだ海のような青に変わる。
 室内の空気が冷んやりと冷たくなった。


「影一郎様、まさかあの時の雪⋯⋯」

 言い終わる前に直子の唇は塞がれた。



 直子の瞳に涙が溢れる。
自分ばかりがどん底にいた訳ではない。



 もしかしたら、自分と同じかそれ以上に虐げられてきた人。
 影一郎の正体に気がついた時、彼がどれほどの思いを持って自分と一緒にいたのかと胸が締め付けられた。



 鬼神家の深い夜。

 二人は互いの体温を確かめ合いながら、言葉にならない想いを重ねていく。
 直子は、ここへ来てからの一年を思い返していた。



 ♢♢♢



 鬼が人間の花嫁を喰らうのは、結婚してから三十年後と決まっている。

 それはこの世界では、慈悲に近い制度だった。


健やかに過ごせるのが五十年ほどの人間にとって、鬼に嫁いで与えられる三十年はあまりにも甘美だ。

 衣食住に困ることはなく、老いれば静かに、苦しむことなく喰われて死ねる。
 貧しさの中で飢え、戦で斬られ、病で腐るように死ぬよりも、鬼に愛され鬼に終わりを委ねるほうが、よほど幸福だと信じられていた。



 だから鬼の花嫁になることはは、生贄ではなく――選ばれし者だった。

 直子は妖狐だ。

 本来なら千年は生きられるはずの、妖の一族。

 ――それでも。

(喰われなきゃ、意味がない。人間なら鬼の花嫁に選ばれて幸せに思えただろうに)



 狐の肉は、鬼にとって致死の毒になる。
 鬼の霊力が強い本家の人間ほど、なおさらだ。



 血肉が喉を通った瞬間、強靭な鬼の身体は内側から崩れ落ちる。

 実家から捨てられた。