毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

 凛介は興味深そうに目を細める。



「気持ち悪い⋯⋯」

 影一郎は思わず本音が漏れてしまい、隣にいた直をギョッとさせる。
 凛介は微笑み深くは追及しなかった。



「直。これも持ってきた」
 凛介は、もう一つ包みを差し出す。

「保存が利くようにしてある。しばらくは困らないはずだ」

「ありがとうございます。凛介様」

 直は両手で受け取り、深く頭を下げた。

 彼女の後頭部に凛介は愛おしそうに軽くキスをする。

 影一郎はその姿を見ながら、「凛介死ね」と思った。

 そして首を振る。
 建設的思考に変えれば「凛介殺す」が正しいだろう。

 そのほうが前向きな気がする。

 影一郎はすでに自分が死にたいと思わなくなっていることに気がついた。

 蔵の中に生まれた、目に見えない温度差が三人の間を静かに隔てていた。
 影一郎は、その冷えを確かに“痛み”として感じていた。



 その夜、鬼の一族の邸宅に戻ると異変はすでに起きていた。
 緑子と光一は邸宅に到着するなり、程なくして倒れた。



 まるで毒物を摂取したかのように顔色は失せ、唇は紫がかり瞳は見開かれたまま虚空を映している。
 苦しむ暇すらなかったのだろう。

 二人はあっという間に息絶えていた。



 鬼神邸内は騒然となった。

「妖狐の屋敷で、何かを盛られたのではないか」

「祝いの席だった。混入する機会はいくらでもあったはずだ」



 そんな声が飛び交う。
 だが、すぐにその言葉は押し殺された。

 ーー狐にやられたなど、そんな屈辱を鬼の一族の矜持が許すはずもなかった。



 真夜中。

 雪明かりに照らされながら、鬼の一族は集った。

 現当主・源三は、もはや正気を保っていない。

 跡継ぎを作れる状態ではなく、光一は死亡。

 直系の血を引く者は、もはや一人しか残っていなかった。

 ーー影一郎。



 会議は短かく、議論と呼べるほどのやり取りもない。

 影一郎を、次期当主とする。

 それが、唯一の“現実的な”選択だった。



 その決定を聞いた瞬間、影一郎の脳裏に、ふいに浮かんだ光景があった。
 妖狐の屋敷での蔵の中。
 痛みを堪えるように、左の二の腕を押さえていた直の姿。


 その疑念は、やがて確信へと変わる。

 答えは、翌年の花嫁候補を選ぶための“選定会”で示された。