毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

「直、ここにいたんだ」
 彼はそう言って、手にしていた風呂敷包みを持ち上げる。

 中から漂ってきたのは、温かい食べ物の匂いだった。

 油と出汁の、腹の奥を刺激する香り.。

「今日は祝いの日だからね。余り物だけど、放っておくわけにもいかないだろう?」

 凛介は直に優しく微笑んだ。

「り、凛介様。わざわざ、ここまで」

 直の声が、明らかに変わった。ほんの少し高く、そして震えている。

 先ほどまでの落ち着きも、皮肉めいた余裕も消え失せていた。
 直は立ち上がり、着物の裾を無意識に整える。その仕草が、どこかぎこちなく少女のように見えた。

「当たり前だよ。君の食事が一週間に一度しかないことくらい、知っている」

 凛介は柔らかく笑い、風呂敷をテーブルに置く。

 直は視線を逸した。
「凛介様は知らなくていいことです」

「そう言わないで、直は僕にとって大事な存在だよ」

 凛介はそっと直のベールを捲ると、その頬に軽く口付けする。

 直の頬が真っ赤に染まった。

 瞬間、影一郎の胸の奥で、何かが小さく軋んだ。
 直は首まで真っ赤になり俯いたまま、唇を噛んでいる。

 影一郎は直は凛介を好きなのだの知った。

 声の震え、視線の迷い、拒みきれない距離感に直が凛介を特別に思っているのが分かる。
 影一郎の胸が、きゅっと締めつけられる。

 ――妙だ。

 これまで、何を奪われても、何を蔑まれても、こんな感覚を覚えたことはなかった。

 怒りでもない。悲しみでもない。

(これが、嫉妬か)
 影一郎は、ゆっくりと息を吸った。



 自分が、誰かを羨み、疎ましく思う日が来るなど想像したこともなかった。
 優遇される弟を見ても、羨ましいというより「滅びろ」と思っていた。

(嫉妬とは建設的思考か?)



 凛介はようやく影一郎の存在に視線を向ける。
「確か、そなたは鬼神家の召使いの女性だよな?」

 上から下まで眺める男の視線を影一郎は気持ち悪く思った。

(明らかに女好きのこんな軽薄な男が直は好きなのか?!)


 影一郎が答ようとしないので、直がはっとしたように口を開く。

「あ、あのこの人は雪です」

 影一郎は胸が苦しくなった。
 直が付けてくれた名前を二人の秘密のように大事にしたかったのだ。



「雪か。そなたの白い肌に良く似合う名だ」