毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

 直の声は驚くほど淡々としていた。

 そして、鬼の一族として生まれてきた影一郎には直の推測が正しいと直感的に分かってしまった。

 蔵の空気が、張りつめる。


「でも、直! 鬼には最強の霊力があって、業火で街を焼くこともできる。弱い人間が残って強い妖である鬼が滅びるなんてありえないだろ」

 影一は反射的に言った。

 理屈より先に、長年刷り込まれてきた価値観が口を突いて出る。
 直は興奮気味になった影一郎を鼻で笑った。



「鬼なんて、恐るるに足らないわ。彼らは今のままではもうどん詰まりなの。それを誤魔化すために暴れても何にもならないわ」

 彼女の言葉は影一郎の胸に静かに沈む。

 影一郎は、膝の上で手を握り締めた。



「じゃあ、鬼はどうやったら、生き延びられる? 人間の代わりに豚やチンパンジーを食べるなんて納得できる一族ではないんだ」

 口にした瞬間、影一郎は自分でも可笑しくなった。
 ついさっきまで今日死ぬつもりでいたはずなのに、一族の生存について考えている。
 自分を虐げている鬼の一族なんて滅びろとさえ思っていたはずなのに⋯⋯。

(これが、建設的な思考?)
 直は少し真剣な顔になり、一つ指を折った。

「生き残る術があるとすれば二つ。一つは、人との子孫を残すこと。人間との混血は恐らく人間への食欲を失うわ」

「餌扱いしている人間との間に子供を作るのはプライドが許さないんじゃ⋯⋯。

 源三が冬子に夢中になったのは彼女の中に妖である雪女の血が入ってたからだ。

 鬼は人間には欲情しない。



 影一郎の胸が微かにざわめいた。
 人間の血が入ると、確かに人間を食べたくなくなるのは自分で実証済みだ。

 直はもう一本指を折りながら口を開く。

「もう一つの生存手段は、他の妖を取り込んで混血を作ることね。鬼以外の妖は人を食べたりしないもの」

「⋯⋯混血」

 影一郎は無意識に胸に手を当てていた。

 そこにある鼓動は確かに自分のものだ。

 ーーその混血が自分自身。

 影一郎は、人間を見ても食欲を覚えない。

 おそらく、自分は三十年に一度人を喰らわなくても生きていける。
 それを、何度思って、どれほど主張したくても誰も聞かないと知っている。


 鬼の一族は他の妖とは頂点を争い水面下で牙を剥き合う。