毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

 直の唇が悪戯っぽく歪む。



 影一郎は視線を逸らさず、否定もしなかった。
 ただ、静かに頷く彼を見て直はくすくすと小さく笑った。



 その笑いには、責める色も、嘲る色もない。



「そうだ。妖なんて全滅してしまえばいいと、いつも思ってるよ」

 自然体の彼女を前に影一郎は本音を漏らした。

「自分も妖なのに? そんなこと考えるなんて雪って破滅的思考の持ち主よね。建設的にもっと考えたら?」

「破滅的? 建設的? だって嫌な奴ばかりだ。みんな死んでしまえって思うよ」



 影一郎の言葉に直は少し考え込む。



 蔵の壁に掛けられた古い農具が、影絵のように揺れていた。
 袂がわずかに揺れ衣擦れの音が静寂に落ちた。



「放っておいても自滅していくわよ。雪の言う嫌な奴らが自分たちが間違ってたと気付いた時にはもう遅いの」

「どういうことだ?」



 影一郎が問い返すと、直は箸を置き蔵の天井を見上げた。

 太い梁には、幾重にも刻まれた年月の痕が残っている。


「いくら鬼が人の中に溶け込もうとしても、結局、人間を喰らっているうちは無理なの」

「なぜだ? 鬼は人間とうまくやっていこうとしているではないか」

 直はちらりと彼を見る。

 その視線は鋭く、哀れみを含んでいた。

(鬼に囚われているのに、鬼の行く末が心配なの?)
 名前を言うのも嫌なくらい正体を隠したいのに、冷蔵庫が欲しい女の前で力を使う男。

 強かな雪女の血を引いているのに、人間のように優しい彼に直子は自分の考えを伝えようと思った。


「何故、鬼は人間を食べないと生きていけないと思っているのか考えてみて。遺伝子的にほぼ人間と一致しているチンパンジーや、内部構造が酷似している豚じゃ、どうしてダメなんだと思う?」

「⋯⋯!?」

 あまりにも突拍子のない問いに、影一郎は言葉を失う。
 正直、人間の血が混ざってるからか影一郎は人間を食べたいとは思わない。

 人間を食べた瞬間、父、源三のように狂ってしまう気さえする。

 しかし、鬼の一族は三十年に一回は人間を食べなければいけない。

 人間の代わりの何かを探そうという考えは全くない。

「答えは一つよ。鬼は人間を喰らうことで“人より上だ”っていうプライドを保ちたいの。その、くだらないプライドが彼らを殺す」