毒餌として捨てられた妖狐は、鬼神様の初恋でした

 女は振り返り、影一郎を心配そうに見つめた。



「大丈夫だ。心配しなくていい」
ベール越しに見える女の琥珀色の瞳が優しい色をしていて、影一郎は困ってしまった。

(そんな目で俺を見る人間がいたなんて)
軽蔑の視線になれていた影一郎は女の心配をよそにひたすらに戸惑っていた。

「心配するわよ。そんな薄着で立ってたら、凍えるどころか体が壊死してしまうわ。ねえ、お腹が空いてるでしょ。ここで私とささやかなパーティーでもしましょう」
古い木のテーブルの上に、女は包みを解き次々と食材を並べていく。干した肉、香草、そして深い色に燻された塊。

「これは何だ?」

「燻製よ」

 女はどこか誇らしげに言った。
「私に食事が与えられるのは、一週間に一度だけ。だから、こうして燻して保存して少しずつ分けて食べてるの」



「君は妖狐だろ」

影一郎がそう口にすると、女は一瞬だけ目を細めた。
ベールから覗く銀髪と琥珀色の瞳は妖狐である証だ。



「妖狐だから盗みを働くって思っている? 私は、その一線は越えたくないの」
 責めるでもなく、淡々とした声だった。



 妖狐の一族は鬼とは違う。
 盗みは罪ではなく、生きる術。人に化け、人の世に紛れ込み、人が築いた富を掠め取る。



 だが、目の前の女はその在り方そのものを拒んでいた。



「一週間に一度の、貴重な食べ物を俺が分けてもらっていいのか?」

 影一郎は躊躇いがちに言う。



「確かに“与えられる”のは一週間に一度よ。でも、それ以外の食材は自分で作ってるから平気よ」

 女はそれが当然だというように肩をすくめた。



「自分で作ってるだと?」

「人間は皆、そうしているでしょう?」



 蔵の小さな窓から差し込む光が、彼女のベール越しの美しい横顔を淡く照らす。



「妖は人間より上だと思っているかもしれない。でも、何も生み出さず、奪うだけの存在はそのうち淘汰されるわ」

 影一郎は淡々とした女をまじまじと見て言葉を失った。



 女がベールを少し捲り、燻製を口に運ぶ。

 その唇の形にふと、先ほど見た美々子の姿が脳裏をよぎる。
 女は艶っぽい声色もどこか美々子と似ている。

(双子? なのに、どうしてこの子だけ、こんな場所で過ごしているんだ?)

「ねえ、貴方の名前は?」

「君は?」