鬱蒼とした森の先にそこはあった――。
高い塀。その上には尖ったアイアンの装飾。常に閉じられた門。
入れば二度と出られないと思わせる、そんな場所。
そこは女の園――イヴたちの館。
* *
「華様、どうかお元気で」
「沼田さん……」
華と呼ばれた少女は、ほろりと零れる涙を隠そうとする白髪混じりの男の片手を取った。包み込むように両手で握る。
「今までありがとう」
自身も涙が出そうになるのを、可愛らしい顔に似合わない気丈さで堪えた。
沼田が名残り惜しげに、それでも車に乗り込み発進させる。華は車が木々の中に消えていくまで手を振って見送った。
「ここが……これからわたしの住むところ……」
白い清楚なワンピースに身を包み、ベージュの小さなバッグ一つで訪れた、これが華の新な居場所だ。
高い塀と茨の形のようなアイアンの装飾で外界から切り離され、美しく整えられた前庭の奥に清潔そうな白い建物が冷たく聳え立っていた。
それはどこか自分を拒んでいるように見えた。
「パパ、ママ……」
閉じられた門の前で目を伏せ、懐かしく幸せだった日々を思い浮かべる。目尻に留まった涙はそれ以上流れることはなく、やがて冷たい空気に晒させたまま乾いて消えた。
午後三時。
約束の時間に門の柱に取りつけてある呼び鈴を鳴らす。外界と切り離された古めかしい雰囲気とは裏腹に、設備は最新のものを取りつけているようだ。
「はい」とすぐに返事があった。カメラ機能もあり相手からは自分が見えているはず。
「百瀬華です」
建物から門までは距離があり声の持ち主がここに来るまでには数分を要するだろう。
『聖マリア女学院』
ここはカトリックの学院だったろうか。有無を言わせず転入させられた学校のことを華は詳しく知らなかった。
出迎えに来た声の主は頭巾を被っていた。そう、本や洋画などで見るシスターのような。
ボルドーの地に金色の蔓のような模様の入った絨毯が敷き詰められた廊下を、華は彼女の後ろ姿を見ながら歩いていた。廊下を照らす電球は暗く、辺りはしんとしている。
華が通っていたエスカレーター式の私立の学校とは違い過ぎて、何だか学校という気がしない。
(あそこも裕福な家庭の子たちが通う学校だから、一般の学校ともちょっと違うけど。ここは独特の雰囲気がある……)
前を歩くシスター風の女性がある扉の前で立ち止まった。トントンと軽くノックをする。
「どうぞ」
中から微かに聞こえる声はやはり女性のもののようだ。
(女子高ってやっぱり先生方も女の人ばかりなんだろうか……)
「失礼します」
彼女はそう断ると静かに扉を開けた。
「転入生をお連れしました」
彼女は深く頭を下げた後、中に足を踏み入れた。しかし、華は開け放たれた扉の手前に留まったままだ。女性は数歩歩くと振り返った。
小声で、
「百瀬さんどうしました? 中へ」
そう促され、小さく頷くとやっと一歩を踏み出した。
臙脂色の毛足の長い絨毯が敷き詰められた部屋。左手に窓があり、右手はオフホワイトの壁。窓に近い方にソファセット。扉と向かい合って一番奥に、書棚、机、クローゼット。物はそれ程多くはないが、どれを取っても重厚で高級感がある。
しかし、それだけでこんなに緊張しているわけではない。何故かそこには押し潰されそうな圧迫感があった。
後ろを歩いて奥の机の前までやって来る。一人で使うには大きすぎる机だ。その中央には一人の女性が座っていた。
金色の髪。白い肌。薔薇色の唇。精巧な人形のような美しい。書類に目を通している顔を上げ、華を見る。その瞳は宝石のような青だった。
彼女は立ち上がった。
「百瀬華さん。ようこそ聖マリア女学院へ。当学院の学院長を務める、イヴリン・ホワイトです」
凛としたよく通る美しい声でその女性は言った。見た目は日本人ではないが、その言葉は流暢な日本語だ。
(学院長? この人が)
女性が学院長なのはあり得なくはないだろう。華が驚きを隠せないのは、彼女が日本人ではないこと、それと、自分とそれほど変わらない年齢のように見えること。
「……百瀬華です。よろしくお願いいたします」
圧倒されて声も小さく掠れてしまう。真正面から顔を見ることも出来ずに、視線を下げてちらちらと盗み見る。
「……可愛いらしい方」
自分の小心さへの言葉だったのかもしれない。どういう意味かわかりかねたが何故か心臓が跳ね上がった。視線がちらっと合うとイブリンがにこっと笑いかけてきた。
「ご実家を離れて独りここへ来たのは心細いでしょう。早く慣れてここが貴女の第二の家だと思えるようになるのを祈っています。一緒に暮らしていく生徒たち、皆良い子なのできっと貴女のことを助けてくれますよ。それに何かあればわたくしに相談してくださいね」
それは恐らく社交辞令だろう。何かあったとして、誰がわざわざ学院長に相談するというのだろうか。
「はい。ありがとうございます」
それしか言葉に出来なかった。
イブリンは満足げに頷くと椅子に座った。
『会見』は終わったのだ。その意志を即座に汲んで、
「百瀬さんを寮までお連れします」
隣の女性は頭を下げた。華もそれに習って頭を下げ、扉に向かう背の後ろを歩いた。
(…………?)
華は自分の背にちくちくと針のような視線を感じたような気がした。


