『陽だまりの地図』の撮影がクランクアップしたらしい。
海斗から送られてきた写真には、大きな花束を持って嬉しそうに笑っている海斗がいた。
その隣には同じような花束を持った北村利也もいた。そしてその周りにメインキャスト達。全員とてもいい顔をしていた。
【お疲れ様!!!】
俺は海斗に簡単に送った。もっと言いたいことはあるけど、それを言語化することができずありきたりな言葉しか送れなかった。
【ありがとう】
【泣いた?】
【泣いてない】
【利也君は?】
【泣いてた】
【意外】
【本人に言って】
【それは無理。物理的にも無理】
少ししてもう一枚写真が送られてきた。
利也君と海斗の二人の写真だった。利也君が海斗の肩に腕を回している。以前なら胸が重くなっていたかもしれないその写真は。今は何も感じない。っていうのは嘘になる。でも。
【距離近くないですか?】
素直な気持ちを送る。
【望、嫉妬してる?】
【少しだけ】
【素直】
【でも友達なんでしょ】
【うん】
【ならいい】
【成長したね】
【うるさい】
自分でも正直、少しだけど成長したと思う。
クランクアップから三日後。海斗から連絡が来た。
【望今日暇?】
【研究室】
【夜は?】
【空いてる】
【少し付き合って】
何だろう。指定された場所は都内の小さなカフェだった。奥の席に向かうと海斗がいた。そしてもう一人。見覚えしかない金髪の男がいた。
「…」
北村利也。
「お」
俺を見て笑う。
「望君!」
「なんでいるの?」
思わず海斗へ聞いた。
「紹介するって前言っただろ」
「言ってたけど、それが今日なんて聞いてない!てか、そもそも本当にするとは思ってなかった!」
利也君が笑っている。
「何?俺いたら駄目?」
「いや、そういうわけじゃ」
「じゃあ座って座って」
なんで利也君が仕切るんだ。俺は海斗の隣へ座る。
利也君が俺たち二人を交互に見る。
「改めて」
海斗が言う。
「望」
「なに」
少しだけ海斗も緊張している気がする。
「俺の恋人」
「…」
利也君が一瞬黙った。そして
「あー!」
大きな声を出した。
「やっぱり!」
「声でかい」
海斗が慌てて利也君を止める。
「いやだってさ、絶対そうだと思ってたんだもん!」
「え」
俺を見る。
「エキストラの時さ!」
「何?」
「海斗見る顔、友達の顔じゃなかったもん」
「…」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。でも頭でそれを理解すると、顔がすぐに熱くなる。きっと顔だけじゃなく首まで赤くなっていると思う。
「あとさ」
利也君が海斗を見る。
「海斗も望君の話をする時だけ普段と微妙に違う」
「違わない」
「違うって」
「何が」
「顔」
「適当なこと言うなよ」
「いや、本当だって!」
俺は、海斗を見る。
「へえ」
「望まで乗るなよ」
面白い。俺は調子に乗った。
「海斗さ、俺の話をよくするの?」
「まあ」
「どのくらい?」
「利也に聞いて」
利也君が、ニコニコしながら手を上げる。
「はい!かなりします」
「おい利也」
「研究頑張ってるーとか」
「うん」
「院試がーとか」
「うん」
「ホテルで一緒だった時がーとか」
「そ、そこまで?」
「あと望はほっとくと飯食わないって」
「ねえ海斗!」
「事実だろ」
利也君が笑う。
「あと」
「まだあるの?」
「めちゃくちゃ好きらしい」
「利也!いい加減にしろ!」
海斗の声が明らかに低くなる。利也君はそれを見て腹を抱えてケラケラ笑っている。
「ごめんごめん」
全然悪いと思っていなさそう。俺も多分利也君と同じような性格をしているから分かる。
俺は海斗を見る。耳まで赤い。俺はそれに気を良くして、利也君に再び乗っかる。
「へえ」
「望」
「めちゃくちゃ好きなんだ?」
「帰るよ」
「海斗さんや、逃げないでくださいって」
「そうだーそうだー!」
「二人を会わせない方が良かったかも…」
俺と利也君は、焦っている海斗を見ながら笑った。
少し前まではこの人が本当に嫌だった。正確にはこの人と海斗が一緒にいるところを見るのが心から嫌だった。でも、目の前で話してみると北村利也という男はとても良い奴で、やっぱり嫌いになれない。
「そういえば」
利也君が俺を見る。
「この間はありがとうね」
「エキストラ?」
「そう」
海斗が眉を寄せる。
「お前、知ってたなら言えよ」
「望君に内緒って言われたから仕方ないでしょ~俺は悪くない」
「…」
「俺、口固いっしょ?」
利也君が得意げな顔をする。
「そこは本当にありがとう」
「どういたしまして」
「でもさ」
利也君が少しだけ真面目な顔になる。
「海斗、望君が来てたって聞いたら絶対喜んだと思うよ」
「…」
「撮影始まった頃から、いつか仕事してるとこ見てほしいって言ってたし」
俺は海斗を見る。海斗は利也君を睨んでいる。
「利也」
「何?」
「さっきから余計なこと言うな」
「これも駄目?」
「駄目」
でも俺は嬉しかった。
「海斗」
「何」
「今度はちゃんと見に行くね」
「…うん」
「招待して」
「できる現場ならね」
利也君が俺たちを見る。
「なんかいいな」
「何が?」
俺が聞く。
「二人」
「急に何」
「海斗が、前より明るくなった理由ちょっと分かったかも」
海斗が一瞬黙る。俺も何も言えなくなる。
利也君はそれ以上は踏み込んでこなかった。
「じゃあ、俺帰るわ」
「もう?」
「二人の邪魔したら悪いし」
ニヤニヤしている。
「そういうんじゃ」
「はいはい」
立ち上がる。
「望君」
「何?」
「院試頑張ってね」
「ありがとう」
「受かったら海斗に奢らせな」
「もちろんその予定」
「それと俺にも報告してよ」
「なんで?」
「友達になったから」
「いつ?」
「今」
「勝手だな」
「俺そういうタイプ」
俺はそれを聞いて笑う。やっぱり。海斗が仲良くなった理由が少し分かる。
「じゃあね、望」
初めて君を取ってそう呼ばれた。
「またね、利也君」
「まだ君付けなんだ」
「そこはまだ」
「次までの宿題ね」
「何それ」
「それと今度俺のグループのLIVEも一緒に見に来てね~」
利也は笑いながら帰っていった。
俺はその背中を見る。
「…最後ちゃっかり宣伝していったね。てか本当にいい奴だね」
「でしょ」
「ちょっと悔しい」
「なんで?」
「嫉妬してた自分が馬鹿みたい」
海斗が少し笑う。
「俺も工藤さんに会ったら嫉妬するかも」
「まだ言ってんのそれ?」
「だって爽やかで優しくて、すらっとしててかっこいいんだろ」
「海斗の方が顔いいよ」
「だからそういうことじゃないって」
二人で笑った。
そして撮影が終わった海斗は以前より時間ができた。正確にはオーディションや取材、事務所などいくつか予定はある。でも、毎日朝から夜まで『陽だまりの地図』の撮影。という生活ではなくなった。
その結果。
「海斗さんや」
「何?」
「近いです」
「何が?」
「距離以外ないでしょ」
俺は、海斗の家の机で院試の過去問を解いている。そんな俺の腰に、海斗は後ろから腕を回して、背中へくっついている。
「勉強できないんですけど」
「何もしてないけど」
「してるじゃん」
「抱きついてるだけ」
「それを世の中では何かしてるって言うんだよ」
「邪魔?」
「…」
少し考える。
「…邪魔ではないけど」
「じゃあいいじゃん」
「でも集中できない」
「じゃあ離れる」
海斗の腕が離れる。
「…」
「何?」
「いや」
「離れてほしいんだろ?」
「そうだけど」
「何?」
「…五分ならいい」
海斗が笑う。またくっつく。
「五分だけだからね」
「うん」
「絶対守って」
「頑張る」
「頑張るとかじゃないから!」
海斗は俺の院試をかなり気にするようになった。
内容は当然分からない。俺ですら正直よくわかってないままでいる部分もある。
でも。
「今日は何時間勉強する?」
「三時間」
「じゃあ一時間ごとに休憩」
「海斗は俺のママ?」
「前も言われた」
「成長してないね」
「望が無理するからママになるしかない」
飯を作る。
コーヒーを入れる。
寝落ちしたら毛布を掛ける。
「起きて」と起こしてくる時もある。
「寝かせてよ」
「ベッドで寝なよ」
「あと五分」
「昨日も言ってたよ。それで結局五分で起きずに寝落ちしてたじゃん」
「海斗うるさい」
「知ってる」
研究発表の練習にも付き合ってくれた。
「じゃあ始めます」
俺はノートパソコンの画面をテレビに映す。
海斗はソファで真面目な顔をして聞いてくれる。
「本日の発表では――」
十分。
十五分。
終了。
「どうだった?」
「分からなかった」
「最悪じゃん」
「内容は」
「内容以外は?」
「途中から早口になる」
「マジで?」
「あと、望」
「何」
「分からないところ誤魔化す時、声小さくなる」
「…」
俺は海斗を見る。
「何?」
「意外とちゃんと聞いてる」
「俳優だから」
「関係あるそれ?」
「人が話すの見るし」
「なるほど」
もう一度最初から。今度は早口にならないようゆっくりと。
「どう?」
「さっきより分かった」
「内容が?」
「いや、それは分からない」
「帰れ」
「俺の家なんだけど」
「じゃあ俺が帰る」
「ごめん」
そんな毎日。
研究室では工藤さんにも。
「最近、発表上手くなったね」
と言われた。
「彼氏に練習付き合ってもらってるんでその成果ですね」
「へえ」
「内容一切分かってないですけど」
「それ逆にいいんじゃない?」
「そうなんすか?」
「専門じゃない人にも伝わるように話せるって大事だし」
(確かに)
「工藤さん」
「ん?」
「俺、院試受かったらちゃんとお礼しますね」
「何のお礼?」
「色々教えてもらったし」
「じゃあ焼肉」
「高」
「院生になるならそれくらい出せるでしょ」
「院生の方が金ないっすよ」
夜。研究室から帰る。駅には海斗がいた。最近よく迎えに来る。
「なんでいるの?」
「会いたかったから」
昔なら絶対に言わなかった言葉だ。
「また?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど」
並んで歩く。俺から海斗の手を取る。
「院試終わったらさ」
「うん」
「どっか行こう」
「どこ?」
「海斗ならどこでもいいけど、もう一回遊園地とかは?」
「ジェットコースターは乗らない」
「まだ言ってんの?」
「一生乗らない」
俺は笑う。今は海斗の仕事が落ち着いて、俺が忙しい。
少し前とは逆。でも前みたいに距離は感じない。
会えない日には「会いたい」と言える。
寂しい日には「寂しい」と言える。
海斗も忙しい時は「今日は無理」とちゃんと言ってくれる。
それだけ。たったそれだけで。それでも以前とは全然違った。
海斗から送られてきた写真には、大きな花束を持って嬉しそうに笑っている海斗がいた。
その隣には同じような花束を持った北村利也もいた。そしてその周りにメインキャスト達。全員とてもいい顔をしていた。
【お疲れ様!!!】
俺は海斗に簡単に送った。もっと言いたいことはあるけど、それを言語化することができずありきたりな言葉しか送れなかった。
【ありがとう】
【泣いた?】
【泣いてない】
【利也君は?】
【泣いてた】
【意外】
【本人に言って】
【それは無理。物理的にも無理】
少ししてもう一枚写真が送られてきた。
利也君と海斗の二人の写真だった。利也君が海斗の肩に腕を回している。以前なら胸が重くなっていたかもしれないその写真は。今は何も感じない。っていうのは嘘になる。でも。
【距離近くないですか?】
素直な気持ちを送る。
【望、嫉妬してる?】
【少しだけ】
【素直】
【でも友達なんでしょ】
【うん】
【ならいい】
【成長したね】
【うるさい】
自分でも正直、少しだけど成長したと思う。
クランクアップから三日後。海斗から連絡が来た。
【望今日暇?】
【研究室】
【夜は?】
【空いてる】
【少し付き合って】
何だろう。指定された場所は都内の小さなカフェだった。奥の席に向かうと海斗がいた。そしてもう一人。見覚えしかない金髪の男がいた。
「…」
北村利也。
「お」
俺を見て笑う。
「望君!」
「なんでいるの?」
思わず海斗へ聞いた。
「紹介するって前言っただろ」
「言ってたけど、それが今日なんて聞いてない!てか、そもそも本当にするとは思ってなかった!」
利也君が笑っている。
「何?俺いたら駄目?」
「いや、そういうわけじゃ」
「じゃあ座って座って」
なんで利也君が仕切るんだ。俺は海斗の隣へ座る。
利也君が俺たち二人を交互に見る。
「改めて」
海斗が言う。
「望」
「なに」
少しだけ海斗も緊張している気がする。
「俺の恋人」
「…」
利也君が一瞬黙った。そして
「あー!」
大きな声を出した。
「やっぱり!」
「声でかい」
海斗が慌てて利也君を止める。
「いやだってさ、絶対そうだと思ってたんだもん!」
「え」
俺を見る。
「エキストラの時さ!」
「何?」
「海斗見る顔、友達の顔じゃなかったもん」
「…」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。でも頭でそれを理解すると、顔がすぐに熱くなる。きっと顔だけじゃなく首まで赤くなっていると思う。
「あとさ」
利也君が海斗を見る。
「海斗も望君の話をする時だけ普段と微妙に違う」
「違わない」
「違うって」
「何が」
「顔」
「適当なこと言うなよ」
「いや、本当だって!」
俺は、海斗を見る。
「へえ」
「望まで乗るなよ」
面白い。俺は調子に乗った。
「海斗さ、俺の話をよくするの?」
「まあ」
「どのくらい?」
「利也に聞いて」
利也君が、ニコニコしながら手を上げる。
「はい!かなりします」
「おい利也」
「研究頑張ってるーとか」
「うん」
「院試がーとか」
「うん」
「ホテルで一緒だった時がーとか」
「そ、そこまで?」
「あと望はほっとくと飯食わないって」
「ねえ海斗!」
「事実だろ」
利也君が笑う。
「あと」
「まだあるの?」
「めちゃくちゃ好きらしい」
「利也!いい加減にしろ!」
海斗の声が明らかに低くなる。利也君はそれを見て腹を抱えてケラケラ笑っている。
「ごめんごめん」
全然悪いと思っていなさそう。俺も多分利也君と同じような性格をしているから分かる。
俺は海斗を見る。耳まで赤い。俺はそれに気を良くして、利也君に再び乗っかる。
「へえ」
「望」
「めちゃくちゃ好きなんだ?」
「帰るよ」
「海斗さんや、逃げないでくださいって」
「そうだーそうだー!」
「二人を会わせない方が良かったかも…」
俺と利也君は、焦っている海斗を見ながら笑った。
少し前まではこの人が本当に嫌だった。正確にはこの人と海斗が一緒にいるところを見るのが心から嫌だった。でも、目の前で話してみると北村利也という男はとても良い奴で、やっぱり嫌いになれない。
「そういえば」
利也君が俺を見る。
「この間はありがとうね」
「エキストラ?」
「そう」
海斗が眉を寄せる。
「お前、知ってたなら言えよ」
「望君に内緒って言われたから仕方ないでしょ~俺は悪くない」
「…」
「俺、口固いっしょ?」
利也君が得意げな顔をする。
「そこは本当にありがとう」
「どういたしまして」
「でもさ」
利也君が少しだけ真面目な顔になる。
「海斗、望君が来てたって聞いたら絶対喜んだと思うよ」
「…」
「撮影始まった頃から、いつか仕事してるとこ見てほしいって言ってたし」
俺は海斗を見る。海斗は利也君を睨んでいる。
「利也」
「何?」
「さっきから余計なこと言うな」
「これも駄目?」
「駄目」
でも俺は嬉しかった。
「海斗」
「何」
「今度はちゃんと見に行くね」
「…うん」
「招待して」
「できる現場ならね」
利也君が俺たちを見る。
「なんかいいな」
「何が?」
俺が聞く。
「二人」
「急に何」
「海斗が、前より明るくなった理由ちょっと分かったかも」
海斗が一瞬黙る。俺も何も言えなくなる。
利也君はそれ以上は踏み込んでこなかった。
「じゃあ、俺帰るわ」
「もう?」
「二人の邪魔したら悪いし」
ニヤニヤしている。
「そういうんじゃ」
「はいはい」
立ち上がる。
「望君」
「何?」
「院試頑張ってね」
「ありがとう」
「受かったら海斗に奢らせな」
「もちろんその予定」
「それと俺にも報告してよ」
「なんで?」
「友達になったから」
「いつ?」
「今」
「勝手だな」
「俺そういうタイプ」
俺はそれを聞いて笑う。やっぱり。海斗が仲良くなった理由が少し分かる。
「じゃあね、望」
初めて君を取ってそう呼ばれた。
「またね、利也君」
「まだ君付けなんだ」
「そこはまだ」
「次までの宿題ね」
「何それ」
「それと今度俺のグループのLIVEも一緒に見に来てね~」
利也は笑いながら帰っていった。
俺はその背中を見る。
「…最後ちゃっかり宣伝していったね。てか本当にいい奴だね」
「でしょ」
「ちょっと悔しい」
「なんで?」
「嫉妬してた自分が馬鹿みたい」
海斗が少し笑う。
「俺も工藤さんに会ったら嫉妬するかも」
「まだ言ってんのそれ?」
「だって爽やかで優しくて、すらっとしててかっこいいんだろ」
「海斗の方が顔いいよ」
「だからそういうことじゃないって」
二人で笑った。
そして撮影が終わった海斗は以前より時間ができた。正確にはオーディションや取材、事務所などいくつか予定はある。でも、毎日朝から夜まで『陽だまりの地図』の撮影。という生活ではなくなった。
その結果。
「海斗さんや」
「何?」
「近いです」
「何が?」
「距離以外ないでしょ」
俺は、海斗の家の机で院試の過去問を解いている。そんな俺の腰に、海斗は後ろから腕を回して、背中へくっついている。
「勉強できないんですけど」
「何もしてないけど」
「してるじゃん」
「抱きついてるだけ」
「それを世の中では何かしてるって言うんだよ」
「邪魔?」
「…」
少し考える。
「…邪魔ではないけど」
「じゃあいいじゃん」
「でも集中できない」
「じゃあ離れる」
海斗の腕が離れる。
「…」
「何?」
「いや」
「離れてほしいんだろ?」
「そうだけど」
「何?」
「…五分ならいい」
海斗が笑う。またくっつく。
「五分だけだからね」
「うん」
「絶対守って」
「頑張る」
「頑張るとかじゃないから!」
海斗は俺の院試をかなり気にするようになった。
内容は当然分からない。俺ですら正直よくわかってないままでいる部分もある。
でも。
「今日は何時間勉強する?」
「三時間」
「じゃあ一時間ごとに休憩」
「海斗は俺のママ?」
「前も言われた」
「成長してないね」
「望が無理するからママになるしかない」
飯を作る。
コーヒーを入れる。
寝落ちしたら毛布を掛ける。
「起きて」と起こしてくる時もある。
「寝かせてよ」
「ベッドで寝なよ」
「あと五分」
「昨日も言ってたよ。それで結局五分で起きずに寝落ちしてたじゃん」
「海斗うるさい」
「知ってる」
研究発表の練習にも付き合ってくれた。
「じゃあ始めます」
俺はノートパソコンの画面をテレビに映す。
海斗はソファで真面目な顔をして聞いてくれる。
「本日の発表では――」
十分。
十五分。
終了。
「どうだった?」
「分からなかった」
「最悪じゃん」
「内容は」
「内容以外は?」
「途中から早口になる」
「マジで?」
「あと、望」
「何」
「分からないところ誤魔化す時、声小さくなる」
「…」
俺は海斗を見る。
「何?」
「意外とちゃんと聞いてる」
「俳優だから」
「関係あるそれ?」
「人が話すの見るし」
「なるほど」
もう一度最初から。今度は早口にならないようゆっくりと。
「どう?」
「さっきより分かった」
「内容が?」
「いや、それは分からない」
「帰れ」
「俺の家なんだけど」
「じゃあ俺が帰る」
「ごめん」
そんな毎日。
研究室では工藤さんにも。
「最近、発表上手くなったね」
と言われた。
「彼氏に練習付き合ってもらってるんでその成果ですね」
「へえ」
「内容一切分かってないですけど」
「それ逆にいいんじゃない?」
「そうなんすか?」
「専門じゃない人にも伝わるように話せるって大事だし」
(確かに)
「工藤さん」
「ん?」
「俺、院試受かったらちゃんとお礼しますね」
「何のお礼?」
「色々教えてもらったし」
「じゃあ焼肉」
「高」
「院生になるならそれくらい出せるでしょ」
「院生の方が金ないっすよ」
夜。研究室から帰る。駅には海斗がいた。最近よく迎えに来る。
「なんでいるの?」
「会いたかったから」
昔なら絶対に言わなかった言葉だ。
「また?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど」
並んで歩く。俺から海斗の手を取る。
「院試終わったらさ」
「うん」
「どっか行こう」
「どこ?」
「海斗ならどこでもいいけど、もう一回遊園地とかは?」
「ジェットコースターは乗らない」
「まだ言ってんの?」
「一生乗らない」
俺は笑う。今は海斗の仕事が落ち着いて、俺が忙しい。
少し前とは逆。でも前みたいに距離は感じない。
会えない日には「会いたい」と言える。
寂しい日には「寂しい」と言える。
海斗も忙しい時は「今日は無理」とちゃんと言ってくれる。
それだけ。たったそれだけで。それでも以前とは全然違った。
