俳優の卵と理系大学生

【望、今日会えない?】

 午後一時半。お昼休憩を終えて午後も頑張ろうとパソコンに向かおうとしたときにメッセージが来た。

(今日は撮影だったような…)

【撮影は?】
【急にオフになった】
【そうなんだ】
【望、今日ホテル?】

 俺は一瞬指を止めた。今日シフトは入っていない。

【うん】

 嘘をついてしまった。送信してすぐに後悔した。

 数分後。

【何時まで?】
【二十二時】
【そっか、頑張って】
【ありがとう】

 会話が終わった。スマホを伏せる。

 胸が痛い。

 本当は。ものすごく会いたい。会いたくて会いたくて仕方ない。海斗の顔を画面じゃなくてちゃんと見たい。手をつなぎたい。キスだってしたい。

 なのに。自分ばっかりずっと会いたかったみたいになるのは嫌だった。自分だけ海斗に依存しているみたいになるのが嫌だった。自分が海斗の足かせになっていると言外に言ってしまっているようになるのが嫌だった。

 海斗は撮影で、北村たちと毎日会って楽しそうに笑って。俺がいなくても普通に生活していて。今日たまたま撮影が休みになって時間が空いてしまったから、空いた場所を俺で埋めようとしているだけなんじゃないか。

「…何考えてんだ、俺」

 最低だ。海斗はただ会いたいと言ってくれただけなのに勝手な意味を足して、海斗を悪者のようにしている。

 俺は研究室を出た。そしてホテルへ電話する。ちょうど今日の遅番に入りたくないと言っていたスタッフがいた。

「俺、代わりますよ」

 本当にシフトを入れた。もう自分でも自分が分からなかった。海斗に会いたくないわけじゃない。むしろ会いたすぎるくらいなのに、でも会いたくない。そんな面倒くさい状態だった。

 勤務中。何度もスマートウォッチを見た。海斗から連絡は来ない。当然。仕事だと言ったのは俺だし、海斗は連絡してこないだろう。

 二十二時半。クレーム対応をしていたら残業になってしまった。俺は制服から着替えてロッカーを閉める。二十二時を過ぎても海斗から連絡は来ていなかった。

(呆れられちゃったかな…)

「お疲れ様です」

 裏口を出た。

 その瞬間。足が止まった。

「…」

 壁際に男が立っている。深く帽子をかぶってマスクもつけていた。

 それでも俺がこの男を見間違うはずがなかった。

「…なんでいるの?」

 海斗が俺を見る。マスクを少し下げた。

「会いたいって言っただろ」

 心臓が大きく跳ねた。

「何時からいたの?」
「九時半くらい」
「一時間も待ってたの?」
「うん」
「連絡すればよかったじゃん」
「仕事中だし、邪魔かなって。遅番の人誰も出てこないし残業とか忙しいのかなって」

 邪魔。その言葉が妙に刺さった。俺がずっと考えていた言葉。

「望」
「何」
「ちょっと話したい」
「…」
「最近さ」

 一度海斗は言葉を止める。

「なにか変だから」

 逃げたい。今すぐ逃げ出したい。今まで見たいに。

 研究室に戻って。コードを眺めて。何も考えないふりをしたい。

(でも)

 目の前の海斗は逃がしてくれる雰囲気はしていなかたった。

「…分かった」

 俺は小さく頷いた。