忙しくなれば、おのずと余計な事を考えなくて済むのでは。
そう考えてから俺は、撮影現場へ行った日から、俺は意識的に海斗のSNSを見る時間を減らした。いや、減らしたというよりも見ないようにした。
大学院試験の勉強。卒論の研究。教授との面談。過去問。研究計画。実験。解析。ホテルのバイト。時間なんて埋めようと思えばいくらでも埋めることができた。
「柏木、最近めちゃくちゃ研究室にいるよね」
工藤さんに言われた。
「もう研究室に住んでやろうかなって考えてます」
「それはやめときな」
「家賃浮くし」
「シャワーないよ」
「それは困る」
「じゃあ帰りな」
「無理です」
「なんでだよ」
俺は笑った。工藤さんも俺につられて笑った。
「院試、どう?」
「やばい」
「具体的には?」
「とにかく全部やばいっす」
「大丈夫そう?」
「だいじょばないです。だから現実逃避のために研究してます」
「院試落ちたらそれ続けられないけど」
「今、正論求めてないんですけど」
工藤さんは笑いながら、自分のデスクに戻っていった。
俺はモニターに視線を戻し、集中する。
コード、数式、論文、データ。こういうものはいい。答えが出てなくても、考える対象が目の前にある。海斗のことは考えても答えが出ない。
研究なら、分からない物を分からないままにしておくのは気持ちが悪くて嫌だから、調べて、試して、それでも分からなければ、誰かに聞いて、答えに近づいていき、自分を納得させる。
なのに、海斗については。怖くて知りたくなかった。
スマートフォンが震える。
【今日の撮影終わった】
海斗。
【お疲れ】
【望は?】
【研究室】
【まだいるの?】
【うん】
【遅くない?】
【もう帰る】
【気を付けて】
【ありがとう】
それだけ。まるで業務連絡。以前ならここから、今日は何食べただの、撮影はどうだっただの、研究で何があっただの、色々とどうでもいい話をずっとしていた。
でも今は、必要な事だけを最小限。俺がそうしている。海斗も多分俺が忙しいと思っているからか、深追いしてこない。喧嘩しているわけではない。嫌われたわけでもない。変わらず恋人のままの関係。
なのに。少しずつ。間に空白が増えていく。
一度、久しぶりに会う約束をしていた。でもその前日の夜に。
【ごめん。明日急に撮影が入った】
海斗から。仕方ない。だって仕事だから。
【了解!がんば】
いつも通り明るく返した。でも本当は少しだけ。いや、ものすごく落ち込んだ。
翌日の夜、公式アカウントには北村と海斗が並んで笑い合っている写真が投稿された。
『今日も遅くまで撮影お疲れ様でした!!』
仕方ない。分かってる。海斗は俺との約束をつぶして北村と遊んでいたわけではない。しっかりと仕事をしていただけ。
なのに。それでも。俺との一日はなくなったのに、海斗の一日は普通に続いていて、そこには俺以外の人間がいる。そんな当たり前が、少しずつ少しずつ自分の心の奥底で貯まり続けていた。
俺は、公式アカウントの通知を切った。北村のアカウントもおすすめに出てくるたびに閉じた。
見なければいい。見なければ考えることも、悩むこともしなくて済むと、そう思った。
でも見なくても考えてしまう。今までだって海斗がメディアに露出する前から、いつも海斗のことを考えていた。それをいきなりSNSを見ないようにしたからと言って止められるわけがなかった。
今、海斗は撮影中なのかな。北村といるのかな。笑ってるのかな。今日もSNS撮ってるのかな。
(俺のこと、少しくらいは思い出したりするのかな)
「柏木」
工藤さんの声。
「はい」
「今日集中してないね」
「してますけど」
「今五分くらい同じ論文のタイトル見てたけど」
「…英語なんで」
「読めよ」
俺は笑う。工藤さんが隣に座った。
「例の彼氏と喧嘩でもした?」
「なんでそうなるんすか」
「前、彼氏いるって言ってたからもしかしたらと思って」
「そもそも彼氏いるなんて言いましたっけ」
「嬉しそうに言ってたぞ」
「忘れてください」
「最近話さないから」
「何をですか?」
「彼氏の話」
俺は少し黙った。
「別に、喧嘩とかではないです」
「そうか」
工藤さんはそれ以上聞いてこなかった。
(助かった)
海斗とは喧嘩していない。なんなら何も起きていない。だから、何を相談すればいいのかもわからない。だた。少しずつ会えなくなっている。少しずつ知らないことが増えている。
そして。それが俺はとても怖かった。でも俺は海斗の夢を誰よりも応援すると言った。夢を諦めて俺の隣にいてほしいわけじゃない。そう言った。
あれは嘘じゃない。今だって海斗には成功してほしい。沢山仕事してほしい。そして有名になって、海斗の演技を夢の道をもっとたくさんの人に見てもらいたい。そう思っている。
だからこそ、俺が寂しいなんて言ってはいけない気がしていた。
「会いたい」
なんて言ってはいけない気がした。
海斗が遊園地で。「仕事が増えても、会う時間は作るよ」と言ってくれたことを思い出す。
守ってないじゃないか。そう責めたいわけじゃない。仕事なのだから仕方ない。俺が理解しなきゃいけない。海斗の恋人でいるなら。俳優の海斗という人と付き合うということはそういうことであると分かっていたはずなのに。
(俺が海斗の足を引っ張ったら駄目だ)
そう考えて、また。俺はパソコンへ向かった。
そう考えてから俺は、撮影現場へ行った日から、俺は意識的に海斗のSNSを見る時間を減らした。いや、減らしたというよりも見ないようにした。
大学院試験の勉強。卒論の研究。教授との面談。過去問。研究計画。実験。解析。ホテルのバイト。時間なんて埋めようと思えばいくらでも埋めることができた。
「柏木、最近めちゃくちゃ研究室にいるよね」
工藤さんに言われた。
「もう研究室に住んでやろうかなって考えてます」
「それはやめときな」
「家賃浮くし」
「シャワーないよ」
「それは困る」
「じゃあ帰りな」
「無理です」
「なんでだよ」
俺は笑った。工藤さんも俺につられて笑った。
「院試、どう?」
「やばい」
「具体的には?」
「とにかく全部やばいっす」
「大丈夫そう?」
「だいじょばないです。だから現実逃避のために研究してます」
「院試落ちたらそれ続けられないけど」
「今、正論求めてないんですけど」
工藤さんは笑いながら、自分のデスクに戻っていった。
俺はモニターに視線を戻し、集中する。
コード、数式、論文、データ。こういうものはいい。答えが出てなくても、考える対象が目の前にある。海斗のことは考えても答えが出ない。
研究なら、分からない物を分からないままにしておくのは気持ちが悪くて嫌だから、調べて、試して、それでも分からなければ、誰かに聞いて、答えに近づいていき、自分を納得させる。
なのに、海斗については。怖くて知りたくなかった。
スマートフォンが震える。
【今日の撮影終わった】
海斗。
【お疲れ】
【望は?】
【研究室】
【まだいるの?】
【うん】
【遅くない?】
【もう帰る】
【気を付けて】
【ありがとう】
それだけ。まるで業務連絡。以前ならここから、今日は何食べただの、撮影はどうだっただの、研究で何があっただの、色々とどうでもいい話をずっとしていた。
でも今は、必要な事だけを最小限。俺がそうしている。海斗も多分俺が忙しいと思っているからか、深追いしてこない。喧嘩しているわけではない。嫌われたわけでもない。変わらず恋人のままの関係。
なのに。少しずつ。間に空白が増えていく。
一度、久しぶりに会う約束をしていた。でもその前日の夜に。
【ごめん。明日急に撮影が入った】
海斗から。仕方ない。だって仕事だから。
【了解!がんば】
いつも通り明るく返した。でも本当は少しだけ。いや、ものすごく落ち込んだ。
翌日の夜、公式アカウントには北村と海斗が並んで笑い合っている写真が投稿された。
『今日も遅くまで撮影お疲れ様でした!!』
仕方ない。分かってる。海斗は俺との約束をつぶして北村と遊んでいたわけではない。しっかりと仕事をしていただけ。
なのに。それでも。俺との一日はなくなったのに、海斗の一日は普通に続いていて、そこには俺以外の人間がいる。そんな当たり前が、少しずつ少しずつ自分の心の奥底で貯まり続けていた。
俺は、公式アカウントの通知を切った。北村のアカウントもおすすめに出てくるたびに閉じた。
見なければいい。見なければ考えることも、悩むこともしなくて済むと、そう思った。
でも見なくても考えてしまう。今までだって海斗がメディアに露出する前から、いつも海斗のことを考えていた。それをいきなりSNSを見ないようにしたからと言って止められるわけがなかった。
今、海斗は撮影中なのかな。北村といるのかな。笑ってるのかな。今日もSNS撮ってるのかな。
(俺のこと、少しくらいは思い出したりするのかな)
「柏木」
工藤さんの声。
「はい」
「今日集中してないね」
「してますけど」
「今五分くらい同じ論文のタイトル見てたけど」
「…英語なんで」
「読めよ」
俺は笑う。工藤さんが隣に座った。
「例の彼氏と喧嘩でもした?」
「なんでそうなるんすか」
「前、彼氏いるって言ってたからもしかしたらと思って」
「そもそも彼氏いるなんて言いましたっけ」
「嬉しそうに言ってたぞ」
「忘れてください」
「最近話さないから」
「何をですか?」
「彼氏の話」
俺は少し黙った。
「別に、喧嘩とかではないです」
「そうか」
工藤さんはそれ以上聞いてこなかった。
(助かった)
海斗とは喧嘩していない。なんなら何も起きていない。だから、何を相談すればいいのかもわからない。だた。少しずつ会えなくなっている。少しずつ知らないことが増えている。
そして。それが俺はとても怖かった。でも俺は海斗の夢を誰よりも応援すると言った。夢を諦めて俺の隣にいてほしいわけじゃない。そう言った。
あれは嘘じゃない。今だって海斗には成功してほしい。沢山仕事してほしい。そして有名になって、海斗の演技を夢の道をもっとたくさんの人に見てもらいたい。そう思っている。
だからこそ、俺が寂しいなんて言ってはいけない気がしていた。
「会いたい」
なんて言ってはいけない気がした。
海斗が遊園地で。「仕事が増えても、会う時間は作るよ」と言ってくれたことを思い出す。
守ってないじゃないか。そう責めたいわけじゃない。仕事なのだから仕方ない。俺が理解しなきゃいけない。海斗の恋人でいるなら。俳優の海斗という人と付き合うということはそういうことであると分かっていたはずなのに。
(俺が海斗の足を引っ張ったら駄目だ)
そう考えて、また。俺はパソコンへ向かった。
