俳優の卵と理系大学生

 望が俺に「好き」という言葉を言うようになったのは、かなり早かった。

 顔が好き。

 優しい。

 好きになっちゃう。

 でも、その言葉の重みとは裏腹に望が言うその言葉は軽かった。

 どれも、笑いながら言う。

 だから、俺もその言葉を受け取るわけにはいかず、軽く流すことしかできなかった。

 平日の遅番の日。今日は望と久しぶり為シフトが被っていた。

 望のお腹からは何度もぐーっと音が鳴っていた。

「望、ご飯食べた?」

「うん、食べたよ」

 朝から何も食べていないという話を、俺が知らないと思っていたらしくご飯を今日一食も食べていないことをはぐらかされた。

 望は声が大きいから、事務所内で今日何も食べていないと他のバイトの人に愚痴っていたのが聞こえていた。

 俺は夜食用に買っていたサンドイッチとスープを望に渡した。

「ありがとう。海斗って、本当に優しいよね」
「別に、普通だよ」
「いやいや、普通じゃないって。もう、こんなに優しくされたら好きになっちゃうって」

 まただ。

 望のそんな軽い言葉に俺はいつも揺さぶられる。

 でも、望は笑っているからこれもきっと俺の勘違いだ。

「冗談じゃん。なに、本気にしちゃった?」

 ――――本気にした。

 でも、本当のことを言えるわけがない。

「してない」
「じゃあ、何も問題ないじゃん」
「よくない」

 俺は望の大きくて綺麗な目を見る。

(その綺麗な瞳に俺だけを映してくれたらいいのに。)

「もし本気の人がいたら、勘違いする」

 本気の人。

 俺のことだった。

 でも、望には何も伝わっていなかった。

「海斗は、そういう人いるの?」
「何が?」
「勘違いしてほしい相手」

 一瞬。

 望だよ。

 そう言いたくなった。

「今はいない」

 望の口元が少し緩んだように見えた。

「それなら、俺が好きって言っても何の問題もないね」
「どうしてそうなるの?」
「海斗さん、これは論理的帰着です」
「どこが理系なんだよ」

 楽しそうに笑った。

 笑うしかなかった。

 こんな時だけ、演技して。

 俳優の卵にすらなれていない自分が唯一演技をしているところがこんな惨めな場面だなんて、情けない。

 もし、冗談じゃなければいいのに。

 そのころには、もうそう思っていた。