俳優の卵と理系大学生

 望は大学や扶養の関係で、週に一、二回しかシフトには入っていなかった。

 それに対して、俺は四日か五日。

 当然、会わない日の方が多い。下手したらシフトが被らない週もあった。

 最初は何も思わなかった。

 でもそのうち、シフト表を見ると、無意識に望の名前を探している自分がいることに気が付いた。

 望がいる日は、少しだけ気が楽だった。

 失敗しても必要以上に責めないし怒らない。

 客に理不尽なことを言われた後には、すぐに冗談をいう。

 誰にでも同じように明るく、軽いやつなのかと思えば、案外周りのことをよく見ている。

 仕事が止まっている人や困っている人がいればさりげなく手伝うし、外国人客が困っていれば、自分の英語が完璧じゃないにも関わらず、先に声をかける。

 俺が最初の一週間くらいでチェックインをできるようになった時も、

「俺よりも、なんか客が優しくない?」

 と絡んできた。

「そんなことないと思うけど」
「いや、絶対に顔だよ。海斗の顔面がクレームをはじき返してる」

 望は、よく俺の顔を褒める。

 軽い人なんだなと思っていた。

 だから俺も、深く考えずに思っていたことを言った。

「望は可愛い感じだから、話しかけやすいんじゃないかな?」
「へ?」

 いつもニコニコと笑っている望が真顔で固まった。

 その反応を見て、俺は自分が少しまずいことを言ってしまったと思っていたら、

「海斗、それ誰にでも言ってたら危ないよ」
「何が?」
「その顔面なんだから誤解されちゃうよ」
「別に褒めただけなんだけど」
「ほら、そういうとこだよ」

 正直、なにが悪いのかはその時は本当に分からなかった。

 でも、その少し後からだったと思う。

 望を可愛いと思っている自分を、意識するようになったのは。

 そして三回目にシフトが被った日に、望から連絡先を聞かれた。

「シフトの変更とかあるし、連絡先交換しようぜ」

 俺は望の連絡先を知りたいと心のどこかで思っていたからだろうか、少し意地悪をしたくなった。

「それ、本当に仕事のための交換なの?」
「え、俺が海斗の連絡先を欲しがってるみたいに言うのやめてよ」
「違うの?」
「違わないけどさ」

 その答えが妙に嬉しかった。

 望は、こういうことをさらっと言う。

 でも、どこまでが本気なのか分からない。

 そこが、後々まで俺を悩ませることになるとはこの時の俺は知らなかった。


 ー数週間後―

 望から、レポートの締め切りを勘違いしたらしく、シフトを変わってほしいという連絡が来た。

 俺は予定もなかったし、学生の望を応援したいという気持ちもあったため、普通に代わった。

 次の日。

 勤務中に自動ドアが開いて、私服姿の望がチラチラしながら入ってきた。

 そして俺がフロントにいることに気が付くと、少しニヤリとしたがすぐに何食わぬ顔をしてフロントの方にやってきた。

「あれ?今日、望はお休みだよね?」
「そうだよ。今日も大学疲れた~」

 紙袋を渡された。

「これシフト代わってもらったから」
「わざわざ大学終わってから来たの?」
「大学から近かったしね」

 後から考えると、望の大学からはホテルまで乗り換えが一回は必要だったはずだ。

 それを近いと言っていいのかは微妙なところだ。

 袋の中には、美味しそうなお菓子が沢山入っていた。

「俺も食べたいから、一個は俺の分だけどね」
「自分も食べるんだ」
「だって美味しそうだったから」

 望らしい。

「そしたら一緒に休憩に入る?」

 そう言った瞬間、望の顔が一瞬だけ嬉しそうになった。

 それを見て、思った。

(もしかして、俺に会うために来たのか?)

 その考えが浮かんだ瞬間、すぐに打ち消した。

(勘違いするな。)

 望はだれにでも距離が違い。

 そういう人間だ。

 休憩スペースで二人でお菓子を食べた。

「望は、シュークリームとか似合いそう」
「俺のこと子どもだと思ってるでしょ!」
「別に、思ってないって」
「じゃあ、男として見てくれてるの?」

 一瞬、望が何を言っているかが理解できなかった。

 望は笑っている。

 またいつもの冗談だ。

 ここで俺が変に意識してたら、俺だけがバカみたいだ。

「一応、成人男性としては見てる」

 結局、そんな無難で当たり障りのない返事しかできなかった。

 その後も望は、何かと理由をつけてはホテルにやってきた。

 忘れ物。佐伯さんへの確認。近くまで来たから。

 いつも何かと理由を説明してくれるが、理由なんて、正直どうでもよかった。俺はとにかく望の顔が見れることが嬉しかった。

 でも俺はそんな気持ちには気が付かないふりをして、毎回素っ気なく対応をしていた。

「また、来たの?」

 望にはこの気持ちを悟られてはいけない。

 本当は、

(今日も来てくれたんだ。)

 と思っていたとしても。