オレンジ



ドアホンを押すと、思っていたよりも勢いよくドアが開いて、持っていたコーヒーをこぼしそうになった。

「え? コーヒー? ごめん」

わたしの持っていた袋を見て、眞白さんは慌てて、わたしの服を見た。

「大丈夫です。ちゃんと蓋をして来ましたからこぼれてませんよ。袋にも入ってますし」


相変わらず何もない部屋。
ここで一日、眞白さんは何をして、何を考えて過ごしていたんだろう、と考えてしまう。
それでも、お酒は飲んでいないようだった。
眞白さんはタバコも吸わない。


「クリーニング出してなかった」

買ってきたコーヒーを袋から出してテーブルの上に置いている時だった。

「喪服。志保理の……葬式に着て行った後、そのまま放置してた」
「出した方がいいと思いますよ」

眞白さんはハンガーにかかった喪服の前にじっと立っていた。

「もう、忘れないといけないんだよな……」

わたしに言ったのか、独り言だったのか分からなかったけれど、眞白さんがぽつりと言った。

「無理に、忘れようなんて思わないでください。わたしの母は、わたしが高2の時にこの世を去りましたけど、わたしも父も、母のことを忘れようと思ったことは一度もありません。時々思い出す母の笑った顔も、話した言葉も、思い出も、忘れたくなんてありません」

眞白さんは黙っていた。

「志保理さんとの大切な思い出も、好きな気持ちも、眞白さんは全部と一緒に生きてください。眞白さんの過去を否定しないでください」

「……時々、未来ちゃんはオレより年上なんかじゃないかと思ってしまう」

「時々、眞白さんのこと、高校生の男の子くらいに思ってしまいます」

「それだと未来ちゃんとそんなに変わらない年ってこと?」

「いいえ、わたしより随分年下です」


眞白さんは前を向き始めている。
わたしがそばにいたくても、もう必要じゃなくなる。

嬉しいのに悲しい。

ここに来るのも、本当にわたしのわがままでしかなくなってしまう……


「コーヒーぬるい」
「コンビニで買って、ここまで歩いて来たから。眞白さんの家、レンジとかないから温め直せないし」
「未来ちゃんはコーヒー好きなの?」
「好きです。多分父の影響です。家にエスプレッソマシンがあっていつも飲んでるから」