オレンジ



今日も学校が終わって急いで眞白さんのマンションに来た。

昨日、あんなふうに追い出されたことを考えると、今日ここに来るのには勇気が必要だったけれども、来ずにはいられなかった。


ドアホンを押す前に深呼吸をする。

今日は、ドアすら開けてくれないかもしれない。
でも、昨日、インターホンで確認もせずにドアは開けられた。
それなら、今日もそうかもしれない。

人差し指でドアホンを押した。
音は確かに鳴ったはずだけど、出てくる気配がない。

留守なのか、また来ると言ったから居留守なのか……

どうせ鬱陶しいと思われているなら、どうしたって変わらない。
そう思って、ドアノブを回した。

鍵はかかっていなかった。

そっとドアを開ける。

部屋の中は電気も付いていなくて、静かだった。

寝ている?
ドアの鍵を開けたまま?

「眞白さん?」

声をかけたけれど返事はなかった。

「入りますよ?」

部屋に入ると、暗い中、眞白さんがまたお酒を飲んでいるのが見えた。
昨日片づけたばかりなのに、テーブルや床の上にはまたたくさんのお酒の缶が散乱している。
一日中飲んでたの?

「飲み過ぎです」

そう言って、空き缶を片付けていった。

最後の空き缶を手にした時、眞白さんが、黙って、そっと、後ろからわたしを抱きしめた。
自由に動く方の手で優しく。

「志保理がいなくなったからって、好きにはならないよ」

まるで試しているかのように、残酷なことを言う……

「わたしもあなたを好きにはなりません。看護師を目指してる人ならみんな、身近で無茶なことをしている人をほっとけないはずです」


嘘ばかりつくようになった。

相手を困らせないための嘘。

自分を守るための嘘。


眞白さんはずっとわたしを抱きしめていた。


だから、そのままじっとしていた。


わたしは志保理さんの代わりになれない。


でも、ほんの少しでも眞白さんの気持ちが救われるなら、なんだってする。


しばらくして眞白さんが眠ってしまっているのに気がついたので、そっと手を振りほどこうとしたら、起こしてしまった。

「もう、飲まないでくださいね。わたし帰るので、鍵をかけてください」
「ああ……なんだ眠ってたのか……ごめん。遅いし、送って行くよ」

そう言って眞白さんが微笑むのを見てようやく気が付いた。

どうして今まで気が付かなかったんだろう?

今までだって、眞白さんは、ちっとも笑ってなんかいなかったんだ。

「眠れそうですか?」
「ああ……うん」
「すぐそこからバスに乗りますから、そのまま寝ちゃってください。酔っぱらいに送ってもらうより走った方が早いです」
「あ……」

まだ何か言おうとした眞白さんをほっといて、わたしは玄関に向かうと、外に出た。

「鍵、かけてくださいね」

誰もいないところに向かって独り言のようにつぶやいてから、マンションの階段を下りた。


優しい眞白さん。
他人を傷つけずにはいられない眞白さん。
悲しみから抜け出せない眞白さん。
全部の眞白さんを、言葉でならいくらでも「好きじゃない」って言える。

ただ、ただ、何もできないことがもどかしい。
わたしのしていることに意味なんてないのかもしれない……