誠司の私服は、9割がジャージで、1割が冠婚葬祭用のスーツである。
普段の番組衣装も、短パンにスポーツタイツ、ジッパー付きトップスとシンプルなスポーツウェアなので、私服とあまり大差がない。
誠司は焦った。悠馬さんとの外出にスーツを着るわけにはいかないし、ジャージで行くのも失礼だと。そこで、梓に頼ることにした。
梓は、真彩が認めたベストジーニストで、趣味は古着屋巡りという、『みんなのひろば』のファッショニスタだった。
ショッピングモールの様々な店を渡り歩き、鏡の前で誠司に服を当てては、梓は「違う」とコーデを次々と変えていく。真彩も隣で、難しそうな顔をしていた。
誠司は体格がいいので、キレイめの服を着ると、それなりに様になる。まるで、ブランド広告に出演するスポーツ選手だ。
だが、誠司らしくはないので、なんだか胡散臭くも見えた。この世界線の誠司は、『成功の秘訣』という自己啓発本を出していそうだ。
どうしても鼻につく。梓が思っていた以上に、誠司の服選びは難航していた。
そして、胡散臭さが出る理由は、誠司と服の相性だけではなかった。
「誠司、そのサングラスは外せないの?」
「……無理です」
誠司が、頑なにサングラスをコーデに取り入れてくるのだ。
月日の流れは早く、世間はもう夏に向かっていた。春服はセール品となり、店頭には夏服が並んでいる。
それに伴い、サングラスのコーナーが展開されていたのだが、誠司はユニクロに入るや否やそれを手に取った。
しかも、数ある商品の中でも一番黒く、大きなサングラスを選んだ。
それは、誠司の緊張や恋心やプライバシーを隠してくれるであろうアイテムだった。少なからず、誠司はそう思っている。
このタモリさんみたいなサングラスが、全てのコーデを邪魔しているのだ。
真彩は誠司の姿をじっと見て、不思議そうに首を傾げた。
「誠司さんって、紫外線に弱いんですか?」
「……顔を隠すためです。僕の気持ちが知られてはいけないので」
真彩は切ない気持ちになった。誠司はお出かけイベントを楽しんでいるようには見えない。
甘酸っぱいイベントどころか、誠司の中では試練のように処理されている。
真彩の兄は彼氏と一緒に住んで、毎日楽しそうに暮らしているというのに。
兄の現在を知っているからこそ、真彩は誠司にもそのルートがあるのではと考えてしまうのだった。
「せっかくのお出かけですよ!?誠司さんの顔は確かに隠れますけど、悠馬さんの顔も見えなくなっちゃいそうです!」
誠司は怯んだ。その通りだ。このサングラスは誠司と世間だけでなく、悠馬と誠司の間にも黒い壁を作るものだった。
現に、真彩がどんな顔をしているのかも、イマイチわからない。
誠司はサングラスを少しだけ下げた。真彩は目をキラキラと輝かせ、ぱぁーっと両手を上げていた。
「『みんなのひろば』は恋愛禁止じゃないんですから、もっと浮かれましょう!好きって楽しいものですよ!」
「……できません」
誠司はその言葉をブロックするように、またサングラスをかけ直した。それを受け、真彩もゆっくりと手を下ろす。
好きな人と外出する前日とは思えないほど、ユニクロの一角で重苦しい空気が流れていた。
その間も梓は手を止めず、誠司のコーデを考え続けていた。
「誠司が慎重になるのも理由があるのよ。かおるさんのことがあったでしょ?」
真彩はまん丸な瞳で梓を見上げた。そして、首を横に90度近く曲げた。ふくろうのようだった。
そんな真彩を見て、梓は目を見開いて驚いた。
「知らないの?真彩の前任じゃない」
「えー!?だって、誰も教えてくれなかったじゃないですか!」
「まぁ、気軽に話せる内容ではないから……」
白石かおるは、宝塚の娘役を経て歌のおねえさんになった人で、かつて悠馬、誠司、梓と共演していた。
その外見は花のように可憐で優雅だが、私生活では『羊たちの沈黙』を肴に焼酎を飲んだり、嬉々としてお化け屋敷に入るような女性だった。
その後、かおるが番組卒業と共に芸能界を引退し、真彩が後を継いだのだ。
「かおるさん、何があったんですか?」
真彩も出演者である以上、知っていた方がいいと思った。梓は真彩の耳元に近づき、小さな声で返答する。
「妊娠したのよ。歌のおねえさん就任中に。それで、デキ婚だって記事にされたの」
「そうだったんですか?」
「うん。でも、ただ妊娠して結婚しただけ」
「……ですが、その記事を発端にプライベートを詮索され、教育番組の出演者として相応しくないと世間に言われ、予定よりも早く歌のおねえさんを卒業し、家族のプライバシーを守るために、芸能界も引退されました」
誠司は鉛を口に含んだような心地で、二人の会話を聞いていた。
そして、ようやく口を開いても、そのあまりの苦々しい話題に、段々と声が尻窄みになった。
かおると誠司が抱える事情は同じではない。
だが、自分の私生活が、誰かの不快感や好奇心を引き出したり、誰かに評価される可能性がある点では、誠司は他人事だとは思えなかった。
『みんなのひろば』は、子供向け番組だからと特別にルールがあるわけではない。
いくらイメージが大事な仕事とはいえ、出演者のプライベートまで縛る権利は誰にもないからだ。
なので、誠司が悠馬に片思いをしても、仮に悠馬と付き合ったとしても、それ自体は問題ではない。
ただ、視聴者がどう思うかは別である。
『みんなのひろば』の出演者たちは、先生と似たような立場かもしれない。
先生は恋愛を禁止されてはいないが、教育者という立場上、その恋愛のあり方について倫理を厳しく問われやすい。
誠司はかおるの引退劇を目の前で見ていたので、それを痛感していた。
「真彩も気をつけなさいよ。子供番組の出演者だからこそ、面白がられたり、子供に見せていい人なのか判断される立場なんだから」
どれくらい時間が経っただろうか。いつのまにか、店内には人が増えていた。
かおるの話を聞いた後だと、真彩の視界は今までとは違って見えた。
「契約上、『みんなのひろば』しか出演できないので、実感ないですけど。私たちって、一応芸能人なんですね」
「しかも、教育者側のね。『みんなのひろば』は、教育学者が関わる公共放送の番組だから」
店員が「いらっしゃいませ」と真彩に笑いかけてくれた。それだけなのに、真彩は少し動揺し、背筋が伸びていた。
「……私たちも、サングラスした方がいいですか?」
梓と真彩はお互いに目を合わせた。そして、誠司を見上げる。
誠司はサングラスをかけたまま、微動だにしていなかった。
誠司マネキンには、梓の奮闘の痕跡が残っており、おしゃれ上級者もびっくりなチグハグコーデになっていた。
カジュアルなのかキレイめなのか、デートしたいのか隠れたいのか。その姿からは、よくわからなかった。
「うーん……そうね……。次の店、行く……?」
この日、ユニクロから筋肉質なタモリさん、小柄なタモリさん、姿勢のいいタモリさんが誕生した。
そして、3人のタモリさんたちは、次のお店へと向かって行った。
普段の番組衣装も、短パンにスポーツタイツ、ジッパー付きトップスとシンプルなスポーツウェアなので、私服とあまり大差がない。
誠司は焦った。悠馬さんとの外出にスーツを着るわけにはいかないし、ジャージで行くのも失礼だと。そこで、梓に頼ることにした。
梓は、真彩が認めたベストジーニストで、趣味は古着屋巡りという、『みんなのひろば』のファッショニスタだった。
ショッピングモールの様々な店を渡り歩き、鏡の前で誠司に服を当てては、梓は「違う」とコーデを次々と変えていく。真彩も隣で、難しそうな顔をしていた。
誠司は体格がいいので、キレイめの服を着ると、それなりに様になる。まるで、ブランド広告に出演するスポーツ選手だ。
だが、誠司らしくはないので、なんだか胡散臭くも見えた。この世界線の誠司は、『成功の秘訣』という自己啓発本を出していそうだ。
どうしても鼻につく。梓が思っていた以上に、誠司の服選びは難航していた。
そして、胡散臭さが出る理由は、誠司と服の相性だけではなかった。
「誠司、そのサングラスは外せないの?」
「……無理です」
誠司が、頑なにサングラスをコーデに取り入れてくるのだ。
月日の流れは早く、世間はもう夏に向かっていた。春服はセール品となり、店頭には夏服が並んでいる。
それに伴い、サングラスのコーナーが展開されていたのだが、誠司はユニクロに入るや否やそれを手に取った。
しかも、数ある商品の中でも一番黒く、大きなサングラスを選んだ。
それは、誠司の緊張や恋心やプライバシーを隠してくれるであろうアイテムだった。少なからず、誠司はそう思っている。
このタモリさんみたいなサングラスが、全てのコーデを邪魔しているのだ。
真彩は誠司の姿をじっと見て、不思議そうに首を傾げた。
「誠司さんって、紫外線に弱いんですか?」
「……顔を隠すためです。僕の気持ちが知られてはいけないので」
真彩は切ない気持ちになった。誠司はお出かけイベントを楽しんでいるようには見えない。
甘酸っぱいイベントどころか、誠司の中では試練のように処理されている。
真彩の兄は彼氏と一緒に住んで、毎日楽しそうに暮らしているというのに。
兄の現在を知っているからこそ、真彩は誠司にもそのルートがあるのではと考えてしまうのだった。
「せっかくのお出かけですよ!?誠司さんの顔は確かに隠れますけど、悠馬さんの顔も見えなくなっちゃいそうです!」
誠司は怯んだ。その通りだ。このサングラスは誠司と世間だけでなく、悠馬と誠司の間にも黒い壁を作るものだった。
現に、真彩がどんな顔をしているのかも、イマイチわからない。
誠司はサングラスを少しだけ下げた。真彩は目をキラキラと輝かせ、ぱぁーっと両手を上げていた。
「『みんなのひろば』は恋愛禁止じゃないんですから、もっと浮かれましょう!好きって楽しいものですよ!」
「……できません」
誠司はその言葉をブロックするように、またサングラスをかけ直した。それを受け、真彩もゆっくりと手を下ろす。
好きな人と外出する前日とは思えないほど、ユニクロの一角で重苦しい空気が流れていた。
その間も梓は手を止めず、誠司のコーデを考え続けていた。
「誠司が慎重になるのも理由があるのよ。かおるさんのことがあったでしょ?」
真彩はまん丸な瞳で梓を見上げた。そして、首を横に90度近く曲げた。ふくろうのようだった。
そんな真彩を見て、梓は目を見開いて驚いた。
「知らないの?真彩の前任じゃない」
「えー!?だって、誰も教えてくれなかったじゃないですか!」
「まぁ、気軽に話せる内容ではないから……」
白石かおるは、宝塚の娘役を経て歌のおねえさんになった人で、かつて悠馬、誠司、梓と共演していた。
その外見は花のように可憐で優雅だが、私生活では『羊たちの沈黙』を肴に焼酎を飲んだり、嬉々としてお化け屋敷に入るような女性だった。
その後、かおるが番組卒業と共に芸能界を引退し、真彩が後を継いだのだ。
「かおるさん、何があったんですか?」
真彩も出演者である以上、知っていた方がいいと思った。梓は真彩の耳元に近づき、小さな声で返答する。
「妊娠したのよ。歌のおねえさん就任中に。それで、デキ婚だって記事にされたの」
「そうだったんですか?」
「うん。でも、ただ妊娠して結婚しただけ」
「……ですが、その記事を発端にプライベートを詮索され、教育番組の出演者として相応しくないと世間に言われ、予定よりも早く歌のおねえさんを卒業し、家族のプライバシーを守るために、芸能界も引退されました」
誠司は鉛を口に含んだような心地で、二人の会話を聞いていた。
そして、ようやく口を開いても、そのあまりの苦々しい話題に、段々と声が尻窄みになった。
かおると誠司が抱える事情は同じではない。
だが、自分の私生活が、誰かの不快感や好奇心を引き出したり、誰かに評価される可能性がある点では、誠司は他人事だとは思えなかった。
『みんなのひろば』は、子供向け番組だからと特別にルールがあるわけではない。
いくらイメージが大事な仕事とはいえ、出演者のプライベートまで縛る権利は誰にもないからだ。
なので、誠司が悠馬に片思いをしても、仮に悠馬と付き合ったとしても、それ自体は問題ではない。
ただ、視聴者がどう思うかは別である。
『みんなのひろば』の出演者たちは、先生と似たような立場かもしれない。
先生は恋愛を禁止されてはいないが、教育者という立場上、その恋愛のあり方について倫理を厳しく問われやすい。
誠司はかおるの引退劇を目の前で見ていたので、それを痛感していた。
「真彩も気をつけなさいよ。子供番組の出演者だからこそ、面白がられたり、子供に見せていい人なのか判断される立場なんだから」
どれくらい時間が経っただろうか。いつのまにか、店内には人が増えていた。
かおるの話を聞いた後だと、真彩の視界は今までとは違って見えた。
「契約上、『みんなのひろば』しか出演できないので、実感ないですけど。私たちって、一応芸能人なんですね」
「しかも、教育者側のね。『みんなのひろば』は、教育学者が関わる公共放送の番組だから」
店員が「いらっしゃいませ」と真彩に笑いかけてくれた。それだけなのに、真彩は少し動揺し、背筋が伸びていた。
「……私たちも、サングラスした方がいいですか?」
梓と真彩はお互いに目を合わせた。そして、誠司を見上げる。
誠司はサングラスをかけたまま、微動だにしていなかった。
誠司マネキンには、梓の奮闘の痕跡が残っており、おしゃれ上級者もびっくりなチグハグコーデになっていた。
カジュアルなのかキレイめなのか、デートしたいのか隠れたいのか。その姿からは、よくわからなかった。
「うーん……そうね……。次の店、行く……?」
この日、ユニクロから筋肉質なタモリさん、小柄なタモリさん、姿勢のいいタモリさんが誕生した。
そして、3人のタモリさんたちは、次のお店へと向かって行った。
