真彩は指を3本立てて、誠司の前に出した。
「カップラーメンは3分で完成します。ウルトラマンは3分で限界を迎えます。なので、誠司さんも3分耐えましょう!」
「……まぁ、頑張って」
梓はツッコミを放棄して、誠司の肩を叩く。誠司は力強くうなずき、スマホを取り出した。
ロック画面には、悠馬からもらった豆大福の写真。昨夜、食べる前に撮ったのだ。ちなみに、豆大福は一口だけ食べて、残りは冷凍保存されている。
真彩は誠司にグッドサインを送り、梓と一緒に楽屋に戻って行った。誠司は静かに深呼吸をし、ドアノブと対峙する。
楽屋張りには「高橋誠司 様」「朝倉悠馬 様」と、名前が並んでいた。そして、このドアの向こうには、収録の開始を待つ悠馬がいる。
「よしっ……」
誠司は呟いた。その姿は、大会前にモチベーションを上げるアスリートである。
誠司がゆっくりとドアを開けると、悠馬はソファーに座って台本を読んでいた。
「お、お疲れ様です……」
誠司が声をひっくり返しながら言うと、悠馬が顔を上げた。悠馬は目を丸くして、明らかに驚いていた。
それもそのはず。誠司は好意を明確に意識してから、自分の楽屋をまともに使っていない。
悠馬が来れば、入れ違いで出ていき、真彩と梓の楽屋に逃げ込む。そうやって、二人きりになることを避け続けてきた。
そんな誠司が、自分から悠馬のいる楽屋に入ってきたのだ。悠馬は徐々に笑顔になった。その顔には、嬉しさが滲み出ていた。
「お疲れ様……今日はこっちなんだね」
誠司は悠馬の笑顔に弱かった。頭の中が「可愛い」で埋め尽くされた。そして、喉まで「好き」という気持ちがこみ上げてきて、必死に飲み込んだ。
すると、誠司は息が吸えなくなり、楽屋で溺れかけた。逃げ出したかった。早く楽屋から出て、酸素を吸いたかった。
だが、それではいけない。悠馬はいつまでも誠司の近くにいる存在ではないかもしれないのだ。
誠司は「僕は何も思っていません。通常です」という顔を作り、楽屋の隅でとりあえず立ち尽くし、たまにうろうろした。
自分に用意された楽屋だが、どこにいればいいのかわからない。とりあえず楽屋にある鏡を見てみる。
誠司はオシャレに無関心である。動きやすいかどうかしか考えないので、子供の頃から短髪黒髪を維持してきた。特にこだわりではない。煩わしくなったら切る。それだけ。
だが、今は何かをしていないと落ち着かないので、誠司はとりあえず髪を触ってみた。本当に触ってみただけだった。
そのため、髪を一本ずつ触るという集中力がいらない行為になってしまい、誠司の注意を引くには足りなかった。意識は簡単に悠馬へと吸い寄せられていく。
鏡越しに悠馬をチラチラ見ては、ハッと我に返り、戒めるように鏡の自分と向き合って、眉間にぐっと力を込める。
誠司は自分に「悠馬さんを盗み見するな」と言い聞かせた。だが、誠司の目は、誠司の脳の言うことを聞かなかった。
悠馬は台本に目を戻している。誠司の葛藤など知る由もない。だが、誠司が悠馬から目を逸らすと、今度は悠馬が誠司をチラッと見ていた。
誠司と二人きりというのは、悠馬にはとても珍しい機会なので、悠馬は誠司と仲良くなるチャンスだと思った。
そして、いつ番組卒業を決めても、悠馬は心残りがないようにしておきたかった。
お互いにお互いをチラチラと見合う二人。ついにその目線は交わされ、鏡越しに目が合った。
悠馬は首を傾げて微笑む。悠馬は時々誠司が心配になる。年下の後輩である誠司は、悠馬から見ても真面目で、ちゃんと息抜きできているか気になってしまうのだ。
「誠司君、座る?」
悠馬はソファーの端にずれて、隣にスペースを作った。
悠馬に呼ばれている。そう考えるだけで、誠司の動悸は激しくなり、目を泳がせて挙動不審になった。
「あっ、いえ……大丈夫です」
座りたかった。だが、それができたら誠司ではない。ロマンスを自ら裏切るのが誠司である。
一方、悠馬は「やっぱり加齢臭かな」と思い、自分に向けて無印のボディミストをシュッとかけた。
「テレビつけます……」
誠司は平常心を取り戻すために、藁にも縋る思いで、テレビのリモコンを掴み取った。テレビの電源を入れる。
ニュース番組で、世田谷区の最新スポットが紹介されていた。誠司は最新のものにもあまり関心が無く疎いが、この時ばかりは熱心に見た。
悠馬はそんな誠司を見て思った。誠司君が世田谷区を熱心に見ている。もしかして、誠司君は関心があるのかもしれない。
その時、テレビで保護犬カフェが映った。本格的なコーヒーを味わいながら、保護犬達と触れ合える場所と紹介されていた。
閑静で綺麗な木の空間。小さな子犬が、興味深そうにカメラに近付いている。
犬好きの悠馬は、思わず笑顔になった。そして、誠司を横目で見ると、誠司は熱心に画面を見続けていた。
「誠司君もわんちゃん好き?」
誠司の心臓は飛び出した。悠馬が自分のことを知ろうとしてくれている。誠司は頑張って口を開いた。
「……はい」
誠司は子供の頃、実家で秋田犬を飼っていた。一人っ子の誠司は小学校から帰ると、秋田犬を無言で撫で、無言で散歩に連れて行き、無言で餌をやり、無言で犬小屋の前にテントを設置し、毎晩一緒に寝ようとした。
そして、最終的に秋田犬は、室内犬になったという思い出がある。なので、犬は好きな方だ。
誠司の返答を聞いて、悠馬は目を輝かせた。眩しいくらいの笑顔で、体が少し前のめりになっていた。
「そうなんだ!僕も大好き」
やっと誠司との共通点を見つけた。悠馬はそれだけで満足していた。今度から誠司とは犬の話をしたらいいんだとインプットして、悠馬はソファーへとまた背中を預けた。
「ここ行ってみたいね」
悠馬はテレビを見ながら、何気なく呟く。悠馬にとっては本当に何気なかった。
対して、誠司の頭の中は「デート」の文字で埋め尽くされた。
誠司は、悠馬の隣を断ったことを後悔していた。ここではチャンスを逃してはいけない。
だが、やはり誠司だった。悠馬をスマートにお出かけに誘えたら、それは誠司ではない。
「……イ、イッテミタイ……」
誠司はついに限界を迎え、「すみません……お手洗いに……」と言い残して楽屋を飛び出した。正確に言うと、誠司は逃げ出した。
誠司が梓と真彩の楽屋に急いで入ると、腕時計を見ている梓とカップラーメンを持つ真彩がいた。
真彩は目を輝かせて、湯気が立っているカップラーメンを誠司に差し出す。豚骨味噌味だった。
「おめでとうございます!3分どころか、5分も二人きりでしたよ!麺が伸びましたけど、これどうぞ!」
誠司は呆然とカップラーメンを受け取る。そして、「やっぱり遠慮します……」と真彩に戻した。誠司は己の筋肉に対しては冷静だった。
不服そうにカップラーメンをズルズル食べ出す真彩。その横で、梓は誠司の肩をポンと叩いた。
「よくやった。次は10分ね」
誠司は豚骨味噌の香りを嗅ぎながら、天を仰いだ。
「カップラーメンは3分で完成します。ウルトラマンは3分で限界を迎えます。なので、誠司さんも3分耐えましょう!」
「……まぁ、頑張って」
梓はツッコミを放棄して、誠司の肩を叩く。誠司は力強くうなずき、スマホを取り出した。
ロック画面には、悠馬からもらった豆大福の写真。昨夜、食べる前に撮ったのだ。ちなみに、豆大福は一口だけ食べて、残りは冷凍保存されている。
真彩は誠司にグッドサインを送り、梓と一緒に楽屋に戻って行った。誠司は静かに深呼吸をし、ドアノブと対峙する。
楽屋張りには「高橋誠司 様」「朝倉悠馬 様」と、名前が並んでいた。そして、このドアの向こうには、収録の開始を待つ悠馬がいる。
「よしっ……」
誠司は呟いた。その姿は、大会前にモチベーションを上げるアスリートである。
誠司がゆっくりとドアを開けると、悠馬はソファーに座って台本を読んでいた。
「お、お疲れ様です……」
誠司が声をひっくり返しながら言うと、悠馬が顔を上げた。悠馬は目を丸くして、明らかに驚いていた。
それもそのはず。誠司は好意を明確に意識してから、自分の楽屋をまともに使っていない。
悠馬が来れば、入れ違いで出ていき、真彩と梓の楽屋に逃げ込む。そうやって、二人きりになることを避け続けてきた。
そんな誠司が、自分から悠馬のいる楽屋に入ってきたのだ。悠馬は徐々に笑顔になった。その顔には、嬉しさが滲み出ていた。
「お疲れ様……今日はこっちなんだね」
誠司は悠馬の笑顔に弱かった。頭の中が「可愛い」で埋め尽くされた。そして、喉まで「好き」という気持ちがこみ上げてきて、必死に飲み込んだ。
すると、誠司は息が吸えなくなり、楽屋で溺れかけた。逃げ出したかった。早く楽屋から出て、酸素を吸いたかった。
だが、それではいけない。悠馬はいつまでも誠司の近くにいる存在ではないかもしれないのだ。
誠司は「僕は何も思っていません。通常です」という顔を作り、楽屋の隅でとりあえず立ち尽くし、たまにうろうろした。
自分に用意された楽屋だが、どこにいればいいのかわからない。とりあえず楽屋にある鏡を見てみる。
誠司はオシャレに無関心である。動きやすいかどうかしか考えないので、子供の頃から短髪黒髪を維持してきた。特にこだわりではない。煩わしくなったら切る。それだけ。
だが、今は何かをしていないと落ち着かないので、誠司はとりあえず髪を触ってみた。本当に触ってみただけだった。
そのため、髪を一本ずつ触るという集中力がいらない行為になってしまい、誠司の注意を引くには足りなかった。意識は簡単に悠馬へと吸い寄せられていく。
鏡越しに悠馬をチラチラ見ては、ハッと我に返り、戒めるように鏡の自分と向き合って、眉間にぐっと力を込める。
誠司は自分に「悠馬さんを盗み見するな」と言い聞かせた。だが、誠司の目は、誠司の脳の言うことを聞かなかった。
悠馬は台本に目を戻している。誠司の葛藤など知る由もない。だが、誠司が悠馬から目を逸らすと、今度は悠馬が誠司をチラッと見ていた。
誠司と二人きりというのは、悠馬にはとても珍しい機会なので、悠馬は誠司と仲良くなるチャンスだと思った。
そして、いつ番組卒業を決めても、悠馬は心残りがないようにしておきたかった。
お互いにお互いをチラチラと見合う二人。ついにその目線は交わされ、鏡越しに目が合った。
悠馬は首を傾げて微笑む。悠馬は時々誠司が心配になる。年下の後輩である誠司は、悠馬から見ても真面目で、ちゃんと息抜きできているか気になってしまうのだ。
「誠司君、座る?」
悠馬はソファーの端にずれて、隣にスペースを作った。
悠馬に呼ばれている。そう考えるだけで、誠司の動悸は激しくなり、目を泳がせて挙動不審になった。
「あっ、いえ……大丈夫です」
座りたかった。だが、それができたら誠司ではない。ロマンスを自ら裏切るのが誠司である。
一方、悠馬は「やっぱり加齢臭かな」と思い、自分に向けて無印のボディミストをシュッとかけた。
「テレビつけます……」
誠司は平常心を取り戻すために、藁にも縋る思いで、テレビのリモコンを掴み取った。テレビの電源を入れる。
ニュース番組で、世田谷区の最新スポットが紹介されていた。誠司は最新のものにもあまり関心が無く疎いが、この時ばかりは熱心に見た。
悠馬はそんな誠司を見て思った。誠司君が世田谷区を熱心に見ている。もしかして、誠司君は関心があるのかもしれない。
その時、テレビで保護犬カフェが映った。本格的なコーヒーを味わいながら、保護犬達と触れ合える場所と紹介されていた。
閑静で綺麗な木の空間。小さな子犬が、興味深そうにカメラに近付いている。
犬好きの悠馬は、思わず笑顔になった。そして、誠司を横目で見ると、誠司は熱心に画面を見続けていた。
「誠司君もわんちゃん好き?」
誠司の心臓は飛び出した。悠馬が自分のことを知ろうとしてくれている。誠司は頑張って口を開いた。
「……はい」
誠司は子供の頃、実家で秋田犬を飼っていた。一人っ子の誠司は小学校から帰ると、秋田犬を無言で撫で、無言で散歩に連れて行き、無言で餌をやり、無言で犬小屋の前にテントを設置し、毎晩一緒に寝ようとした。
そして、最終的に秋田犬は、室内犬になったという思い出がある。なので、犬は好きな方だ。
誠司の返答を聞いて、悠馬は目を輝かせた。眩しいくらいの笑顔で、体が少し前のめりになっていた。
「そうなんだ!僕も大好き」
やっと誠司との共通点を見つけた。悠馬はそれだけで満足していた。今度から誠司とは犬の話をしたらいいんだとインプットして、悠馬はソファーへとまた背中を預けた。
「ここ行ってみたいね」
悠馬はテレビを見ながら、何気なく呟く。悠馬にとっては本当に何気なかった。
対して、誠司の頭の中は「デート」の文字で埋め尽くされた。
誠司は、悠馬の隣を断ったことを後悔していた。ここではチャンスを逃してはいけない。
だが、やはり誠司だった。悠馬をスマートにお出かけに誘えたら、それは誠司ではない。
「……イ、イッテミタイ……」
誠司はついに限界を迎え、「すみません……お手洗いに……」と言い残して楽屋を飛び出した。正確に言うと、誠司は逃げ出した。
誠司が梓と真彩の楽屋に急いで入ると、腕時計を見ている梓とカップラーメンを持つ真彩がいた。
真彩は目を輝かせて、湯気が立っているカップラーメンを誠司に差し出す。豚骨味噌味だった。
「おめでとうございます!3分どころか、5分も二人きりでしたよ!麺が伸びましたけど、これどうぞ!」
誠司は呆然とカップラーメンを受け取る。そして、「やっぱり遠慮します……」と真彩に戻した。誠司は己の筋肉に対しては冷静だった。
不服そうにカップラーメンをズルズル食べ出す真彩。その横で、梓は誠司の肩をポンと叩いた。
「よくやった。次は10分ね」
誠司は豚骨味噌の香りを嗅ぎながら、天を仰いだ。
