真彩にとって悠馬は、歳の離れた兄である。
真彩が声をガッサガサにすると、喉に効くキャンディを渡し、真彩が虚ろな目で座り込めば、近所のご飯屋さんに誘う。そして、真彩が家に直帰したがっていれば、そっと離れてくれる。
とにかく優しいので、真彩は末っ子気質を発揮し、悠馬に甘えまくる日々を送った。
そして今も、真彩は悠馬の奢りであんみつを食べている。
木の引き戸、ほうじ茶の香り、静かな店内。
この小さな甘味処は、スタジオから徒歩圏内にあり、悠馬のお気に入りの場所だった。
「収録の疲れ、とれそう?」
「はい!糖分最高です!」
真彩は幸せそうに白玉を頬張る。その食べっぷりを見ていると、悠馬は自然と笑顔になった。
開いている窓から、春らしい涼やかな風が吹いている。そして、幼い歌声を運んできた。
「ぎゅー!ぎゅー!だいすきって伝えよう!」
真彩と悠馬は目を合わせる。二人が窓の外を見ると、桜並木を小学生が歩いていた。
黄色い帽子に花びらをつけ、『みんなのひろば』の定番ソング『ぎゅーの歌』を大声で歌っている。ものさしをマイク代わりにし、一人リサイタル状態だ。
「一年生ですかね」
「そうかも。かわいいね」
二人は微笑ましく思いながら、しばらく見ていた。すると、視線を感じたのか、その子が急にくるっとこちらを見た。
小学生は口を開いたまま、徐々に目を見開く。そして、素早く花壇の縁に座り、ランドセルからノートとクレヨンを出した。
少年はノートを開き、何やら黙々と書いている。あまりにも突発的な行動に、悠馬と真彩は目が離せなくなっていた。
「どうしたんだろう」
「ものすごいアイデアが降りてきたんですかね」
大人二人が椅子からお尻を浮かし、熱心に見守っていると、少年は急に立ち上がった。そして、真剣な表情でノートを高く掲げる。
そこには2ページを費やして、「ゆうまおにいさん?」と大きく書かれていた。まるで、カンペを出すディレクターだ。
悠馬と真彩は目を細め、ノートの文字をじっくり読み取り、お互いに顔を合わせた。
悠馬は少年に向き直り、その子が見えるように両手で大きく丸を作る。
すると、少年の顔に満面の笑みが浮かび、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振った。悠馬もつられて笑顔になり、大きく手を振り返す。
そして、少年はそのまま走って行った。桜吹雪が祝福するように舞い散り、その中で赤いランドセルが跳ねている。
真彩はしみじみと思った。真彩おねえさんは、完全にスルーされていたなと。少年の目は、悠馬おにいさんにしか向いていなかった。
「悠馬さん・かおるさん世代の子ですかね……」
「そっか、もう小学生なんだ。9年もやってたらそうなるか」
悠馬は少年をずっと見送っていた。その表情は、いつにも増して優しく見えた。対して、真彩はどさっと椅子に座り込み、遠い目をする。
「本当にすごいです。私なんか2年目でヘロヘロですよ?7年後に歌のおねえさんやってる自信ないです……」
悠馬は笑いながら椅子に座り、湯呑みを両手で包んだ。ほうじ茶から、ふんわりと湯気が出ている。
「僕だって、こんなに続けられると思ってなかったよ」
悠馬は、静かに揺れる水面を見つめた。
「来年で10年か……」
真彩は口に入れる寸前で、思わずスプーンを止めた。テーブルの上に白玉が転がる。真彩は3秒ルールで食べたかったが、我慢して悠馬に向き直った。
「……まだ卒業はされないですよね?」
悠馬は微笑んだまま目を逸らした。そして、お品書きを見て「あっ、お持ち帰りがある」と明るく言った。
真彩が声をガッサガサにすると、喉に効くキャンディを渡し、真彩が虚ろな目で座り込めば、近所のご飯屋さんに誘う。そして、真彩が家に直帰したがっていれば、そっと離れてくれる。
とにかく優しいので、真彩は末っ子気質を発揮し、悠馬に甘えまくる日々を送った。
そして今も、真彩は悠馬の奢りであんみつを食べている。
木の引き戸、ほうじ茶の香り、静かな店内。
この小さな甘味処は、スタジオから徒歩圏内にあり、悠馬のお気に入りの場所だった。
「収録の疲れ、とれそう?」
「はい!糖分最高です!」
真彩は幸せそうに白玉を頬張る。その食べっぷりを見ていると、悠馬は自然と笑顔になった。
開いている窓から、春らしい涼やかな風が吹いている。そして、幼い歌声を運んできた。
「ぎゅー!ぎゅー!だいすきって伝えよう!」
真彩と悠馬は目を合わせる。二人が窓の外を見ると、桜並木を小学生が歩いていた。
黄色い帽子に花びらをつけ、『みんなのひろば』の定番ソング『ぎゅーの歌』を大声で歌っている。ものさしをマイク代わりにし、一人リサイタル状態だ。
「一年生ですかね」
「そうかも。かわいいね」
二人は微笑ましく思いながら、しばらく見ていた。すると、視線を感じたのか、その子が急にくるっとこちらを見た。
小学生は口を開いたまま、徐々に目を見開く。そして、素早く花壇の縁に座り、ランドセルからノートとクレヨンを出した。
少年はノートを開き、何やら黙々と書いている。あまりにも突発的な行動に、悠馬と真彩は目が離せなくなっていた。
「どうしたんだろう」
「ものすごいアイデアが降りてきたんですかね」
大人二人が椅子からお尻を浮かし、熱心に見守っていると、少年は急に立ち上がった。そして、真剣な表情でノートを高く掲げる。
そこには2ページを費やして、「ゆうまおにいさん?」と大きく書かれていた。まるで、カンペを出すディレクターだ。
悠馬と真彩は目を細め、ノートの文字をじっくり読み取り、お互いに顔を合わせた。
悠馬は少年に向き直り、その子が見えるように両手で大きく丸を作る。
すると、少年の顔に満面の笑みが浮かび、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振った。悠馬もつられて笑顔になり、大きく手を振り返す。
そして、少年はそのまま走って行った。桜吹雪が祝福するように舞い散り、その中で赤いランドセルが跳ねている。
真彩はしみじみと思った。真彩おねえさんは、完全にスルーされていたなと。少年の目は、悠馬おにいさんにしか向いていなかった。
「悠馬さん・かおるさん世代の子ですかね……」
「そっか、もう小学生なんだ。9年もやってたらそうなるか」
悠馬は少年をずっと見送っていた。その表情は、いつにも増して優しく見えた。対して、真彩はどさっと椅子に座り込み、遠い目をする。
「本当にすごいです。私なんか2年目でヘロヘロですよ?7年後に歌のおねえさんやってる自信ないです……」
悠馬は笑いながら椅子に座り、湯呑みを両手で包んだ。ほうじ茶から、ふんわりと湯気が出ている。
「僕だって、こんなに続けられると思ってなかったよ」
悠馬は、静かに揺れる水面を見つめた。
「来年で10年か……」
真彩は口に入れる寸前で、思わずスプーンを止めた。テーブルの上に白玉が転がる。真彩は3秒ルールで食べたかったが、我慢して悠馬に向き直った。
「……まだ卒業はされないですよね?」
悠馬は微笑んだまま目を逸らした。そして、お品書きを見て「あっ、お持ち帰りがある」と明るく言った。
