「それじゃ帰ろっか友香!電車乗るよ」
「あごめん葉月!ちょっと買い物思い出したから、ここで別れてもいい?」
「オッケ。じゃあまた!週末はバイト一緒にならないから、次は月曜日だね!」
「あ、うん。また来週…」
改札を抜ける葉月を、友香は手を振って見送った。
買い物があるというのはウソである。友人であるはずの葉月と一緒にいる時間に少し疲れて、1人になりたかっただけだ。
都会で孤独になりたくなくて葉月に付いて来たのに、その葉月と離れて独りでいる時間を選んだ。そこにジレンマを感じて、つい笑ってしまう。
クルンジを食べるために訪れたこの街。行き交う人々と並び立つ建物を見る。
どこまで見渡してもビル、ビル、ビル。日が沈み、黒く染まり始めた空。辺りが暗くなるのに合わせて、ビル群のあちこちで明かりが灯っていく。地元でこんな風景は決して見られない。眠らない街、それが東京だ。
街も、人も、眠らない。日が沈もうが星が瞬こうが、人の欲望のままに街は活動を続ける。むしろ仕事帰りに楽しい時間を送ろうと集まる人がいる分、夜の方が活気があるとさえ感じてしまうほどだ。どんなに空が暗くなろうと、行き交う人の足は止まらず忙しない。
何もかもが、田舎とは違う。山と田んぼに囲まれたのんびりな地元とは完全に別世界だ。
これが友香が憧れた都会。何もかもが輝き、豊かであり自由であり、そして刺激に満ち溢れている。このキラキラした世界が見たくて、彼女は東京に飛び出した。
でもそんな焦がれていたはずの刺激が、どうしてか今はしんどい。
(…少し歩こう)
スイーツを食べた腹ごなしにもなる。行くあても決めず、友香は都会の光に独り飛び込んでいった。
歩けども歩けども人の波は収まらない。みんな何かを求めるように、せかせか歩いている。よそをチラと見ることさえ稀で、止まることは決してない。その姿を見て、友香は彼女を思い出す。
(やっぱり、一番仲が良いのは葉月なんだよね。他に話せる子も…考えてみたらあんまりいないや)
大学に入った時からずっと一緒だった。同じ東北の地方出身で、退屈な故郷に飽きていて、都会に憧れ、スイーツを愛し、刺激を求め続けた。
似た境遇にいたからか波長が合い、会話はいつも盛り上がる。アルバイトも授業も共にし、もはや一緒にいることが当たり前だった。他の誰にもない安心感が、葉月にはあった。
葉月と出会えたことが、大学に入って以降最大の幸福だった。彼女と出会えなければ、友香は激しく変わりゆく都会の波に揉まれ、寂しく日々を送っていただろう。
葉月と一緒にいるのが楽しい。それは本心だった。彼女のおかげで、大学に通う毎日がとても充実している。
しかし葉月は飽きるのが非常に早い。友香よりもずっと流行に敏感で、最新情報を常に追っていた。一体どうやって調べているのだろうと、尊敬を覚えたことも少なくない。
友香から見れば、葉月とはもはや流行そのものである。興味がすぐに移り変わり、誰も知らないような情報を余さず掘り出し、そして古い情報は容赦なく捨てていく。
(ああそっか…私、疲れてるんだ)
友香はそんな葉月に追いつくだけで精一杯だった。流行に乗れなければ、葉月と話せなくなる。葉月との関係が悪くなれば、自分は一人ぼっちになる。そんな不安から、どれだけ負担になっても葉月にしがみつき続けた。
しかし流行とは変わりゆくもの。世界は絶え間なく、新しいものを生み出し続ける。だから最先端は常に塗り替わる。それはわかっていた。
(でも、早すぎるよ…。追いつけない)
それは豊かで、夢に溢れ、時に残酷である。
人に欲望がある限り、流れは決して止まることがない。
絶えぬ人の波を避けるように、友香の身体は無意識に動いていた。
行き先もわからないまま、彼女は無我夢中で歩き続けた。
◆ ◇ ◆
しばらくすると、あれだけあったはずの人の気配がまったくなくなっていた。
こんなに快適に外を歩けるのも久しぶりだ。故郷にいた頃以来ではないだろうか。
「東京だと、どこにいても誰かがいるもんねー…」
都会の道は人でごった返すか、建物が詰まって道が狭いか。どの道窮屈だ。
空を見上げると、星がひとつだけ瞬く。地元ならいくつも星が煌めいて、宝石箱のようだったが。東京の街中にも、星が見えるような暗い場所があったのか。
「…って、あれっ!?」
気付けば辺りは真っ暗だ。人もおらず、ビル群もない。あるのは住宅街の僅かな明かりだけだ。
どうやら友香は裏通りに入り込んでしまったらしい。周りに人がいないのも当然である。
(とりあえず戻ろう。というかお腹空いたな…)
時刻は19時を過ぎていた。今から部屋に戻っても、料理をする気力は無い。外で済ませることにした。この街なら今から入れるお店には困らないだろう。バイトに勤しむ彼女は、懐にも余裕がある。
スマホの位置情報を頼りにしながら、まずは大通りに戻ることにした。何を食べるかは、後で決めれば良い。
「あら?こんばんはー」
そう思い立ったところで、不意に声をかけられた。女性だ。自分より少し年上らしい。黒いTシャツに白いバンダナをしているが、持ち物はない。
「あ、こんばんは」
「お疲れ様です。今日はどこにお出かけだったんですか?」
「えっと…友達と一緒に、クルンジを食べに行きました」
ついつい話してしまう。もちろん、彼女とは初対面だ。
「クルンジ…。ああ、確かこの前日本に上陸してきたっていうウワサのスイーツですね!?」
「あ、そうですそうです!先週オープンしたって、友達がSNSで見つけてー」
話が弾んでいく。初対面なのにどうも会話を続けたくなってしまう、不思議な雰囲気が彼女にあった。
「あのお店ですか!私もこの前行って来ちゃいました。美味しいですよねー」
「はい!クロワッサンをさらに焼くパリパリ食感で!あんなスイーツ、私初めてでびっくりしちゃいましたよ!お姉さんも、スイーツ好きなんですか?」
「そうですね、結構好きですよー。流行りとかはあんまりわかりませんけど、美味しそうだなって思ったらつい買っちゃいますねー。クルンジは友達に勧められて名前は知ってたんですけど、この前たまたま店の前を寄ったらすごい行列だったので、気になってしまって…」
「あーわかります!行列が出来ていると、何に並んでるんだろうってすごく気になっちゃいますよね!」
「ですよね!でも行列のお目当てがスイーツとかグルメとかだと、それだけ美味しいんだろうなって期待しちゃいますし。それで本当に美味しいものに巡り合えたら、やっぱり待って良かったなーって思っちゃいます」
「そうなんですよ!スイーツ巡りをしてても、長く待った店ほど美味しかったって良くありましたし!友達と待っている時間も、それもまたダイゴミ、っていうか…」
「…?」
饒舌だった友香が突然トーンダウンし、その異変を女性も感じ取った。
「いや、すいません。今日も友達と一緒にクルンジ食べに行ったんですけど。いつも一緒にいる友達で。一緒にいるのは楽しいんですけど、今日はなんか疲れちゃって、1人で帰っちゃいました」
「何か、ありましたか?」
「いえ、ケンカしたとかじゃないんですけど。昨日言われたことが、引っ掛かっちゃって。『流行に付いていけてない』とか、『勉強不足だと追いてかれちゃうよ』とか。その子、私よりもずっと流行りものに敏感で、付いて行くのも、結構大変で」
「なるほど…」
女性の眼差しに慈愛が入り混じる。それに気付いた友香は、自分の先ほどの発言を思い出して焦った。
「あ、ごめんなさい!初めて会った人にこんな話しても、迷惑なだけですよね!」
「いえいえ、大丈夫ですよー」
女性は気遣うだけで何も言わない。どこかあたたかく、どこかミステリアスな出で立ちに友香はなおも惹きつけられた。
「これからお帰りになるんですか?」
「いや、別れてからずっと歩いてたのでお腹空いちゃって。せっかくなので、この辺でちょっと食べてから帰ろうかと思ってます」
「なるほど…。じゃあ、うちで食べていきます?」
「え?」
予想もしなかった展開が。友香もつい素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お店やってるんですか?」
「はい、そこの定食屋です。ちょっと小さいお店ですけど、味は自信ありますよ」
「あ、明かり付いてる」
「夜も営業してるんですよー。もう遅いですしそろそろ閉めようかと外に出たら、お姉さんを見つけたんです」
「え?じゃあ悪いですよ、そんな」
「いえいえ。最後にもう1人くらいなら、大丈夫ですよー。他にお客さんもいないし、ゆっくり出来ますから」
遠慮はあるが、他に人がいないならその方が安心かもしれない。今の友香に、都会の賑わいは痛い。
「じゃあ…お願いしてもいいですか?」
「はい、それではこちらへどうぞー」
そうして女性…怜音は定食屋『さくら』に、本日最後の客を招き入れた。
「あごめん葉月!ちょっと買い物思い出したから、ここで別れてもいい?」
「オッケ。じゃあまた!週末はバイト一緒にならないから、次は月曜日だね!」
「あ、うん。また来週…」
改札を抜ける葉月を、友香は手を振って見送った。
買い物があるというのはウソである。友人であるはずの葉月と一緒にいる時間に少し疲れて、1人になりたかっただけだ。
都会で孤独になりたくなくて葉月に付いて来たのに、その葉月と離れて独りでいる時間を選んだ。そこにジレンマを感じて、つい笑ってしまう。
クルンジを食べるために訪れたこの街。行き交う人々と並び立つ建物を見る。
どこまで見渡してもビル、ビル、ビル。日が沈み、黒く染まり始めた空。辺りが暗くなるのに合わせて、ビル群のあちこちで明かりが灯っていく。地元でこんな風景は決して見られない。眠らない街、それが東京だ。
街も、人も、眠らない。日が沈もうが星が瞬こうが、人の欲望のままに街は活動を続ける。むしろ仕事帰りに楽しい時間を送ろうと集まる人がいる分、夜の方が活気があるとさえ感じてしまうほどだ。どんなに空が暗くなろうと、行き交う人の足は止まらず忙しない。
何もかもが、田舎とは違う。山と田んぼに囲まれたのんびりな地元とは完全に別世界だ。
これが友香が憧れた都会。何もかもが輝き、豊かであり自由であり、そして刺激に満ち溢れている。このキラキラした世界が見たくて、彼女は東京に飛び出した。
でもそんな焦がれていたはずの刺激が、どうしてか今はしんどい。
(…少し歩こう)
スイーツを食べた腹ごなしにもなる。行くあても決めず、友香は都会の光に独り飛び込んでいった。
歩けども歩けども人の波は収まらない。みんな何かを求めるように、せかせか歩いている。よそをチラと見ることさえ稀で、止まることは決してない。その姿を見て、友香は彼女を思い出す。
(やっぱり、一番仲が良いのは葉月なんだよね。他に話せる子も…考えてみたらあんまりいないや)
大学に入った時からずっと一緒だった。同じ東北の地方出身で、退屈な故郷に飽きていて、都会に憧れ、スイーツを愛し、刺激を求め続けた。
似た境遇にいたからか波長が合い、会話はいつも盛り上がる。アルバイトも授業も共にし、もはや一緒にいることが当たり前だった。他の誰にもない安心感が、葉月にはあった。
葉月と出会えたことが、大学に入って以降最大の幸福だった。彼女と出会えなければ、友香は激しく変わりゆく都会の波に揉まれ、寂しく日々を送っていただろう。
葉月と一緒にいるのが楽しい。それは本心だった。彼女のおかげで、大学に通う毎日がとても充実している。
しかし葉月は飽きるのが非常に早い。友香よりもずっと流行に敏感で、最新情報を常に追っていた。一体どうやって調べているのだろうと、尊敬を覚えたことも少なくない。
友香から見れば、葉月とはもはや流行そのものである。興味がすぐに移り変わり、誰も知らないような情報を余さず掘り出し、そして古い情報は容赦なく捨てていく。
(ああそっか…私、疲れてるんだ)
友香はそんな葉月に追いつくだけで精一杯だった。流行に乗れなければ、葉月と話せなくなる。葉月との関係が悪くなれば、自分は一人ぼっちになる。そんな不安から、どれだけ負担になっても葉月にしがみつき続けた。
しかし流行とは変わりゆくもの。世界は絶え間なく、新しいものを生み出し続ける。だから最先端は常に塗り替わる。それはわかっていた。
(でも、早すぎるよ…。追いつけない)
それは豊かで、夢に溢れ、時に残酷である。
人に欲望がある限り、流れは決して止まることがない。
絶えぬ人の波を避けるように、友香の身体は無意識に動いていた。
行き先もわからないまま、彼女は無我夢中で歩き続けた。
◆ ◇ ◆
しばらくすると、あれだけあったはずの人の気配がまったくなくなっていた。
こんなに快適に外を歩けるのも久しぶりだ。故郷にいた頃以来ではないだろうか。
「東京だと、どこにいても誰かがいるもんねー…」
都会の道は人でごった返すか、建物が詰まって道が狭いか。どの道窮屈だ。
空を見上げると、星がひとつだけ瞬く。地元ならいくつも星が煌めいて、宝石箱のようだったが。東京の街中にも、星が見えるような暗い場所があったのか。
「…って、あれっ!?」
気付けば辺りは真っ暗だ。人もおらず、ビル群もない。あるのは住宅街の僅かな明かりだけだ。
どうやら友香は裏通りに入り込んでしまったらしい。周りに人がいないのも当然である。
(とりあえず戻ろう。というかお腹空いたな…)
時刻は19時を過ぎていた。今から部屋に戻っても、料理をする気力は無い。外で済ませることにした。この街なら今から入れるお店には困らないだろう。バイトに勤しむ彼女は、懐にも余裕がある。
スマホの位置情報を頼りにしながら、まずは大通りに戻ることにした。何を食べるかは、後で決めれば良い。
「あら?こんばんはー」
そう思い立ったところで、不意に声をかけられた。女性だ。自分より少し年上らしい。黒いTシャツに白いバンダナをしているが、持ち物はない。
「あ、こんばんは」
「お疲れ様です。今日はどこにお出かけだったんですか?」
「えっと…友達と一緒に、クルンジを食べに行きました」
ついつい話してしまう。もちろん、彼女とは初対面だ。
「クルンジ…。ああ、確かこの前日本に上陸してきたっていうウワサのスイーツですね!?」
「あ、そうですそうです!先週オープンしたって、友達がSNSで見つけてー」
話が弾んでいく。初対面なのにどうも会話を続けたくなってしまう、不思議な雰囲気が彼女にあった。
「あのお店ですか!私もこの前行って来ちゃいました。美味しいですよねー」
「はい!クロワッサンをさらに焼くパリパリ食感で!あんなスイーツ、私初めてでびっくりしちゃいましたよ!お姉さんも、スイーツ好きなんですか?」
「そうですね、結構好きですよー。流行りとかはあんまりわかりませんけど、美味しそうだなって思ったらつい買っちゃいますねー。クルンジは友達に勧められて名前は知ってたんですけど、この前たまたま店の前を寄ったらすごい行列だったので、気になってしまって…」
「あーわかります!行列が出来ていると、何に並んでるんだろうってすごく気になっちゃいますよね!」
「ですよね!でも行列のお目当てがスイーツとかグルメとかだと、それだけ美味しいんだろうなって期待しちゃいますし。それで本当に美味しいものに巡り合えたら、やっぱり待って良かったなーって思っちゃいます」
「そうなんですよ!スイーツ巡りをしてても、長く待った店ほど美味しかったって良くありましたし!友達と待っている時間も、それもまたダイゴミ、っていうか…」
「…?」
饒舌だった友香が突然トーンダウンし、その異変を女性も感じ取った。
「いや、すいません。今日も友達と一緒にクルンジ食べに行ったんですけど。いつも一緒にいる友達で。一緒にいるのは楽しいんですけど、今日はなんか疲れちゃって、1人で帰っちゃいました」
「何か、ありましたか?」
「いえ、ケンカしたとかじゃないんですけど。昨日言われたことが、引っ掛かっちゃって。『流行に付いていけてない』とか、『勉強不足だと追いてかれちゃうよ』とか。その子、私よりもずっと流行りものに敏感で、付いて行くのも、結構大変で」
「なるほど…」
女性の眼差しに慈愛が入り混じる。それに気付いた友香は、自分の先ほどの発言を思い出して焦った。
「あ、ごめんなさい!初めて会った人にこんな話しても、迷惑なだけですよね!」
「いえいえ、大丈夫ですよー」
女性は気遣うだけで何も言わない。どこかあたたかく、どこかミステリアスな出で立ちに友香はなおも惹きつけられた。
「これからお帰りになるんですか?」
「いや、別れてからずっと歩いてたのでお腹空いちゃって。せっかくなので、この辺でちょっと食べてから帰ろうかと思ってます」
「なるほど…。じゃあ、うちで食べていきます?」
「え?」
予想もしなかった展開が。友香もつい素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お店やってるんですか?」
「はい、そこの定食屋です。ちょっと小さいお店ですけど、味は自信ありますよ」
「あ、明かり付いてる」
「夜も営業してるんですよー。もう遅いですしそろそろ閉めようかと外に出たら、お姉さんを見つけたんです」
「え?じゃあ悪いですよ、そんな」
「いえいえ。最後にもう1人くらいなら、大丈夫ですよー。他にお客さんもいないし、ゆっくり出来ますから」
遠慮はあるが、他に人がいないならその方が安心かもしれない。今の友香に、都会の賑わいは痛い。
「じゃあ…お願いしてもいいですか?」
「はい、それではこちらへどうぞー」
そうして女性…怜音は定食屋『さくら』に、本日最後の客を招き入れた。
