「生きづらさ食堂」あなたのために、のれんは上がる

「いらっしゃい…おや」

秀人が店に入ると、カウンターに立つ店長と目が合った。

「…こんばんは」
「こんばんは。どうした少年、こんな時間に外に出歩くとは」
「いや、それは…」
「この子、塾から帰る途中で道に迷っちゃったらしいんですよ」
「ちょ、怜音さん…」

初手でバラされた。仕方がないにせよ、やはり恥ずかしい。

「それで今夜は1人でご飯を済ませて欲しいと言われてるみたいで、じゃあ今日はここで食べたらどうかって誘ってみました」
「…なるほど。いつもの奴か」
「……?」

「いつもの奴」とは何だろう。気になるが、聞かないでおいた。

「よし分かった。少年、今日はここで食っていけ。俺が作ろう」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?1,000円までだとありがたいんですが」
「…500円でどうだ?」
「えっそれだけ?」

ちょっと贅沢なコンビニ弁当を買うより安い。この価格だと、逆に心配になる。

「やっぱり人気があるなんてウソじゃ…」
「スマン、夜はいつもこんな感じだ。味は保証する。不安ならタダでも良い」
「いえ、良いですよ500円で。タダでお店で食べるのは申し訳ないですから」
「…わかった」
((しっかりしてるなあ…))

1,000円札を手渡し、500円玉を受け取った。取引成立である。

「ホラ秀人君、立ち話もなんだし、好きなところ座って?カウンターも好きに使って良いから!」
「では、失礼します…」
「さてと、次はメニューをどうするかだが…君は普段、どんなもの食べてるんだ?」
「そうですね。コンビニ弁当だと…から揚げ弁当とか。あとカツカレーとか、カツ丼弁当も好きです」
「…見た目に寄らず腕白だな」

ガリ勉少年だから、揚げ物を食べがちだと話すたびに驚かれる。だが秀人も小学4年生。これから育ち盛りだ。

「そうですね。確かに揚げ物、好きかもです」
「なら今日も、揚げ物にしとくか?面白いことが出来そうなんだ」
「良いんですか?じゃあお願いしようかな」
「おう、楽しみにしてな。今日は特別に、美味いもの食わせてやるよ」

店長は不敵な笑みを残して調理を始めた。そりゃお母さんも、野菜食べさせたくなるよね…と怜音は漏らしたが。店長には何か考えがあるらしい。

 ◆ ◇ ◆

店長が調理している間、秀人はスマホを見ていた。アニメ『ぼくたち不思議アニマルズ』のアーカイブ映像だ。

『フヘへ、ミツバチの巣があんじゃねえか。ちょうどいい、奴らを脅して中の蜜をたらふく頂こうか!』
『あっ、させないぞ!スズメバチなんかに集めた蜜をやるもんか!』
『行け、みんな!アイツを取り囲んで思いっきり羽ばたけ!』
『うおっ、あちち!お前らそんなにくっつくんじゃねえ!熱くてかなわん!』
『ダメだ!ぼくは命を懸けてもお前を止める!くらえー!』
『ぐおおおお…』

スズメバチは力尽き、倒れた。同時に彼を取り囲んでいた、無数のミツバチ達も。悲しいが、これも自然の摂理かな。

「…ふふっ」
「あ、そのアニメ知ってるかも」

ミツバチの回が終わり、秀人はつい笑みを漏らす。そのタイミングを見計らって、怜音は声をかけた。

「ホント?これを見てる人、家族以外にあんまりいないんだけど…」
「『ぼくたち不思議アニマルズ』だよね?それテレビつけるとたまにやってて、ついつい見入っちゃうんだよねえ」
「そういえばこれ、ドラマの前にやるんだっけ」
「そうそう。でも早い時間に付けてアニマルズを見てから楽しむというのも、また乙なのですよ。アニマルズも結構面白いことやるしね。前に見たのはブラックマンバ…だっけ?草むらをすんごい速さで進んでく毒ヘビ。あれは面白かった」
「あ、わかるわかる!あれカッコいいよね!動きがすごくシュっとしててさー」

2人の話が盛り上がる。秀人もこれだけ会話が出来たのも、いつ振りだろう。

「秀人君はさ、他にはどの回が好き?」
「うーん、何でも好きですよ。アカエイでもヤドクガエルでも。あ、だけどチーターのイダテンの回は特にカッコ良かったですね。『獲物を狩るために速く走れる脚を手に入れたのさ』って。ハイスピードで駆けていく様子がリアルに描かれていて最高でした」
「ほうほう。チーターのあのスピードが体感出来たら最高だろうねえ」

「はい。それからライオンのシシオウの話もびっくりしました。肉ばかり食べるイメージだったんですけど、ライオンが最初に食べるのは内臓が多いらしいですね。肉では摂れないビタミンとかの栄養素を確保するためだって聞きました」
「あ、そうなんだ!それ私も初めて知ったよー。すごいね」
「それからマイワシのイワタの回も。大きな敵から身を守るために、群れで泳いで大きく見せるって。うちの父さん、大学の博士で海の生き物の研究してるんです。だから魚とか深海生物の回だと、つい見入っちゃいますね」
「そっかー。お父さん、立派な人なんだね」
「ええ。ぼくの自慢の父さんです。母さんも」

アニマルズの話に花が咲いている。

「…でも、ぼくのクラスだとこういう話で盛り上がれる人っていないんですよね。どうしてこんなに面白いのに、誰も見ないんだろ」
「盛り上がってるところ悪いが、完成したぞ少年」

クラスメイトへの不満を垂れ流しそうになったところで、店長がやってきた。

「あ、すみません。…大きいですね」
「おう、これでも小さめに作ったつもりだが随分立派なものになってしまった」

秀人の前に出された盆。今日の夕食は野菜たっぷりの味噌汁と、そしてさまざまな食材を揚げて乗せたミックスフライ丼だ。

「食えそうか?」
「はい。帰りまた歩きますし、これくらいなら何とか食べられそうです。…いただきます」

箸を取り出し、丼と対峙する。よく見れば、具材の形がひとつひとつ違う。それぞれ別の食材を使っているということだろう。

「これ、何を揚げてるんですか?」
「食えばわかるさ」

食わなきゃ教えん、の一点張り。気になるが秀人も折れて、仕方なく食べ始める。
手始めに秀人は、細長くて一番目立つエビフライを取った。

「お、それはエビだな」
「見ればわかります」

食べ始めると早々、口を挟む店長。さっきとは打って変わって塩対応の秀人。
エビフライを一口頬張った。身がプリプリしていて、衣はサクサク。美味しい。揚げたてのようだ。

「知ってるか?エビってそのまま揚げると身が曲がりがちなんだよ。じゃあ君が今食べてるようにまっすぐ揚げるためには、どうすると思う?…揚げる前に切り込みを入れるんだ。そうすると曲がりにくくなる」
「そうなんですか」

店長が料理のテクニックを披露したが、秀人は無視。次のフライを食べ始める。

「これはお肉?」
「ヒレカツだ。エビとそいつは天ぷらじゃなくて、衣にパン粉を使ったフライにしているぞ。だから『天丼』じゃなくて『フライ丼』って呼んだんだ」
「へー」

正直天ぷらでもフライでも、あまり違いはないのでは。そう考えながらサクッ、ジュワっとした揚げたてヒレカツを頬張る秀人。心なしか表情が緩んでいる。

「でも店長、ヒレ肉の天ぷらも普通にありますよね?どうしてフライに?」
「いや、天ぷらよりもフライの方が肉のボリュームがダイレクトに出るからな。少年が喜ぶと思って」
「だって。どう秀人君?」
(こくこく)

味付けはタレをかけているらしい。少し甘めの和風ダレで、スッキリした味わいだ。天ぷらにもフライにも合い、おかげで揚げ物で尽くされた丼全体がくどくならない。
エビフライとヒレカツを食べ終えた。残るはすべて、天ぷらになる。

「ハッハッハ。肉と魚ばっかり食って、野菜ばっかり残っちまったか」
「え、もしかしてこれ全部野菜?ちょっとイヤなんだけど」
「まあまあ、母さまにも『野菜食べろ』って言われてるんだろ?サラダとかで普通に出されるよりはマシだと思うぞ?」
「…しょうがないですね」

野菜にひどく苦手意識もないが、どうも敬遠しがちな秀人。それでもこの店長が言うならと、観念して箸を進めた。
ひとまず一番大ぶりな、円盤型の天ぷらを食べる。

「これは…さつまいも?」
「正解だ。天ぷらにするとな、甘味が増して美味くなるんだ」

言われて味わうと、煮たり蒸したりするのとはまた別の食べ物だ。衣の中はほっこり甘くて楽しい。

「美味しいです」
「そうか。じゃあそっちの、半月型の薄い野菜は?」
「…かぼちゃですね。こっちも悪くありません」
「おう。かぼちゃも揚げるとな、ホクホクして美味いんだ」

ここまで店長が客と話すのも珍しい。怜音は外から、ただ見守っていた。

「米も具も良い感じに減ってきたな。さあ少年、次はどれを食べる?」
「…これで。中身はたぶんアレですね」

串切りにされた天ぷらをチョイス。この分だと中身は玉ねぎだろう。なじみ深いシャキッとしたあの食感がやってくると思ったが…違った。

「トロっとしてる…柔らかい」
「玉ねぎはトロってして甘くなる。知ってる食材でも調理法ひとつで全然違うから面白いだろー」
「うるさいよおじさん、ゆっくり食べさせてよ。せっかく美味しいのに台無しだ」
「む、スマン」

特別に食べさせてもらった絶品の丼ぶりだ。食べるのに集中したい秀人はつい怒ってしまう。2人のやり取りを見ていた怜音が笑っているのは、店長が「おじさん」と呼ばれたからだろうか。
さて、野菜の天ぷらも次々に食べていき…残ったのは2つ。そのうち秀人は、輪切りの天ぷらの方を選んだ。

「これは…さっき食べたさつまいもとは違うんですよね?」
「ああ、今回は全部違う具材だ。食べてみな」

店長に促され、一口かじる。中身は…。

「トロってしてるけど、皮は食感がちょっと残ってますね」
「ナスだ。これも揚げるとトロトロになって美味いんだな」

揚げ衣に守られ、みずみずしさがしっかり保たれている。焼いたり煮たりとはやはり違う味わいで、しょうゆベースのタレとも合う。
そして最後に残った天ぷら。秀人は正直、これをどこか避けていた。

「こ、これは…」

上はもくもく、下はスッキリ。この独特のフォルムは見覚えがある。秀人も食べるのを少しためらう、元は緑色で、森みたいな見た目のアイツだ。

「ブロッコリー…」

ブロッコリーに衣をまとわせ揚げたのだ。食べるとふわっ、カリッっとやはり不思議な噛み応えがする。

「ブロッコリーの天ぷらなんて初めて聞きましたよ…」
「珍しいか。俺もたまにしかやらない。今日はせっかくの機会ってことで」
「…正直いない方が良かったです」

まあ新世界を味わったという意味では、ムダではなかったが。
しかし話しているうちに、もう食べ終えてしまった。さまざまな食材を一度に楽しめるミックスフライ丼を、味わった秀人の感想は。

「美味しかったです」

大満足の一言だった。