「生きづらさ食堂」あなたのために、のれんは上がる

学校の宿題を終わらせた秀人。少しだけ、休憩を挟む。
こういう時、いつもなら動物の写真を眺めて気晴らしをするのだが。

「あれ、なんてアニメだっけ…?」

ふと、クラスで話題となっているアニメを見ようと思い立った。クラスの中で自分が浮いていることが、秀人自身も気がかりではあったのだ。アニメは好んで見る方ではないが、一応話題作りのため。
クラスでの会話を思い出す。確か『れいきり』という名前で、呼ばれていたはずだ。検索サイトにキーワードを打ち込み、調べてみる。

「これかな?」

それらしいアニメが見つかった。タイトルは『霊(れい)を斬(き)る』。少年雑誌で連載されているマンガを原作としたものだ。現世に残り悪事を働く幽霊を倒していく、バトルものらしい。
健介のような少年達には、王道のバトルアニメにグッと心を惹かれるのだろう。マンガが人気を集めているのもうなずける。しかしやはりというか、秀人はこの手の作品があまり得意ではなかった。幽霊や異能という現実離れした世界観も、派手なバトルアクションも、彼の好みから外れている。
そのままページを閉じようかとも思ったが。

『中身を見ずに否定するのは良くないよ秀人』

母にそう諭されたばかりだ。ものは試し。公式が第1話を公開していたので、ひとまず見てみることに。

『父さん、母さん!早く逃げようよ!』
『行け、幽(ゆう)!お前だけでも生き延びろ!そしていつまでも生き残ってみせるんだ!』
『う、わああああ!!』

鎌が切り裂く鋭利な音が響いた。父の凄惨な最期を想像し、秀人は目を背けた。
山奥の農村で平和に暮らしていた、主人公の少年・幽の一家。ある日突然死神に襲われ、のどかな生活は終わりを迎える。
家族を失った幽は必死で山を駆け下りた。自分を庇って死んだ、父の教えを胸に。
だが死神は幽も狙いのうちらしい。幽が逃げる先にいくつもの罠が仕掛けてあり、とうとう幽は追い付かれてしまった。

『お前モ、あの世二送ってヤル…!』

動けず涙目の幽に、死神の鎌が迫る。

(ここで、誰かが助けに来るんだろうなあ)

名シーンのはずだが、秀人は冷めた目で見ていた。ここで主人公が死ねば話が進まないだろうと、予想してしまったから。

『…随分と高位の霊が出てきたものだ』

後半に入るやいなや、青年が現れて死神の攻撃を受け流す。彼は紫色の禍々しい炎を纏った剣で、死神を着実に弱らせていく。

『まさか、お前…。「紫炎(しえん)」カ…!?』
『お前に言う必要はない。すぐに幽世(向こう)へ還るがいい』
『ぐはァッ…!』

死神は消えた。幽は助かったらしい。
幽を助けた青年の名前は筑紫。ある特殊機関の戦闘員らしい。高位の霊の目撃情報を受けやってきたが、襲撃には間に合わなかったようだ。

『どうして、父さんと母さんを助けてくれなかったんだよ…!』
『すまない、俺の責任だ。君はどこか、ここから離れた平和な場所で…?』
『…?なに、か?』
『そうか。君はなるべくして、この運命に巻き込まれてしまったのだな…』

謎の言葉を残して、1話は終わってしまった。詳しい話は、次回語られるのだろう。
1話を見流した秀人は、つい力が抜けてしまった。

(つまらない。こんなのに20分も使っちゃった)

お気に召さなかったようだ。筑紫が現れて形勢が変わるあたりから、興味は薄れていた。アクション好きの少年なら、一番の見どころなのだが。

「あーあ、これなら『不思議アニマルズ』の方が面白いや」

『ぼくたち不思議アニマルズ』という、生物の個性的な生態をテーマにした教育アニメだ。生物学者である父の勧めが見るきっかけである。バトルシーンや悲しい背景よりも、こちらの方がずっと好みだった。

「…勉強しよ。学校だけじゃなくて、塾の宿題も終わらせないと」

秀人にはまだやるべきことがたくさんある。イスに座り直し、遅れを取り戻そうとギアを入れた。

 ◆ ◇ ◆

「なあ!今夜の『霊斬』、楽しみだよなー!」

翌日。教室では『霊を斬る』の話題で盛り上がっていた。中心にいるのは、やはり健介だ。

「予告じゃ筑紫がなんかありそうだったよな」
「ああ。あの感じだと新技とか新形態とかだろ。おれ、早く見たくて待ちきれねえよー」
「マンガ見りゃすぐにわかるよ。あの回は確か…」
「待ったストップ!おれはマンガは読んでないの!ネタバレしないでくれ」
「あ、ごめん」
「ああ楽しみだなー!今日はおれ、夜ふかしして見るわ」
「健介はいつも夜遅くまで起きてるくせに」

男子の間で会話が弾む。秀人も昨日までは付いていけなかった…が、1話だけ見た今なら話せるかもと一応混ざることに。

「そういえば昨日、初めて『霊を斬る』を見た。1話だけだけど」
「マジかよ秀人!どうだった?すげー良かっただろ!」
「…いや、あんまり面白くなかった」
「「…え」」

空気が凍った。構わず秀人は続ける。

「だって幽の両親が可愛そうだし、現実であんなこと起こりっこないし。そもそも幽霊なんてこの世界にいる訳ないじゃん」
「わかんねえかな。あのアニメはそういうのじゃないんだって。もっとこう純粋にカッコいいバトルを楽しむもんなんだよ」
「いやそんなこと言われても。バトルものなんて見ないし、火が出る刀だって現実にないでしょ」
「あとほら、筑紫の登場シーンとか良かっただろ!幽のピンチの颯爽と駆けつけてさ!」
「でも、親は助からなかった」
「そう、だけど…」

ありのままの感想を淡々と述べる秀人。それを聞く健介達が不愉快になるのも当然だ。
それに気付いた…訳でもなくただ言いたいことを言いたいだけの秀人は話題を切り替えた。

「あと、あれも見た。レイジだっけ?人気って言ってた人の動画」
「おお、マジで!?」

実は塾の宿題が終わった後、寝る前に少し時間が残って動画を眺めていた。その中でレイジの話題を思い出し、見漁っていたのだ。

「どうよ、レイジの面白さはお前にもわかるだろ?どの動画が面白かった?」
「アイスピラミッドか?100人サッカーか?この前のハバネロラーメンも笑えただろ?」
「うーん。その辺は見たけどイマイチわからなかったよ。ほとんど騒いでるだけじゃん」
「それがレイジの動画の面白さなんだよ」
「あでも、1個面白かったのがあったな。ペットボトルでロケット作るやつ」
「…コーラロケットか?」

コーラにあるお菓子を入れて、発生したガスでボトルが飛ぶか?という検証動画だ。

「あれのどこが良かったんだよ?」
「え?なんか化学の実験っぽくて面白いじゃん。ああいうのなら、何度でも見たいなあ」
「…あれは地味な絵しか撮れなくて失敗したっていうクソ回だぞ」
「うん。レイジももうやらねえって裏で言ってた」
「…え」

秀人の趣味はことごとくクラスメイト達と合わなかった。
呆れ果てた健介が、まるで威圧するように秀人に詰め寄る。

「おれ、前から思ってたけどさ…お前、ズレてんだよ」
「え」
「秀人は場違いなんだよ。うちのクラスで1人だけノリ合わせらんねえで。自分がどれだけ空気読めない奴か、わかってんのか?」
「そーだそーだ!昨日のサッカーだって、お前1人だけボーっとしててさ!」
「本ばっか読んでるからそうなるんだろ!もっとおれらに合わせろよ!」

健介に続けて、拓也や他の男子も畳みかけた。誰一人味方がいない状況で、秀人はただ震えている。

「ぼ、ぼくは何も悪いことしてないだろ!誰にもメイワクかけてないじゃないか!」
「いいやメイワクだお前は。男子で1人だけおれ達に合わせられないこと、それがお前の罪だ」
「なっ…」
「ずっと前からお前のこと気に入らなかったんだよ。地味だしどんくせえしのろまだし」
「そーだのろま!」
「のろまだのろま!」
「「のーろーま!のーろーま!」」

男子全員がはやし立てる。悔しいのに、何も言い返せない。秀人にはただ睨み返すことしか出来ない。

「コラ男子ども!何弱いものいじめしてんの!」

そこに横やり。見かねた女子の一部が割って入ってきた。

「秀人君は別に悪いことしてないでしょ!」
「私らからしたら、デカい身体でいばってるアンタの方がよっぽどメイワクよ!」
「ほら、秀人君に謝んなさい!」
「なんでおれが謝んだよ!悪いのは空気読めないアイツの方で…」

女性陣が健介の相手をしている隙に、秀人を引き離す。

「気にしなくていいからね、あんなやつの言うこと」
「いや、うん…大丈夫だよ」

助かりはした、しかし余計に気まずくなる。
我慢出来なくて、秀人はそっと教室を出た。


(…くそ、そんなに情けないやつって思われてるのか)

彼が悔しいのは、健介達にバカにされたからだけではなかった。
女子達に庇われ助けられたことも、また秀人を傷付けた。彼女達は部外者のはずなのに。男子は女子を守るべきなのに。
守るべきはずの相手から逆に守られたことが、秀人はとても悔しかった。

「…秀人君、大丈夫?」
「浜野(はまの)さん…」

浜野(はまの) 美樹(みき)が話しかけてくる。1人だけクラスから抜けてきたようだ。

「健介君やみんなに、色々言われてたけど…。ホントに気にしなくて良いんだからね?ああいうのは、言わせておけばいいの」

彼女は本心で秀人を気にかけていた。周りと無理に合わせなくて良いと、そう思っていた。
だがその気遣いを素直に受け取れるほど、秀人はまだ成熟していない。

「…もう、君まで何なんだよ」
「あ…」
「あ、ごめん。けど…ほっといてくれよ」

秀人は差し出された美樹の手を無理矢理払い、教室に戻ってしまった。

(なんだよ、みんなみんな…。全部、ぼくが悪いのかよ…?)