「生きづらさ食堂」あなたのために、のれんは上がる

「どうだ?腹いっぱいになったか?」
「うん、満足!あと、予想以上に美味かった」
「そいつは良かった」

ご満悦の友香。それを見た店長も、自然と頬がゆるむ。

「焦ったよ。お菓子を店で出すなんてめったにないからな」
「そうなん?お団子美味しかったけど」
「あれくらいしか作れるものなかったんだよ。材料と時間以上に、俺の技術の問題があった」
「店長、料理のレパートリーは広いですけどお菓子はほとんど作りませんからねえ」
「自分じゃあまり食べないからな。市販の方がまだ美味い」
「え、じゃあお団子作ってくれたのは何で?」
「さっき、怜音に頼まれた」

『あの子ですね。さっきクルンジを友達と食べに行ったって、話してました。でも流行りのスイーツばっかり追ってて、ちょっと疲れちゃってるみたいですね。だからたまには懐かしい和菓子とか食べたら落ち着くんじゃないかと思うんですよ』
『なるほど。しかし、俺はそっち方面はあまり得意じゃないぞ?』
『大丈夫ですって、いざとなったら私も手伝いますからー』
『…必要なら手を借りる』

これが、先ほどあった怜音と店長の会話内容である。そこから店長は生地を煮て網で少し炙り、焼き団子を作ったのだ。黒ごまあんはすり潰すところから仕込んだ即席。

「なんか、ありがとう。怜音さんも」
「いえいえ。お客さんに喜んでもらえるのが何よりですから」
「しかし、俺も練習した方が良いのかね。食堂で出す飯のメニューだけじゃなくて、こうした菓子作りも」
「うん、やった方が良いよ!ホント美味しかったし、売ってたら毎日買いに来るかも」
「…流行りのスイーツ巡りは良いのか?」
「お団子は別腹!」

温度は違えど、笑い合う2人。傍から見るだけの怜音も、なんだか微笑ましい。

「確かに、流行は気になるよな」

表情を少し崩したまま、店長が切り出した。

「どうした突然?」
「周囲との話題になるし、毎回違うものが採り上げられるし。流行を追うのは楽しいよな」
「うん。それで仲良くなった友達もいる」
「でもさ、追ってばかりだと疲れるよな」

そう続ける店長の顔は、どこか憂いを帯びていた。初めて見た店長のそんな様子に感化されて、友香もしんみりと心の内をさらけ出す。

「…うん。大変だよ。毎日のように新しいものが出てきてさ、流行なんてすぐ変わっちゃう。まばたきしてるうちに最新が塗り替わるから、今どれが流行りなんだろうってわかんなくなって落ち着かない」
「…ああ」
「でも勉強しないと、置いてかれちゃうよ。みんなにも、葉月にも。私都会に出てきて葉月としかつるんでないからさ、葉月がいなかったら…話し相手もいなくなっちゃう」
「女子大生は特にそうだよな。流行には特に敏感だ」

常に刺激を求め、華やかな青春を送りたい。多感な時期にある女子大生のそんな願望が、店長にも少しだけ理解できる。

「ま、俺も似たようなものだがな。飲食店だって流行は大事だ」
「そうなん?」
「スイーツだけじゃないぞ。君だって言ってたじゃないか、ふわとろチーズオムライスだ何だって。グルメにも流行り廃りはある。チゲ鍋だ食パンだ、マッシュバーガーだ、次は酸辣湯だってな。そういう流れに乗って儲けるやつも、乗り遅れてダメになるやつも、界隈で何度も見てきた」
「店長も、色々大変だね…」
「仕事柄、色んな厨房を回ってきたからな」

この男、見た目以上に数多くの修羅場を越えてきている。

「言っとくが今話題のオムライスとかなら、俺でも作れるぞ。ただ店じゃやらないだけだ」
「え、じゃあ何で地味なおにぎりとか作ってんの?そっちより絶対オムライスの方がウケるのに」
「決まってるだろ。それじゃ『俺らしくないから』だ」
「俺らしくない?」
「俺の料理の原点はな、親から教わったところにあるんだよ。それが今の『さくら』を作ってる。そこから外れすぎると、俺の料理じゃなくなるんだ」

店長には流儀があった。両親から受け継いだ技術と心を磨き続け、その先で客を喜ばせると。
流行を下手に追わずに、決まって定食を出し続けているのはそのためだ。だからこそ、昼の『さくら』が長年愛されている。

「なるほど。わかったような、わからないような…」
「付いて行かないと置いていかれる。誰にも相手をされなくなる。そういう不安もあるだろうが…たまには休んでも良いだろ」

俯いていた友香が、はっとして顔を上げた。

「おにぎり食って、団子食って、わかっただろ。君には帰る場所がある。いつも君をあたたかく迎えてくれる、変わらない場所がな。それが気付かぬうちに、君の心の拠り所になっている」
「あ…」
「そこなら休めるだろ。何かを必死に追いかける必要はない。みんなに置いてかれる心配もない。君が穏やかに過ごせる、安全な場所だ」
「…でも、それじゃ退屈だよ。私、田舎に何もないのが嫌で東京に出てきたんだよ」
「言ったろ?『流行を追うのは楽しい』って。俺は別に、流行を追うのを否定する気はない。ただ『両極端になるのは良くないんじゃねえの』って言いたいだけだ」

理解が追い付かない友香の目が点になる。

「…意味がわからん」
「流行りの映えるスイーツが食いたい、それは大いに結構。何もない地元にうんざりして上京したのも、行動力があって素晴らしい。けどさ、いつまでも歩き続けることは出来ない。それに追いかけてばかりだと、自分の大事なものまで見失ってしまうぞ」
「大事なもの…ね」

ここに来て気付かされた。自分は新しいもので溢れる都会が好き。しかし同時に、穏やかな田舎暮らしを恋しく思う気持ちもわずかながらに持ち合わせているのだ。

「要はバランスが重要ってことだ。人には人の、君には君のペースがある。休みたい時は休んで、追いたい時に追いかける。疲れて動けなくなる前に、たまに立ち止まってみるのも悪くないよなって俺は思う」
「…アンタってさ、見た目以上にジジくさいよね」
「良く言われる」

友香に悪口を叩かれるのも、店長は若干楽しんでいた。その余裕がまた、安心感をくれるのだろう。

「ありがと。たまには昔のこととか、思い出してみるわ」

友香が1人で都会暮らしを乗り越えてこられたのは、隣にかけがえのない友人がいたから。
だがそれだけではない。過去にもらったあたたかい記憶も、陰ながら彼女に力をくれるのだ。

 ◆ ◇ ◆

「ねえ友香、今日何食べに行こっか?」

次の金曜日がやってきた。またも恒例スイーツ巡りの日である。
先週までは血眼で最新情報を追いかけていた友香。しかし今日は、不思議と余裕があった。

「それなんだけどさ、最近都内でちょっと美味しそうなお店見つけて。行ってみたいなーって思ってるんだよね」
「ほほう!そのお店の名物はズバリ、何でしょう!?」
「うん、それはね…」

友香はスマホを取り出し、ブックマークしておいた記事を葉月に見せる。

「おはぎ」
「地味っ!」

下町の商店街で家族経営している、小さな和菓子屋さんだった。葉月が好む流行のお店とは真逆の、街のお菓子屋さんという雰囲気である。
前回とのあまりの落差に、思わず葉月はズッコケた。

「ど、どうしてこんなの…。これじゃあ地元にあったのとほとんど変わんないじゃん」
「いやー。今日はなんだかあんこが食べたい気分になってさー」
「だとしてももっと何かあるでしょ!?抹茶小豆のパンケーキとか!あんバターサンドとかあんみつとか!都内だったらあんこの選択肢だって山ほどあるのに…。もしかして、ダイエット中か?」
「ち、違うよ!だとしたらそもそもお菓子なんて食べないって!」

悪ふざけで葉月にお腹を揉まれた。恥ずかしくはあるが、毅然とした態度は辛うじて保っている。

「はあ…。どうしちゃったのさ友香。こんな古臭いもの勧めてくるなんて」
「古臭いって…。まあ葉月はそう言うか」

何もない退屈な地元へのコンプレックスは、友香よりも葉月の方が数段強い。

「わかるよ。東京って毎日のように新作スイーツが出てきて、楽しいよね。出かけるたびに初めての味との出会いがあって、ワクワクするよね」
「…そうだよ。私の地元じゃお菓子はほとんど和菓子で、それもあんこかきな粉くらいしかなかった。そんなのつまんないじゃん。だから東京来て、地味なお菓子には目もくれないで可愛いスイーツばっかり求めてたのに」
「だからこそ今日は、こういうのが食べたいなって思うんだ」
「どうして?」
「えーっと…。それでも地元って良かったなって、思うかもしれないじゃん?」
「……」

ジトっとした葉月の視線が痛い。それでも何とか押し通そうと、友香はしどろもどろに続ける。

「あとほら、たまに古臭いもの食べると、今流行りのお菓子の良さがより理解出来て良いのではないかと…。あれだよあれ、『タイショージッケン』ってやつ!」
「…アンタ、そんな理科系キャラじゃないでしょ」
「と、とにかく!今日は私はこれが良いなー。ここのお店、あんこを毎日丁寧に仕込んでて美味しいって評判なんだよ。動画でも出てて気になっちゃった」

気まずい空気の中、思いつく限りのプッシュを続ける。必死になって言葉を探す友香に、葉月もついに根負けしたらしい。

「ぷっ。…変なの。そこまで食べさせたいか」
「う、うん」
「でも良いよ。それだけ話されたら、あんこ食べたい気分になってきたわ」
「葉月…」
「一緒に行こ友香。私その店知らないから、案内してよ」
「わかった!場所は調べてあるから、安心して!」
「ま、たまには懐かしの和菓子とか食べても良いかもね。…たまにだよたまに。来週はふつーに、私のオススメに付き合ってもらうわ」
「うん!楽しみにしてる」

毎週恒例のスイーツ巡り。
しかし今日だけは、ふるさとを懐かしむ不思議な1日になりそうだ。
無慈悲な流れを追わなくて良い、穏やかに羽を休める日に。

「あ、そういえば葉月。前から気になってたんだけどさ、いつもどうやってスイーツの最新情報を探してるの?」
「お、気になるか友香?」
「気になるよそりゃ。葉月は私の知らないところからいっぱい情報持ってくるんだもん、すごいよ。コツがあるなら教えて欲しいな」
「ふっふっふ、それなら教えてしんぜよう。まずはスイーツの記事を投稿しているWeb雑誌のSNSアカウントを全部フォローしてだね…」
「なんかすっごい力業!」