殺したはずの親友は、次の日笑顔で挨拶してきた。

 確かに、私はナニカの頭を潰した。
 石で、殴って、後頭部から、殴って。
 思い出すだけでも気持ち悪くなる。あれが幻覚だなんて思いたくはない。

 でも、こうして目の前に眞矢がいる。眞矢の姿をしたナニカがいる。
 自宅には血を浴びた服も、土に汚れた服もある。
 だから、決して夢じゃない。

 眞矢は、一体何に巻き込まれているの?

「鶫?」
「ついてきて」

 私は眞矢を教室から連れ出して、人気がない校舎裏へ連れていく。
 そして、ドンと壁に手をついて、問い詰める体勢を整える。

「……眞矢、じゃないよね」

 私は正面切って問いかけてみる。
 こいつは眞矢じゃない。眞矢だと思いたくはない。

 きょとんと、呆気にとられたみたいにナニカは目をまん丸くして。
 困ったような笑顔を浮かべた。

「……私は眞矢だよ?」
「違う。とぼけないで」

 断定する。
 眞矢にしか見えないのが腹立たしい。
 でも、眞矢じゃない。
 眞矢は、こんな言い方しない。

「眞矢ならね。こういう時、『おかしな鶫』って笑うんだよ」

 何気ない、言葉の違い。
 時に、それは致命的な違和感になる。

「……ふぅん」

 ナニカが目を細める。笑っているわけじゃない。口は横一文字だ。
 木々が風に揺れて騒めいた。
 彼女の栗色の髪も、風に揺れてたなびく。

 異質な空気に、背筋がぞっとする。
 咄嗟に飛びのいてしまった私に対して、ナニカはその場から動かなかった。

「でも、私は眞矢だし、眞矢は私だよ」
「……お前は、何」
「何と言われれば、私は鶫と一緒にいるための眞矢。と答える他ないかな?」

 意味が分からない。
 気味が悪い。
 私と一緒にいるための眞矢?

 自分の理解を越えた存在を目にしたとき、人って固まるんだって。
 初めて、知った。

「鶫は何もしなくてもいいんだよ。ただ、私が鶫と一緒にいたいだけだから」
「……でも、眞矢は死んだ」
「そうだね。死んでも鶫と一緒にいたかったんだ」

 何を言っているんだこいつは。
 心の底からそう思う。
 ギリリと歯ぎしりの振動が骨に伝わって、耳まで伝わってくる。

「なら! 最初から死ななければよかった!」

 誰かに聞かれていれば。
 そんなことも考えてる余裕はなかった。
 ただただ、目の前の光景を否定したかった。
 目の前の存在を否定したかった。

 でも、否定したいそいつは、何もかもを受け入れるような表情をして。
 柔らかに、笑った。

「――そうだね」

 瞬間、思考が真っ赤に染まった。
 こいつは、お前は!
 眞矢が、どんな気持ちで!
 どこまで、眞矢の気持ちを踏みにじれば気が済むんだ!!!

「……ふぅー」

 いや、落ち着け、私。落ち着け、鶫。
 ここは学校。ここで殺すのはまずい。
 咄嗟に目の前の存在の首を絞めそうになった手を押さえる。

 ともかく、これで本当の本当に確証は得られた。
 こいつは眞矢じゃない。
 じゃあ何なのかっていう問いに答えがでたわけじゃないけれど。

 いっそのこと、それも聞いてみる?
 よくわからないけれど、こいつは私に友好的だ。
 殺したのにも関わらず、今もこうして話に付き合ってくれているし、引っ張っても抵抗とかはしなかった。

「あなたは、眞矢じゃない」
「鶫がそう思うなら、そうかもしれないね」
「なら、あなたは誰」

 困ったように、ナニカは曖昧に笑う。
 答えに困っているというよりも、眞矢がよくやるようなしょうがないなぁ、みたいな表情で。
 余計に眞矢に見えるから、私は歯ぎしりをする。

「私は心菜眞矢だよ。眞矢でいるしかないもの、と言ってもいいかもしれない」

 わからない。
 眞矢だと言い張るこれを、何と呼んでいいのか。

「大丈夫。いつか、きっと鶫にもわかるよ」

 そう言って笑う姿は、まごうごとなく眞矢で。
 思わず涙がこぼれそうになる。

「私は、あなたの存在を認めない」

 これ以上向き合っていたら、どうにかなってしまいそうで。
 言い捨てて、その場から立ち去ろうと踵を返す。

「そうだね……。鶫は、鶫のままでいいんだよ」

 去っていく私の背中に、優しい眞矢の言葉が投げかけられた。
 気に入らないけれど、どこまでも眞矢の言葉だった。

 学校が終わった後、私はいつもの山に向かうことにした。
 今回は眞矢を連れてきていない。
 あれは殺さないといけないけれど、殺す前に確かめないといけないことがある。
 崖下に投げ捨てた死体は、果たして残っているのか。

 埋めた死体の場所はわからないけれど、あそこの崖下なら少し回り道すれば行くことができる。
 時々落とし物をして、それを眞矢と一緒に拾いに行った経験があるから。

「……ない」

 結論から言えば、崖下に死体はなかった。
 でも、死体があったという痕跡は残っている。
 上の木の枝は折れているし、地面には強く何かを打ち付けた痕が残っている。
 間違いなく、あそこからここに眞矢の死体が落ちてきている。

 何よりもそう確信させたのは、周囲の木に赤黒い染みが残っていること。
 血の跡だ。

 血の臭いもまだ充満している。
 どれだけの量出血したのかわからないけれど、明らかに生きてていい量じゃない。

「あり得ない。あそこから落ちて生きてるってこと?」

 でも、今日のナニカを見た感じ怪我をしている様子はなかった。
 治った? たった一晩で?
 だとしたら、あれは本格的に人間じゃない。怪物の類だ。

『——眞矢でいるしかないもの、と言ってもいいのかもしれない』
 
 眞矢でしかいるしかないもの?
 眞矢が死んだことで、眞矢になったもの?
 訳が分からない。どういう反応をすればいいのかもわからない。

「眞矢……。本当に、あなたは何に巻き込まれているの?」

 殺してほしいって願ったのは、あのナニカが関係しているの?
 わからない。わからないけれど、私がやるべきことは変わらない。

「眞矢は、死ぬことを望んでいた」

 その事実だけは、変わらない。

「なら、私はちゃんと眞矢を殺してあげる、義務がある」

 あれが存在している限り、眞矢は死んだとは言い切れない。
 必ず、殺す。殺してみせる。
 殺さなければ、ならないんだ。

「うっ」

 決意を胸に固めると同時に。
 眞矢をまた殺さないといけないという罪悪感に駆られ――私は再びその場に蹲って、吐いた。

「げほっ、げほっ」

 一通り吐き終わって、最悪の気分だけれど。
 私の決意は、殺意は、衰えることはなかった。

「待っててね、眞矢」

 絶対に、あれをあの世へ送って見せるから。