殺したはずの親友は、次の日笑顔で挨拶してきた。

「どうかしたの? 鶫」
「う、ううん。何でもないよ」

 まじまじと見つめてしまったけれど、これは本当に眞矢なの?
 眞矢は確かに昨日、私が殺したはず。
 この手にはまだその時の感触が残っている。首の強張る感覚に、呼吸しようと気道が必死に広がろうとしてた感覚。

 じゃあ、今目の前にいる眞矢はなに? 幻?

「うい」
「な、なぁにつぐみぃ~」

 頬をつねってみる。
 温かい。きちんと人肌の温もりがある。
 昨日埋めた時の冷たい眞矢を思い出す。まるで大違いだ。

「ごめん、ちょっと、目の前の光景が信じられなくて」
「もう、変な夢でも見た?」

 夢? 夢だったのかな。
 あのリアルな感触が、夢?

 視線は自然と眞矢の首元へと向かう。
 ――ない。
 見せつけるように赤く残っていた、私の手のひらの痕が。

 頭が痛くなってきた。本当に夢だったの?
 夢なはずがない。
 夢じゃないとしたら、この眞矢は誰?

「寝ぼけてる?」
「……そうかも」
「早退させてもらう?」

 こちらを心配気に覗いてきている表情は、まさしく優しい眞矢のものだ。

「なんだ、樋沢(ひざわ)ぁ。体調不良か?」
「ちょっと、眩暈がしますね」
「なら保健室行ってこい。一人で行けるか?」
「……大丈夫です」

 眞矢が付いてこようか? と言ってくれたけれど、一人で行くことにした。
 これ以上眞矢を見ていると頭痛が酷くなりそうだったから。

 ふらりと足取りは不確かに、教室から出る。
 廊下にでると窓から夏の日差しが降り注いでいた。蝉の合唱が響き渡る。
 誰もいない廊下で一人立っていると、自分だけ別世界に迷い込んでしまったかのような気分になる。

 まさかね?
 別世界に来て、ここでは眞矢が生きていて。なんて。
 本格的に頭に来てるなと自覚して、保健室へと歩いていく。

 保健室につくと、保健室の先生が出迎えてくれた。

「あら、どうかしたの?」
「ちょっと、眩暈がするのでベッド貸してください」

 言いながら、保健室のベッドへ向かう。
 仕切りをシャっと動かして、一人でベッドに仰向けに横になる。
 仕切りの上の隙間から電灯の明かりが入ってくる。薄暗いベッドの上は、少しだけ落ち着けた。

「……はぁ」

 本当に昨日の出来事は夢だったのだろうか。
 そんなはずはない、と思う。未だにこの手には冷たくなっていく眞矢の感覚が残っている。
 これが夢だというのなら、この世全てが夢だと言われても信じなければならない。
 でも、夢じゃないとするならば……。

「あれは、誰」

 私が見ても眞矢だ。どうみても眞矢だった。
 顔も、所作も、表情も、臭いも、全てが眞矢だった。気味が悪いぐらい眞矢だった。

「でも、違う」

 あれは眞矢じゃない。
 眞矢は私が殺した。

 確かめなければならない。
 あれが、眞矢なのか。眞矢じゃないのか。

 どうやって確かめる?
 まるっきり、眞矢なのに?

 ……眞矢の死体を掘り返す?
 それは駄目だ。掘った穴が深すぎるし、何よりも詳しい場所を覚えてない。

 本人に聞く?
 答えてくれると思う? 変な鶫って笑われて終わるだけだよ。

「手ふさがりだぁ……」

 でも、私の直感ではあれは偽物だ。
 それを証明する方法がない。

 いや、違う。
 証明する必要はないんだ。
 私が、私だけが、確信できればいい。
 もしも偽物なら――。

「殺さなきゃ」

 ぼそりと、口の中にとどまる程の声量で呟く。

 眞矢は死ぬことを望んでいた。強く、強く望んでいた。
 あれが偽物なら、眞矢の尊厳を傷つける存在だ。
 許されない。許してはならない。
 眞矢の決意を踏みにじるあれを、放っておいてはならない。

「ふぅー」

 長く、長く息を吐く。
 落ち着いてきた。思考が整理されて、やるべきことが明確になっていく。

 あいつが本当に眞矢かどうかを暴く。眞矢なら、私が夢を見ていた。
 でも、眞矢じゃないなら――殺す。
 絶対に、確実に、殺す。
 決意を込めて、ぎゅっと胸の前で拳を握る。

 ――研ぎ澄まされた思考が、チャイムの音で四散した。
 ああ、もうこんなに時間が経ってしまったんだ。

 上体を起こして、体の向きを変える。
 足をぷらりと宙に放り投げて、ベッドに座る形になる。

 ……このまま教室に戻る?
 あの、眞矢がいる教室に?
 それは躊躇われた。

「大丈夫?」

 仕切りの向こうから声をかけられる。
 保健室の先生だ。

「あっ、心配してくださってありがとうございます」
「眩暈は収まった?」
「はい、おかげさまで」

 やることがはっきりしたからか、気分は大分良くなった。
 これなら、授業受けても大丈夫、だと思う。

「良かった、お友達が迎えにきてくれてるわよ」
「友達?」
「鶫?」

 眞矢の声がした。
 心臓が急激に高鳴る。
 この仕切りの向こうに、眞矢がいる。
 覚悟は決めたつもりだった。それでも、いざ対面し直すとなると、心の準備がし切れていない。

「開けるね――」
「待って!」

 仕切りに手をかけた気配を察して、咄嗟に叫んでしまう。
 向こう側では何事かとこちらを伺っている気配がある。

 深呼吸をする。
 必死に、気持ちを落ち着かせる。
 心臓が痛いほどに叫んでいる。でも、今は黙れ。
 まだ確定しているわけじゃないんだ。だから、黙れ。

「……ごめん、開けて良いよ」
「う、うん」

 ベッドに腰を掛けたまま、仕切りの向こうへ声をかける。
 戸惑った声と同時に、仕切りが開かれ光が差し込んだ。
 ――眞矢がいた。

「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫」

 心臓が再び高鳴る。
 苦しい。うるさい。

 直感も叫んでる。
 誰だ、こいつは。

「急に体調悪そうになったから、心配だったんだよ?」
「うん、大丈夫」

 全然大丈夫じゃない。
 座ってないと、今にも倒れてしまいそうだ。
 改めて見るとよくわかる。こいつは、眞矢じゃない。
 直感でしかない。五感は全てが眞矢だと言っている。

「でも、まだ立つときが危なくて、肩貸してくれる?」
「うん、いいよ」

 近づいてくる。ふわりと漂う香り、よく嗅ぎなれた香り。
 私に、安心感を与えてくれる香り。
 肩を貸してもらうことで、顔と顔がすぐ近くなる。
 その瞬間に、こっそりと耳打ちをする。

「ねぇ、眞矢」
「なあに鶫」
「まだ私に殺されたい?」

 本物の眞矢なら、きっとそうだと答える。
 でも、偽物だったのなら、きっと――。

 眞矢は少しだけ困った表情を浮かべて、答えてくれた。

「……ごめん、何のことを言っているの?」

 必死に、表情を笑顔のまま固めた私を誰か褒めて欲しい。

「ううん、気にしないで」
「もう、変な鶫」
「あはは」

 確定した。
 こいつは、眞矢じゃない。眞矢の皮を被ったナニカだ。
 なら、こいつの存在は眞矢の決意を汚すものになる。
 絶対に、殺す。殺してみせる。

 笑顔を浮かべながら、私はひそかに決意した。