【試し読み】陽キャ集団にいる芹沢は、俺の前だと様子がおかしい2

『鈴木(すずき)、今日やっと会えるな』

 始業式の朝、芹沢(せりざわ)からのメッセージで目が覚めた。
 画面に浮かんだ芹沢遥人(はると)という四文字を見ただけで、布団の中で変な声が出た。
 春休み最後の三日間は、塾の春期講習で会えなかった。
 たった三日だ。それなのに俺は、もう芹沢が恋しくて仕方なかった。
 枕に顔をうずめ、甘酸っぱい幸せを噛み締めながら、しばらくじたばたした。
 にやける顔を上げ、芹沢に返信を打つ。

『俺も芹沢に会いたかった』

 送ってから、『俺も』にしたのは自意識過剰だったかも、と一瞬怯(ひる)んだ。けれど、

『鈴木はほんとかわいい。大好き』

 すぐに既読がついて、甘い返事が送られてきた。俺は布団の中でもう一回じたばたする。
 芹沢は優しくて、明るくて、かっこよくて、誰にも怯まなくて、自分の意見をまっすぐ言えて、俺にも言葉を惜しまない。
 そんな芹沢と付き合える日がくるなんて、一年前の俺は想像すらしていなかった。
 俺と芹沢が付き合い始めたのは、二年生のときだ。
 もともと俺たちは住む世界が違った。
 芹沢遥人は、誰もが振り返るイケメンで、いつだって人の輪の中心にいる、いわばクラスの太陽みたいな存在。
 かたや俺、鈴木創(はじめ)は、教室の隅でひとり、こっそりBL小説を書いているような地味な生徒だった。接点なんてあるはずもない。
 だけど、一冊のノートが俺たちの人生を変えた。
 選択授業のとき、俺は自分のBL妄想を書いていたノートを、うっかり芹沢の机に置き忘れてしまったのだ。よりによって、芹沢を攻めのモデルにしていた、あのノートを、だ。
 中身は読まれてませんように。そんな俺の祈りは通じることなく、芹沢にばっちり読まれていた。人生終わった、と本気で思った。一年生のとき、BLが好きだと言って、友達と疎遠になってしまった古傷もあって、また同じように軽蔑(けいべつ)されるんだと覚悟した。
 でも、芹沢は俺をばかにしなかった。それどころか『俺も好きだよ、BL』と笑って、俺の小説の〝読者第一号〟になってくれた。
 本当に芹沢はいつもまっすぐだ。
 ――『どっかの誰かの想像した評価』じゃなくて、俺が鈴木のこと『いいな』って思ってる気持ちをちゃんと受け取ってよ。
 なんて、ずるい台詞(せりふ)を平気で言ってのける。
 しかも『これは鈴木だけが持ってて』と付け足すものだから、俺はあの言葉を、今も宝物みたいに胸の奥にしまっている。
 そうやって何度も気持ちをぶつけられて、わからせられて――気づいたときには、俺も芹沢のことが、どうしようもなく好きになっていた。
 奇跡だ。俺が芹沢と仲よくなったことも、俺たちが両想いになれたことも。……そして、芹沢のほうが先に、俺を見つけてくれていたことも。


 ◇


 もう三回目だというのに、昇降口で新しい上履きに履き替えるとき、いつもちょっとだけ緊張する。
 踵(かかと)のゴムは固くて、まだ足になじんでいない。きゅっ、と床を鳴らす感触が、いかにも『新学期』という感じがしてなんだか落ち着かなかった。

「鈴木」

 廊下(ろうか)の途中で呼び止められて振り向くと、松野(まつの)が立っていた。

「あ、おはよう、松野!」

 松野は一年生のとき、いちばん仲がよかったクラスメイトだ。
 そして、俺がBL好きだと告げたあの日、俺から離れていった友人のひとりでもある。
 だけど、去年の文化祭で、松野は俺に謝ってくれた。そのとき、俺は初めて知ったんだ。本当は松野にも大切なものがあって、ずっと隠していたことを。
 あの頃の俺は自分のことで精一杯で、松野がどんな思いで黙っていたのか、気づいてあげられなかった。
 文化祭の日以来、俺たちはまた普通に話せるようになった。
 そんな仲直りのきっかけを作ってくれたのが芹沢だ。……なんて、本人は一度も自分から言わないけれど。
 松野とは二年のときからずっと違うクラスのままだけど、こうしてたまに廊下で話をしている。

「……鈴木、ちょっと」

 松野は俺の袖を引いて、廊下の端(はし)まで移動した。そして、ポケットからスマホを取り出すと、左右をきょろきょろ確認してから、慣れた手つきでケースをぱかっと外す。
 中から現れたのは、男性アイドルのトレーディングカードだった。前に見せてもらったのと同じ人で、衣装だけが違う。

「……新しいのゲットしたわ」
「わっ、すごい! 衣装、春っぽくてかわいい……!」
「だろ?」

 松野はすぐにケースを閉じたけれど、その口元はちょっとだけゆるんでいた。

「……あとさ、今度のライブ、佐藤(さとう)たちと行くことになった」
「えっ……も、もしかして、佐藤と中村(なかむら)!?」

 思わず声が裏返った。
 一年のとき、BLが好きだと言った俺のことを笑っていた、あのふたりだ。

「だ、大丈夫なの、松野?」
「うん。文化祭のあと、俺がめちゃくちゃ時間かけて布教した。……今は、あいつらもけっこう沼ってる」

 松野はなんでもないみたいに言ったけれど、声がちょっとだけ弾んでいた。
 時間をかけて自分の『好き』を伝え続けた松野は、本当にすごい。
 結局、佐藤たちとはあれきりだ。けれど不思議と、胸の奥はざわつかなかった。あのふたりにも、夢中になれるものができたんだ。それなら、きっと今度は誰かの『好き』を笑ったりしないはずだ……たぶん。

「鈴木もさ、大事にしてる? 好きなもの」
「……うん。してるよ」

 俺は、にこりと笑ってうなずいた。

「よかった」

 松野もちょっとだけ笑った。

「じゃ、またな、鈴木」
「うん、じゃあね、松野」

 去年の今頃、俺はこの廊下をひとりで歩いていた。
 そして、今。
 心臓がうるさいのは、新学期のせいだけじゃない。
 歩くたび、鞄のキーホルダーが揺れる。水族館で、芹沢とおそろいで買ったやつだ。
 やっと、芹沢に会える。
 俺は半分駆けるみたいにして、教室へ向かっていた。
 初めての三年一組の教室。おずおずと引き戸を開けた瞬間、クラスメイトの女子たちに声をかけられた。

「すずぴー、おはよう! 三年でもよろしくー!」
「あ、うん。よろしくね」

 彼女たちに挨拶をして、奥の席に視線を移す。
 賑(にぎ)やかなクラスメイトたちに囲まれ、春の光をぜんぶ自分のものにしているみたいな芹沢が、こっちを見て大きく手を上げた。

「鈴木!」

 その声を聞いた瞬間、足が勝手に動き出す。

「芹沢……おはよう!」
「はよー。鈴木のこと待ちきれなくてさ。めずらしくめっちゃ早く起きたわ」

 駆け寄った俺の頭を、芹沢がとろけるような笑みを浮かべながら撫(な)でる。その動作ひとつで、朝から少しだけ緊張していた全身がふわりとほどけた。

「あー、よかった……。ほんとに芹沢と同じクラスなんだ……!」

 心臓をブレザーの上から押さえていると、

「うちの学校は、三年のクラス替えないからねぇ」

 近くの席に座っていた、爽やかイケメンの佐伯(さえき)が笑った。

「……つーか、鈴木、俺らのこと見えてる?」

 その隣の席にいる秀才イケメンの竹内(たけうち)も、竹内の机にもたれている体育会系イケメンの岩崎(いわさき)も、俺を見てにやにやしている。
 相変わらず顔面が強い彼らは、直視すると目が痛いくらいだ。

「あっ、ごめんごめん。おはよう、みんな! 今年も同じクラスで、俺、本当に本当に嬉しい……!」
「大げさだから、鈴木は」

 岩崎は呆れたように口角を上げていた。

「大げさじゃないって! 三年でもみんなとまた楽しく過ごせますようにって、俺、春休みの間、神社に何回もお参りに行ったんだからね!?」

 クラス替えはないとわかっていても、なんだか妙に不安になってしまった。

「へぇ、鈴木はそんなに俺らと一緒にいたいんだ?」

 おもしろがるみたいに、岩崎が俺の顔を覗き込む。すぐさま横にいた芹沢が、俺の肩をぎゅっと引き寄せた。

「鈴木が一緒にいたいのは俺だろ。な? 俺だよな? ……俺だって言って?」
「……朝からワガママボーイがすぎんだろ、芹沢」

 竹内の冷静な突っ込みに笑いながら、俺は迷わず口を開いた。

「芹沢も佐伯も竹内も岩崎も、みんな大好きだし、最後の一年もみんなと一緒に仲よく過ごしたい。楽しいこと、いっぱいしよう!」

 俺がにこにこ笑って言ったあと、なぜかみんな押し黙ってしまった。

「……え、何?」

 芹沢も、佐伯も、岩崎も、なんならいつも平然としている竹内も、妙な顔で俺を見ている。

「「「「かわいい~~」」」」

 四方向から声が飛んできた。

「だっ、だから、そういうのいいって!」

 俺は耳が熱くなるのを感じながら、右手をぶんぶんと振る。

「鈴木って、なんか最初の頃より丸くなったよねぇ。ますますかわいいっていうか」
「は? 俺の鈴木を口説くのやめれる?」

 しみじみと言う佐伯に、芹沢がすかさず噛みつく。佐伯は「俺はこはちゃん一筋だし」とマジレスしていた。
 丸くなった、と言われてもぴんとこない。……でも、以前は「かわいい」と言われるたびに、ばかにされてるんじゃないかと、まず身構えていた。
 今はもう、言葉の裏を探さない。一年間この陽キャ集団に――とくに隣の約一名に甘やかされたせいだ。
 ちらっと芹沢を見上げたら、柔く瞳を細めていた。その目がいつも以上に甘くて、慌てて視線を逸(そ)らす。
 みんなの前で、そういう顔をしないでほしい。
 心臓がもたないて、芹沢。


 ◇


 今日は始業式のみで授業はない。式とホームルームが終われば、あとは自由時間だ。
 帰りに新しい教科書を山ほど配られたのだけれど、みんなちゃっかり置き勉するらしい。ぜんぶ詰めた俺だけ、鞄がずっしり重かった。
 岩崎が両手を上げて伸びをする。

「腹減った。飯行こうぜ、飯」
「さんせーい。新学期一発目の学級会ってことで」

 佐伯が言うと、竹内が「議題ないだろ」と突っ込みを入れた。
 芹沢は当たり前みたいに俺の肩を抱いてくる。

「あるって。『三年一組、今年も仲よく!』」

 俺は「それだぁ!」と嬉しくなって声を上げた。
 いつものファミレスは、春休み明けの学生でそこそこ混んでいた。
 奥のボックス席に五人でぎゅうぎゅうに詰めて座る。俺の左隣には、もちろん芹沢がいた。
 うきうきとして注文タブレットを開く。
 春の新作フェアらしい。とろとろのビーフオムライスと、海老のクリームドリア。どっちも写真がおいしそうで選べない。
 みんなは早々と注文を決めた。優柔不断な俺がうんうん唸(うな)っていると、横から芹沢がひょいと画面を覗き込んでくる。

「どっち?」
「……うーん、待って、ごめん……えー、どうしよう……」
「じゃ、俺がこっち頼むから。半分こしよ」

 芹沢はあっさりそう言って、もうタブレットに注文を入力していた。

「えっ、で、でも、芹沢が食べたいの食べてよ……!」
「うん、俺が食べたいの食べる」

 注文ボタンを押してしまった芹沢を驚いて見つめる。

「あ、甘やかしすぎだよ、芹沢ぁ……!」
「そうじゃないでしょ、鈴木」

 芹沢に促され、ぐっと言葉を呑む。
 そりゃあ、正直に言えば……。

「……嬉しい。ありがと、芹沢」
「うん、俺も嬉しい」

 まだ顔が熱いままでいると、先にポテトがテーブルに運ばれてきた。

「鈴木、あーん」

 横から揚げたてのポテトが差し出される。
 あまりに自然だったので、俺は反射的に口を開けてしまった。

「出た、芹沢システム」

 佐伯がけらけらと笑う。
 芹沢はしれっと「当然だろ」と言い、次のポテトをつまんでいた。

「まだやってんのかよ、それ」
「鈴木が小説書いてる横で、芹沢が飯食わせるシステムね?」

 岩崎が呆れると、竹内が横から補足する。

「だってさー、鈴木って、小説のこと考え始めると飲まず食わずになんだもん。去年も四時間ぶっ通しで書いて水も飲んでなかったから。放っといたら死んじゃうって」
「し、死なないから!」
「あのね、鈴木くん。食べないと人は死んじゃうんだよ? だから俺がやんの」

 胸を張る芹沢に、岩崎が身を乗り出してきた。

「今は小説書いてねぇだろ」
「そうだぞ、芹沢ー」
「岩崎も佐伯もごちゃごちゃうるせぇな」
「あ? やんのか?」

 岩崎がテーブルに手をついて腰を浮かせる。芹沢も同じ速さで立ち上がろうとする。
 もちろん本気じゃないってことはわかっている。けれど、体が勝手に動いていた。
 両手を思いきり伸ばして、左手で芹沢の手を、右手で岩崎の手を、それぞれぎゅっと掴む。

「さっ、三年一組、今年も仲よく! だよね……!」

 笑顔で叫んでから、自分でも何を言っているんだろうと思った。
 岩崎は俺に手を握られたまま、どすんと座り直す。その口には堪(こら)えきれない笑みが浮かんでいた。

「さすがだねぇ、岩崎のあらぶる戦意も喪失させる男、鈴木」
「やめて、佐伯。……めちゃくちゃ気まずい」

 からかう佐伯を睨(にら)みつけた、そのときだった。
 芹沢が身を乗り出すようにして、俺の右手を岩崎から外して、自分の手のひらの中にぎゅっと収めてしまったのだ。

「はい、そこまで。俺のなんで、この手は」
「おめぇのじゃねぇだろ」
「今年も仲よくだよ、岩崎くん♡」

 芹沢はにこにこ笑ったまま、今度は一本ずつ丁寧に指を絡めてくる。

「な、なんで恋人繋ぎ……?」
「仲よくしてる、鈴木と」
「芹沢? あの、右手ふさがってると食べられないんだけど……」
「まかせて、鈴木」

 芹沢がポテトをつまんで俺の口元へ運んでくる。

「はい、鈴木。あーん」
「……んー! 芹沢、だるいて!」

 口に入れられたポテトを噛みながら文句を言った俺をよそに、佐伯たち三人の笑い声がきれいに重なった。


 ◇


 ファミレスを出たのは、二時すぎだった。
 佐伯は「こはちゃんと約束あるから」とにっこにこで彼女のもとへ向かい、岩崎は「午後は部活だから」と走っていき、竹内は「塾」と短く言って駅のほうへ歩いていく。
 三人が三方向に散っていくのを見送っていたら、隣に立った芹沢が、すっと俺の顔を覗き込んできた。相変わらず距離が近くて、心臓に悪い。

「鈴木、俺たちはデートしよ」
「デート……!?」
「何、嫌?」
「ぜっ、全然嫌じゃない。けど……、心の準備が……」
「デートに心の準備いんの?」
「いるよ!」

 おかしそうに芹沢がけらけら笑う。

「おっけ。心の準備ね。じゃ、三秒あげる。さん、にー、いち」
「早すぎるて、芹沢!」

 抗議する俺にはお構いなしで、芹沢はひょいと俺の鞄を取り上げた。教科書がぎっしり詰まった、重い鞄だ。

「これ持って歩き回るとかぜったい無理っしょ。駅のロッカー預けよ」

 芹沢は俺の鞄を肩に担いで、さっさと歩いていく。俺は真っ赤な顔で、その隣に追いついた。
 俺の彼氏……優しすぎ。無理……ほんと好き。
 ロッカーに鞄を預けて、駅前の書店に入った。
 新刊コーナーへ向かう途中、ファッション雑誌の棚の前を通りかかった。ずらりと並んだ表紙。男性モデルたちがきれいな顔でこっちを見ている。

「芹沢にはこういうの似合いそう……」
「ん?」
「あ、いや、芹沢はめちゃくちゃかっこいいからさ。モデルとか芸能界とか、合うんじゃないかなって」
「えー、俺? そうかな?」

 芹沢は笑って、あっさり棚の前を通り過ぎた。
 ……ぜったい似合うと思うんだけどな。

「鈴木、こっち。あったよ」
「……あっ、ほんとだ!」

 平積みになっている石橋叩割(いしばしたたきわり)先生の小説。表紙には制服姿の男の子がふたり。攻めが受けの手首を掴んで、至近距離で見つめ合っている。
 春休みからずっと、ふたりで待っていた新刊だ。

「やっとだな、鈴木」
「うん……!」

 芹沢が二冊取って、一冊を俺に渡してくれる。

「ありがとう、芹沢。読み終わったら、感想言い合おう!」
「もちろん。それまではお互いネタバレ厳禁ってことで」

 芹沢とレジに並んでいると、じわじわ嬉しさがこみ上げてくる。
 好きな作家の新刊を、恋人と一緒に買いに来られるなんて。
 書店を出て、少し歩いたところで、俺は思いきって芹沢の袖を引いた。

「……ちょっとだけ、寄りたいとこがあるんだけど」
「全然いいよ。どこ?」

 案内したのは、近くにある小さな神社だった。
 石段を上がると、境内(けいだい)には誰もいなかった。薄い桜の花びらが、砂利の上にはらはらと降り積もっていく。とても静かだ。

「もしかして、鈴木が何回もお参りに行った神社?」
「そう」

 俺は鈴を鳴らして、手を合わせた。
 ――三年になっても、みんなと仲よく過ごせますように。
 春休みの間、ここで何度もお願いしてきた。まだ一日目だけど、今日のぶんはちゃんと叶った。
 本当に本当に、ありがとうございます、神様。
 まずはお礼を言い、それから俺は新しい願いごとをひとつ心の中で唱えた。一回じゃ足りなくて、何度も何度も繰り返す。神様に、ちゃんと届くように。
 目を開けると、芹沢は笑い出しそうな顔をしていた。

「鈴木、めっちゃ長かったけど、何お願いしたの?」

 一瞬、言葉に詰まってしまう。
 言ってしまってもいいんだろうか。だって、あまりにも欲が深い気がして。

「なぁ、教えてよ、鈴木」
「……あの、……芹沢と、ずっと一緒にいられますようにって」

 言ってしまってから、恥ずかしくて顔を上げられなくなった。

「も、もちろん自分でも努力はするよ!? ていうかほんとは、こんなこと神様に頼むことじゃないってわかってるんだけど……なんていうか、念のためっていうか……決意表明も兼ねてるっていうか」

 しばらく、返事がなかった。
 恐る恐る顔を上げると、芹沢はじっと俺を見ていた。

「……せ、芹沢?」
「待って。今、無理。かわいすぎて処理が追いついてない」
「え……」

 次の瞬間、腕を引かれて、俺は芹沢の胸に抱き込まれていた。

「せ、芹沢! ここ、外……!」
「うん、だな。でも、誰もいないよ、鈴木」

 まるで悪びれない声と一緒に、ぎゅう、と腕に力がこもる。
 制服越しに芹沢の温もりを感じて、俺はもう何も言えなくなった。頬に押しつけたブレザーからは、いつもの香水の匂いがする。

「……鈴木さ」

 頭の上から、声が降ってくる。

「そういうのは、神様じゃなくて、俺に直接言って」

 息が、止まりそうになった。
 顔を上げると、すぐそこに芹沢の目があった。
 もうだめだ。かっこつけた言い方なんて、ひとつも出てこない。

「……えっと、……お、俺と、ずっと一緒にいてください」
「はい」

 屈託なく芹沢が笑って、俺の頭に手を置いた。花びらが一枚、はらりと肩に落ちる。

「今年も一年、よろしくな、鈴木」
「……うん。こちらこそ」

 石段を下りるとき、芹沢が手をつないできた。
 人通りの多い道に出る手前で、俺がきょろきょろし始めると、察したように芹沢のほうから手を離す。
 心臓が痛くて苦しい。
 俺のためらいごと引き受けるように、芹沢は今日も太陽みたいな笑顔で俺の隣にいてくれる。


 ◇


 新学期が始まって、数日。
 時間割も本格的に動き出した、その日の昼休み。所用で担任の宇佐美(うさみ)先生に会いに行ったら、プリントを教室に運ぶ手伝いを頼まれた。
 芹沢たちはいつもの空き教室で俺を待っているから、早く戻らないといけない。
 そうして両手にプリントの束を抱え、急いで曲がり角を曲がろうとしたとき、俺は思いきり誰かにぶつかった。

「うあっ!?」

 よろけた弾(はず)みで、プリントをぜんぶ床にぶちまける。顔面蒼白になっていると、視界に大きな影が落ちた。

「すみません。大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫です! ごめんなさい!」

 相手はびくともしていない様子だった。どうやら、よろけたのは貧弱な俺だけだったらしい。
 恐る恐る見上げると、きれいな顔の男の子が立っていた。
 背が高い。だけど、まだあどけなさの残る幼い顔。一年生だ。胸の校章の色でもわかる。
 俺はその子の顔をじっと見つめ、すぐさまピンときた。と、年下攻めだ……。しかも自由奔放な受け先輩に振り回されながらも、生意気に攻める後輩。

「……ん? 俺、もしかして、顔になんかついてます……?」

 俺が見つめすぎたせいで、その子が不思議そうにしていた。慌てて、「いえいえいえっ!」と頭を横に振った。
 いかんいかん、あふれんばかりのBL妄想力が暴走してしまった。初対面の人にすることじゃない。

「プリント、拾いますね」
「あー、全然大丈夫です! お、俺が前を見てなかったのが悪いんで! ほんとにお構いなく!」
「じゃあ、お構いなく拾いますね」

 笑いながらしゃがみ、プリントを拾い集めてくれるその手つきはとても丁寧だ。
 一枚も折らないように、端をそろえて重ねていく。どこか体育会系の匂いがするし、ずいぶん律儀な子だ。
 そのとき、しゃがんだ彼が肩にかけていたトートバッグから、何かが滑り落ちた。

「……あっ」

 一年生の顔が、瞬時にこわばる。
 俺は落ちてしまったそれに、何気なく手を伸ばした。そして、拾ったものを見つめ、ぴたりと動きを止める。
 見覚えのある小説だった。
 表紙には、至近距離で見つめ合う制服姿の男の子がふたり。帯には見間違えようのないジャンル表記と石橋叩割先生の文字。
 青春BL小説。しかもこの前、芹沢と一緒に買ったばかりの、あの一冊だ。

「……うっわ!」

 一年生がものすごい勢いで、顔を赤くした。

「こ、これは違うんです。お、俺のじゃなくて、い、妹の……! あいつのがたぶん間違って入ってたんだと思いますマジで!」

 その慌て方。その顔。
 俺も、ちょっと前まで同じ顔をしていた。知られたら終わりだ、って。
 胸の奥がきゅっとなって、気づいたら微笑んでいた。
 一年生の言うことが本当でも、嘘でも、どちらでも構わない。
 本のほこりを払って、彼に差し出す。

「妹さんとってもいい趣味してますね。俺もこの先生の小説、大好きなんです」

 にこりと笑うと、一年生は目を見開いたまま固まった。
 そして次の瞬間、なぜか彼は小説を持つ俺の手首をがしっと握ってくる。

「好きですっ……!」

 いきなり顔が近づいてきた。さっきまでの照れはどこへやら、目を輝かせていて、息づかいまでちょっと荒い。体格がいいぶん、迫力がすごかった。

「……え、えっと?」
「俺も大好きです!」
「はいっ!?」
「それ、俺もいちばん好きな作家さんの新刊なんです……! 妹のっていうのは、とっさに言っちゃって……つうか本当は全然、俺のなんですけど……。でも、俺の周りで読んでる人全然いなくて、好きって言ってくれる人と会えたの初めてで……! 小説の話、もっとしたいです!」
「あ、ああ……小説の」

 俺は真っ赤な顔のまま、力が抜けるのを感じていた。勘違いしそうになった自分を笑いつつ、こくりとうなずく。

「いいよ、俺でよかったら、いっぱい話そう」

 一年生ははっと我に返ったみたいに、握っていた俺の手首を離した。けれど、照れて引っ込むかと思いきや、彼の勢いはそこからが本番だったのだ。

「この作家さんの『はせふか』シリーズは読みましたか? 告白の前にさりげなく手ぇつなぐとこ……俺あそこで完全に死んだんですけど」
「え、わかる! 俺もあそこで一回本閉じた!」
「ですよね!? ほかに何読むんですか。攻め受けの好みとか、めっちゃ気になります」

 ぐいぐい来る。さっきまで『妹の』と真っ赤になっていた子と同一人物とは思えない。一度好きなものの話になった途端、距離の詰め方が完全に陽キャイケメンのそれだった。
 呆気にとられている俺にさらに近づき、一年生はずいっとスマホを差し出してくる。

「インスタやってます? あ、それかなんでもいいんで連絡先……! 話、もっとしたいんで!」
「れっ、連絡先……?」

 初対面の、しかも一年生から連絡先を聞かれるなんて初めてで、思いのほかあたふたしてしまった。でも、冷静に考えてみたら、同じ趣味の人とつながれるのは大歓迎だ。
 おずおずとアカウントを交換すると、彼はぱっと顔を輝かせた。

「マジであざす……! 俺、辰之進(たつのしん)っていいます。落合(おちあい)辰之進。一年です」
「……お、俺は鈴木。鈴木創、三年、です」
「創先輩」

 急に名前を呼ばれて、どきっとした。

「……って呼んでいい?」
「え……、い、いいよ、それはもう好きに……呼んでもらって」

 うわ、なんかこそばゆい。
 後輩から下の名前で、しかも『先輩』なんて呼ばれたのは生まれて初めてだ。地味な人生を送ってきた俺にはだいぶ刺激が強すぎる。

「ありがとうございます、創先輩。じゃあ俺のことも、『たっちゃん』って呼んでください」
「た、たっちゃん……? えっ、いきなり……!?」
「いきなりだけど、だめ?」
「い、いいよ……わかった、たっちゃん、ね」
「やった」

 笑顔がまぶしい。白い歯がまぶしい。ぐいぐい来る年下の圧がまぶしい。
 これが俺の大好きな〝人懐っこい年下攻め〟の実物か……と、思わず職業病ならぬ趣味病が顔を出しかけて、慌てて引っ込めた。さっき反省したばかりだろ、俺。
 そうやって妄想を押し込めていたそのとき――。

「鈴木」

 廊下の向こうから、見慣れた長身が現れた。

「あ、芹沢……!」
「遅いから、迎えに来た。……てか、どちら様?」

 芹沢の視線が、俺の横にいたたっちゃんへと向けられる。

「あ、えっと、こちらはたっちゃん……落合辰之進くん。さっきそこでぶつかって、プリント拾ってくれたんだ」
「そっか」

 芹沢は爽やかな笑顔を浮かべると、なぜか俺の腰をぐっと抱き寄せる。

「ちょっ……」
「ありがとな、落合。鈴木を助けてくれて」

 たっちゃんの目がほんの一瞬だけ、俺の腰に回った芹沢の手を見た気がした。

「あの、遥人先輩……ですよね?」
「俺のこと知ってんの?」

 芹沢が尋ねると、たっちゃんは芹沢に負けず劣らずの爽やかな笑みで答える。

「知ってますよ、有名ですから。俊(しゅん)先輩からも、クラスメイトの女子からも聞いてます。『めちゃくちゃかっこいい先輩がいる~』って」
「俊? あー、岩崎か。もしかして、柔道部の後輩?」
「そうです」
「そういえば、ちらっと落合っていうスーパー新人が入るって聞いてたわ」
「……えっ、俊先輩がそんなこと言ってたんすか!? 嬉しいっす、マジで」

 さすが芹沢だ。もう芹沢はたっちゃんと打ち解けて、お互いににこにこ話をしている。
 芹沢と話す人は、みんな最初の笑顔で惹きつけられてしまう。そういう不思議な引力を、芹沢は持っている。
 そんな芹沢が誇らしすぎて、しかもそんな芹沢が自分の恋人だなんていまだに信じられなくて、俺はどこかふわふわした気持ちでふたりを見つめていた。

「……つうか鈴木、その本、なんでずっと持ってんの?」
「え? あっ、こ、これは……」

 そういえば、BL小説をたっちゃんに返しそびれていた。

「えっと……」

 たっちゃんの趣味を勝手に言うわけにはいかない。芹沢だって、ずっと俺にそうしてくれていた。俺がどう答えるか迷っていた矢先、横から声がした。

「俺のです」

 たっちゃんが一歩前に出る。

「俺が落として、創先輩が拾ってくれただけなんで。創先輩のじゃないっす」

 その声が、さっきまでとはまるで違って硬かった。
 ……あ、そうか。
 たっちゃんは、庇ってくれているのだ。
 この本が誰のものか、はっきりさせないと俺が変な目で見られる。たぶんそう思っている。
 さっきまで真っ赤になって『妹の』と言い張っていた子が、俺のために、自ら名乗り出てくれた。

「へぇ、そうなんだ」

 芹沢は笑って、あっさりうなずいた。

「めっちゃ趣味いいじゃん。俺も昨日読み終わったばっか」
「…………は?」

 たっちゃんが、完全に固まった。

「そんな驚く? 石橋叩割先生は鉄板だろ」
「……えっ、だって、待ってください! 遥人先輩もBL読むんすか!?」
「読むよ。大好き。腐男子だし、俺」

 飄々(ひょうひょう)とそう言うと、芹沢は俺の手にあった小説をたっちゃんに渡した。
 去年は「ふだんし? 何それ」なんて首を傾げていた人だ。
 でも本当は、言葉を知らなかっただけで、一年生の頃からずっとひとりでBLを読み続けていた。俺がそれを知ったのは、両想いになった日だ。

「……マジ、ですか」

 たっちゃんが固まる気持ちもわかる。去年の俺だって、同じ顔をしていたはずだ。芹沢みたいな人がBLを読むわけがない、と。でも、見た目だけで自分の『好き』を疑われるのは、俺だったら悲しい。
 だから芹沢の『好き』を、もう勝手に決めつけたりしない。
 芹沢は自分の好きなものを隠さないし、誰が何を好きでもいつもフラットだ。一年前、俺のノートを見つけたあの日も、笑ったりせずに受け止めてくれた。
 ……そういうところに、俺は何度だって恋をしてしまう。
 人知れず噛み締めていたら、芹沢が足元にまとめてあったプリントをひょいと持ち上げ、もう片方の手で俺の腰を引き寄せた。

「じゃ、そういうことで。またな、落合。鈴木、行こ」

 有無を言わさずそのまま連れていかれ、俺は「あっ、うん」と歩き出した。振り返ると、たっちゃんが手を上げている。

「……あの、創先輩、DMしますね!」
「えっと、うん、またね、たっちゃん……!」

 芹沢がどんどん足を速める。
 教室にプリントを置いてから空き教室には帰らず、どうしてだか芹沢は誰もいない非常階段に進んだ。
 そして、壁際に追い込むみたいに立って、俺の頭の横に両手をバンッとつける。

「せ、芹沢……?」

 どうして芹沢は両手壁ドンを……?

「『たっちゃん』ねぇ……」

 急にたっちゃんの話になっていて、少しだけ驚いた。

「あの子にそう呼んでって言われて。あ、もしかして、……だめだった?」
「……だめじゃない」

 芹沢は穴があきそうなくらいこちらを見つめたあと、はぁ、とどこか諦めたような笑みで息を吐いた。

「あのさぁ、鈴木。君はさ、とってもかわいいのよ」
「え? いや、かわいくはないけど……」
「とにかく俺の鈴木はかわいいの。んで、あいつさぁ、たぶん鈴木のことすげぇ気に入ってたわけ」
「あいつって……たっちゃんのこと? そ、それはあれだって、たっちゃんもBL小説が好きで……同じ小説好きな人に会えたから、嬉しいんだと思う……! それだけだよ!」
「ちっげぇよ」

 芹沢はもう一度ため息をついて、今度は俺の頬を両手で包んだ。
 大きな手のひらの感触。たっちゃんといたときとは段違いにドキドキし始める。

「鈴木のそういうとこ、俺は好きだけどさ。っていうか好きすぎてやばいんだけど。……でも、ほかのやつに無防備な顔向けんの、マジでやめて」

 俺はしばらく考えてから、芹沢をじっと見上げた。

「もし芹沢が嫌なら、俺、あの子と連絡取らないよ?」

 たっちゃんには申し訳ないけれど、俺のいちばんは何があろうと芹沢だ。
 素直な言葉を吐き出したその瞬間、芹沢の眉がぐっと寄った。

「……は? やだ」
「えっ」
「俺のせいで、鈴木が誰かと仲よくすんのやめるとか、いちばんやだ。超やだ」
「じゃあ、俺はどうすれば……」
「連絡は取っていいけど、あいつの前で無防備なかわいい顔しないで」

 な、なるほど……?
 つまり、仲よくするのはいいけど、無防備な顔はだめ……?

「わ、わかったよ、芹沢。それで、あの……無防備な顔って……どういう顔?」

 こっちは真剣に聞いていたのに、芹沢はぷっと噴き出した。

「ちょっ、芹沢! 笑わないでよ!」

 芹沢の親指が、俺を宥めるように頬を撫でる。

「ごめんごめん。俺が鈴木を守るから。この世の魑魅魍魎(ちみもうりょう)から」
「ち、ちみもうりょう?」

 後輩を妖怪扱いするな、芹沢。
 言っていることはよくわからないけれど、この顔なら知っている。

「もしかして芹沢、たっちゃんに、……やきもち、妬(や)いてる?」

 おずおずと口にした途端、芹沢は気まずそうにかすかにうなずいた。

「まぁ、正解」
「きょ、今日会ったばっかりの一年生に……?」
「今日会ったばっかで『たっちゃん』なのが問題なんだって」

 あだ名ひとつでふてくされる芹沢が、なんだかかわいくて。
 こんな風に芹沢が俺だけを見て、俺のことで余裕をなくしてくれる瞬間は、正直ものすごく――嬉しい。情けないくらいに。
 呼び方を変えようか、と言いかけてやめた。芹沢はまた『やだ』と答えるに決まってる。

「ごめんね、芹沢」

 少しの罪悪感を持ってそう言うと、芹沢はどう受け取ったのか、あっけらかんと口を開く。

「いや、鈴木はまったく悪くねぇから。俺がワガママボーイなだけ」
「……そんなことない」
「あるんだって。鈴木のことになると、ほんと器(うつわ)小せぇ自覚ある」

 そう言って芹沢は、俺の額(ひたい)にこつんと自分の額をくっつけた。
 至近距離で、芹沢の目が俺を映している。

「なぁ、鈴木。俺ってさ、TPOはわきまえる攻めじゃん?」
「う、うん……? そう、かな……?」
「誰もいないし……ここでキス、してもいい?」

 目だけで周りを確かめてから、俺は赤い顔で小さくうなずく。
 ゆっくりと芹沢の唇が触れて、すぐに離れていく。たったそれだけで、俺はしばらく動けなくなってしまった。
 芹沢は俺の顔を見て、満足げに目を細めている。その顔があんまり幸せそうで、胸が苦しくなった。
 去年、両想いになった次の日。ふたりでいつものメンバーに報告すると、佐伯も竹内も岩崎も、『おめでとー』と軽く祝ってくれた。
 大げさにからかうでもなく、引くでもなく、ただ受け入れてくれたあの空気を、俺はたぶん一生忘れない。
 だけど。
 ――ほかの人には……お互いの名前は出さないようにしない……?
 そうお願いしたのは俺だ。芹沢は恋人を隠したがるタイプじゃない。むしろ逆だ。
 ――なんで? 俺は鈴木と付き合ってんの、めちゃくちゃ誇らしいんだけど。ほんとは学校中に言いふらしたいくらいだし。
 でも、俺はいつだって想像してしまうのだ。
 芹沢の恋人ってどんな人だろうって、わくわくして聞いてきた女の子が、その答えを知ったときの顔を。

『え……この人?』って。

 芹沢は、俺の太陽だ。みんなの真ん中で、誰よりもまぶしく笑う。
 その太陽の隣に、俺がいる。
 ――鈴木がそうしたいなら、それでいいよ。俺は鈴木のペースに合わせるって決めてるから。
 芹沢のその言葉に、俺がどれだけ甘えているか。自覚はちゃんとある。
 黙り込んでいた俺の頭を、目の前の芹沢がぽんと撫でた。

「鈴木の隣は、俺のだから」

 俺はにやついた赤い顔で「うん」と小さくうなずいた。
 さっきのキスの余韻が、まだ唇に残っている。
 こんなに幸せで、こんなに近くにいるのに。それでも俺は、この幸せを世界に向かって叫べないでいる。
 でも、好きなものを言うか言わないかは自分で決めていいことだ。
 それに、俺と芹沢は仲よしで、毎日一緒に帰っていて、休みの日もよく会っている。
 相変わらず芹沢はワガママボーイで、俺はそのたびに振り回されているけど、それも含めて愛おしい日々だった。
 しかも、本当に驚いたことに、俺たち五人の志望校はみんな同じだった。
 竹内は経済学部がお目当てで、岩崎は柔道部が強いからという理由でスポーツ推薦を狙っているらしい。
 佐伯は国際学部で『キャンパスがおしゃれだったから決めた~』なんて、いかにも佐伯らしいことを言っていた。
 俺はというと、図書館がとにかく広いから決めた。二年のときに行ったオープンキャンパスで、図書館に足を踏み入れた瞬間、見上げるほどの本棚に圧倒された。ここに住みたいと本気で思った。しかも文学部には、小説の創作ゼミまである。
 芹沢は竹内と同じ経済学部で、学科だけ違うみたいだ。
 ――大学まで一緒って……俺ら、仲よすぎでしょ。
 本気でドン引きしていた佐伯を思い出して、ひとりで笑ってしまう。
 陽キャ集団と大学でも一緒なんて、まるで運命みたいだな、と思う。そんなことを言ったら、芹沢にも、みんなにも笑われそうだけど。

「何笑ってんの? 鈴木」
「なんでもない」

 志望校は学力的に少しだけ背伸びが必要なところで、俺はこの一年、めちゃくちゃ勉強するつもりでいる。
 卒業しても、芹沢と、みんなと、この先もずっと一緒にいられる。
 そう思うと、三年生という最後の一年が、怖いくらい幸せな予感で満ちていた。