しあわせになる方法

 同じ日の夜、バイト先であるビリヤード店の店長から「配って来て」と言われたチケットを持て余して、駅裏の路地を歩いていた時、おれの居る少し先から男の声が響いた。
「騙しやがって」
 男から頬を殴られたらしい女子高生が唇を動かす。
「すみませんでした」
 頭を下げる少女を置いて、男は側にとめていた自分のものと思われる車に乗り、その場を後にした。
 女の子を殴るなんて許せない。
 憤りを感じながら、女子高生に「大丈夫ですか」と聞いた瞬間、おれは彼女の容姿に目を奪われた。
 頬へ沿うよう、顎の辺りで不揃いに切られた黒い髪。白い肌に映える長い睫毛に彩られているのは、形の良い瞳。
 彼女が着ているのは、灰色のジーンズと長袖の白いTシャツ。羽織りは黄色のカーディガンで、黒いスニーカーを履いている。
 服に覆われた凹凸の無い体躯は、どこかのモデルかと思う程、整っていた。
「君、すげぇ綺麗だね。さっきの奴、彼氏? 騙したって、二股でも掛けたの?」
 おれの質問に対して、少女は「彼氏は居ません。さっきのは、ナンパして来た人」と俯いたまま、答える。
「奇遇だね。おれも今日、殴られた。彼氏居ないなら、これも何かの縁だし、付き合わない?」
 まぁ断られるだろうと思いつつ、もっと少女を知りたいと思った。
 女子高生は、おれを見ないまま、「どうせ、お兄さんも「騙された」って言うよ」と苦笑した後、涙を流す。
「なんで私は、生まれつき女の子じゃ無かったんだろう……」
 言葉の意味を考えて、おれは「もしかして」と呟く。
「戸籍と心の性別、違うの? おれと同じじゃん」
 少女は顔を上げて、おれを見る。
「分かり合えそうだと思わない? おれ、沢来鴇っていうんだ。名前、教えてよ」
「……城戸(きど)浅黄(あさぎ)」
「浅黄ちゃんか。いい名前だね。おれ、綺麗な子と付き合って、周りの奴らを見返したいんだ。彼女になってよ」
 少し黙ってから、浅黄は、おれから視線を外し「戸籍の性別なんて、どうでもいいです」と、自分の頬を伝った涙を右手の甲で拭いた。
「心が男の人なら、それでいい。でも、見た目でしか人を判断出来ない人は苦手です」
 すぐ、何か言おうと思ったけれど、電車が線路を走行する音が聴こえ始めたので、通り過ぎるまで待つ事にする。
「人間なんて、どうせ見た目しか見てないじゃん」
 電車が行った後、おれが浅黄に向けた言葉に、浅黄は「そうかもしれません」と返した。
「でも、みんな見た目しか見てくれないなら、私は、そういう人になりたくないと思うんです」
 浅黄は、おれに聴こえるように「私は人の事を理解する気の無い人とは一緒に居たくない」と吐露し、歩き始める。
 おれは浅黄の右手をとって、持っていたチケットの内、一枚を浅黄に握らせた。
「すぐそこのビリヤード店で、おれ、バイトしてて。そのチケット持って行ったら、無料でビリヤード出来るから、興味が有ったら来て」
 浅黄は、おれに押し付けられたチケットを少し見た後、何も言わずに行ってしまう。
 人通りは少なく、余ったチケットを配るのを諦めたおれは、ビリヤード店に戻る事にした。