「ヒカリー、……あれ?」
昼休み、ミカゲたちとお弁当を食べ終えてからヒカリのクラスに遊びに行くと、ヒカリの姿はどこにもなかった。
きょろきょろと見回してから、わたしは扉近くにいた子に声をかける。
「えっと、すみません。日代ヒカリさんは……」
「え? 日代さんなら保健室に行くって聞いたけど……」
「保健室……?」
「二時間目終わった中休みくらいに……なんか、具合悪かったみたい」
教えてくれたその子にお礼を告げて、わたしは急いで保健室に向かった。
しかし、そこにいた先生に聞くと、すでにヒカリは帰宅したようだった。
わたしはポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを確認する。ちょうど昼休みに入る時間、ミカゲたちと談笑しながらごはんを食べている頃に、ヒカリからメッセージが届いていた。
『先に帰っちゃった。お昼休みまで待てなくてごめんなさい』
「ヒカリ……」
一言声をかけてくれてもよかったのにと思ったけれど、ヒカリが保健室に向かったのは、二時間目の後の中休みだ。わたしのクラスの前を通って、ガラス越しにミカゲたちといるわたしを見たかもしれない。
だとしたら、どんな気持ちだっただろう。
「ヒカリ……」
メッセージに返信をしても、電話をかけてみても、ヒカリからの応答はなかった。体調が悪いのが本当なら、家で寝ているかもしれないと思い待ってみたけれど、夜になりまた朝を迎えても、ヒカリから返事が来ることはなかった。
「どうして……アプローチが足りなかった? もっと、わたしの気持ちを伝えるべき?」
わたしはあの頃先生にしてもらったように、ヒカリに手を差し伸べたい。安心できる場所を与えたい。わたしがヒカリの居場所になりたい。
いくら拒まれても、無視をされても、諦めさえしなければ、きっといつかわたしのように、気付く時が来るはずだ。
わたしはそんな過去の成功体験を反芻するように、ヒカリにメッセージを送り続けた。
三雲先生のように適当な対応はわたしには出来ないから、気持ちを込めて長文を送ったりもした。既読がつくと、気持ちが届いたのだと嬉しくなった。
続けているうちにたまにスタンプが返ってくるようになって、ヒカリも同じ気持ちに違いないと安心した。
またあの公園でのような幸せな時間を過ごしたくて、わたしは休みの度にヒカリを遊びに誘った。
『ヒカリ、明日は遊べる!?』
『ごめんなさい』
『あ、早速返事くれた! 嬉しい! あのね、別にショッピングとか買い食いとかそういう遊びじゃなくていいの。人目が気になるならまた公園でもいいし、ヒカリのおうちでもいいよ!』
『ごめんなさい。すこし休みたいの。アヤミはたくさん送ってくれるけど、しばらくメッセージも返せないわ』
そんな言葉が届いて、リアルタイムに返事が来る内に遊びの計画を送ろうとした手が止まる。
すこし休みたいと言うけれど、ヒカリはもうずいぶん学校を休んでいる。
昼休みや放課後ヒカリに会いに行くことがなくなった結果、わたしはクラスに滞在する時間が増えた。すると結局断りきれず、ミカゲたちにもめじるしアクセサリーを作るはめになった。一度許してしまうと次々要求されるようになるだろう。考えるだけでゾッとした。
ヒカリがそろそろ帰ってきてくれないと、わたしはまた潰れてしまうかもしれない。そうなったら、困るのはヒカリもだろう。わたしはそう信じて、再びメッセージを送る。
『あのさ、わたしはヒカリのためを思って言ってるんだよ?』
『……私の気持ちは、アヤミにはわからないわ』
「わかるよ! だってわたしも同じように……、あ……」
思わず口をついたその言葉には、覚えがあった。
そしてよみがえるのは、かつて心を閉ざしていた頃、周りのうわべの言葉たちが煩わしかった気持ち。
あの日公園に連れ出せて、一度成功したと思ってしまったから、これで正しいのだと疑わなかった。
けれどわたしは、ヒカリの気持ちがわかると言いながら、当時されて嫌だったことと同じことをしていたのだ。
自分のための願いを、ヒカリのためなんて綺麗事で押し付けて、彼女を余計に苦しめていた。
「あ……わたし、そんなつもりじゃ……」
そのことに気付いた瞬間、これまでの行動を振り返り血の気が引いた。
いくら言葉を尽くしても、いくら必死になっても、それは結局ヒカリのためなんかじゃなく、自分のためだったのだ。
そんなの、これまでわたしを利用してきたやつらと同じではないか。
『ごめん、ヒカリ……わたし、間違ってた。ごめんなさい』
わたしは必死に謝ったけれど、その後メッセージに既読はつかなかった。
連投したくなる気持ちを必死に抑えて、その後はヒカリを追い詰めないように待つことにした。数日経って、ようやくメッセージに既読がついた。けれど、返事はまだない。
「……」
ヒカリが望まないことはしたくない。わたしを遠ざけたいならしかたない。だけど閉じ籠りずっと一人でいると、孤独に苛まれるのはわかっている。
人といると傷付いて疲れるのに、誰かといないと自分の価値が見つけられない。わたしたちは難しい生き物だ。
「……三雲先生みたいに、すこしだけ家を訪ねる、とか?」
わたしはあの頃、彼に救われた。今度はわたしの番だ。
ヒカリの気持ちは、同じ立場だったからわかる。わたしならヒカリを助けられる。傲慢にもそう思っていたけれど、違う人間だから、感じ方も求めてるものもきっと違う。
原因だって、環境だって、同じものはないはずだ。一度立ち止まって考えることで、そんな当たり前のことに気付いた。
彼女には、どんな寄り添い方が正しいんだろう。
そしてヒカリを連れ戻したいのが、本当に彼女のためなのか、自分のためなのか、願いの根底にあるものさえ曖昧だ。
「わたし、は……」
迷いながら、わたしはお揃いのめじるしアクセサリーを手に取って、傘につけて家を出る。
涙のように降り止まない雨の中、わたしはヒカリと遊んだ公園や並んで帰った通学路を辿る。
気付けばヒカリの家の前に着いて、わたしはそっと彼女の部屋の窓を見上げる。部屋の中までは見えない。けれど、あの日作ったお揃いのめじるしアクセサリーが、窓辺に吊るされているのが見えた。
「ヒカリの魔法は……外を見てるの?」
閉じ籠っていた日々、外に出て得たもの、感じたこと、新しい傷、いろんなことを考えながら、一歩一歩自分の足で確かめてから家に帰った。
「……」
そうして頭の中に浮かんだまとまらない答えを紙に書き出しては、紙飛行機にして飛ばした。狭くて暗い部屋の中、くるくる回って落ちる紙飛行機はあの頃のわたしのようで、わたしはその夜、たくさんの紙飛行機に埋もれて眠った。
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