猫と紙飛行機。


 次の日、学校に行くとちょうど教室に向かう階段を上るヒカリの姿を見つけた。約束通り来てくれたのだと嬉しくなって、わたしは階段を駆け上がりながら声をかける。
「おはよ~、ヒカリ!」
「……! おはよう、アヤミ……あ、それ、ハンディファンにつけてきたのね」
 わたしの手元にあるハンディファンに揺れるめじるしアクセサリーを指差して、ヒカリは微笑む。昨日の楽しかった時間を思い出してくれたようだった。
「うん。今日も暑いし大活躍! ヒカリのは?」
「私は、ここに……」
 ヒカリはめじるしアクセサリーをつけたリップクリームをポケットに入れていて、そっと取り出してわたしの前で小さく揺らした。
「えっ、かわいい~! ポケットに幸せの魔法を隠してるみたいだね!」
「……ふふ、そうね。見せびらかすんじゃなくて、私だけの秘密の魔法だわ」
 めじるしの猫を柔らかく手で包む仕草に、ここに来るまでにも、同じようにポケットの中で握り締めていたのだろうと想像した。
 たくさん休んだあとに学校に来る不安も、そのために必要な勇気も、わたしは知っている。
 ヒカリにその勇気を持たせる魔法を与えられたことが、わたしは嬉しかった。ヒカリに助けられるだけでなく、わたしもヒカリを助けられる。そのことが自信に繋がった。同じ立場だったからこそ、わたしにはヒカリの気持ちがわかるのだ。
 何度もメッセージを送ったり、手を差し伸べたことは、やっぱり間違っていなかったのだ。
「じゃあ、昼休みに遊びに行くね!」
「ええ、待ってるわ」
 お互いのめじるしアクセサリーを揺らして、それぞれの教室に入った。
「あ、あやみん、おはー」
「おはよう、ミカゲ、キリ」
「アヤ遅刻ギリじゃん。なんかあった?」
「隣のクラスの友達としゃべってたんだ」
 このクラスでできた友達のミカゲたちに声をかけられつつ、わたしは自分の席に座る。ハンディファンを机に置き、制服に猫の毛がついていないか最終チェックをした。
「えっ、てかそれめちゃ可愛いね! ねこちゃん?」
「あ、ありがと~、昨日作ったんだよね」
「お手製!? あやみん天才かよ」
「へぇ、いいな、今度うちらにも作ってよ」
「……え~?」
 ミカゲたちはいつも通りの笑顔で、悪意なく告げる。
 作る材料費、労力や時間のコスト、作るとも言っていないのに当然のように求めてくる図々しさ、善意の搾取。
 褒められるのは嬉しいけれど、都合よく利用されそうになるとモヤモヤしてしまう。
 嫌われたくなくて断れずに、クラスメイトたちにいいように利用された中学生の頃を思い出して、思わず顔がひきつってしまった。
 宿題の代行、掃除当番の押し付け、みんながしゃべってばかりで進まない係の仕事のまとめ、荷物持ち、そして今みたいな、ハンドメイド作品の催促。
 ひとつひとつは些細なことなのに、断らなかったのはわたしなのに、積み重なった結果、わたしは全てが嫌になってしまった。
 今度こそ、断らないと。同じことの繰り返しになる。しかし返事をする前に予鈴が鳴って、ミカゲたちはそれぞれの席に戻っていった。
「……改めて断るのも変だよな……ミカゲたちが忘れてくれますように」
 なんとかクラスで浮かない程度に友達はできたけれど、やっぱり心を許すことは出来ない。わたしには優しいヒカリだけだと改めて実感した。
「よし、みんな揃ってるね。起立ー、礼ー、着席ー」
 そうしてそれぞれの教室で、わたしたちは今日もそれぞれの時間を過ごした。
 自分にしかわからない苦しみやモヤモヤを抱えながら、自分の立ち位置を模索する日々。
 狭苦しい教室という世界で、溺れてしまいそうに息苦しい時もあるけれど、一度逃げてもまた別の孤独や辛さがあるのは知っている。
「大丈夫……今度こそ、うまくやる。ヒカリのことだって、諦めない」
 正解のわからない中、それでも三雲先生に連れ出されヒカリと出会えたこの学校という世界で過ごす残りわずかな時間を大切にしようと、わたしは机に置いためじるしアクセサリーを指で撫でながら授業に耳を傾けた。