そして中学のクラスメイトがいない、遠くの高校を受験したわたしは、そこで『日代ヒカリ』と出会った。
「……ねえ、葉月さん。制服に猫の毛がついてるわ」
「え!? うそ、気を付けてたつもりだったのに」
「ふふ、いつの間にかついてるわよね。私も猫飼ってるからわかるわ。うちのはベンガルっていう毛の短めな品種だからあんまり目立たないんだけど……」
「えっ、日代さんも!? うちはラグドール!」
たまたま出席番号が近く話すようになり、同じ猫飼いだとわかってからは急速に仲良くなった。
彼女はとても優しくて、よく周りを見ている子だった。他の人が気にもとめないような些細なことに気がついて、そっとフォローしてくれるような子だった。
誰かの悪口を言ったりすることもなく、分け隔てなくみんなに親切な人。
わたしはそんなヒカリにいつも助けられた。元々人に頼るのが苦手で、申し訳なさに謝るわたしに、ヒカリは優しく微笑んでくれる。
その柔らかな笑顔を見る度に、わたしはかつての孤独に感謝したくなった。あの引きこもっていた一年半の苦しい暗闇の期間があったから、こうしてこの高校に進学してきたのだ。
「いつもありがとう、ヒカリ~……ヒカリがいないと、わたし生きてけないかも……」
「ふふ、大袈裟ね。でも、私もアヤミに出会えてよかったわ」
彼女に出会えて心からよかったと、ずっとヒカリと仲良くしていたいと思っていた。
けれども、現実は残酷だ。二年生になってから、わたしたちはクラス替えで離ればなれになってしまったのだ。
それでも昼休みにはヒカリのクラスに会いに行き、放課後は同じ机で家庭科部の裁縫作業をし、休みの日にも遊ぶ約束をしてはヒカリとの時間を作った。
けれどもどうしても同じクラスだった時のようにはいかなくて、わたしとヒカリはそれぞれ別の友達といることも増えてきた。最初は寂しくて仕方なかったものの、人というのは慣れるものだ。
そして、そんな日々が当たり前になり始めた頃。気付けばヒカリは日だまりのような笑顔に影を落とすようになり、かつてのわたしのように暗い顔をする日が増えて、ついには学校を休みがちになってしまった。
「……ヒカリ、今日も休み?」
原因はわからない。それとなく聞いてみても、ヒカリは話してくれなかった。
無理をしているように見えて大丈夫かと尋ねても、大丈夫だと貼り付けたように笑うだけだった。
別のクラスでは、常にそばで見守ることも出来ない。そばにいたとして、自分のことで精一杯のわたしがヒカリの異変に気付けるかはわからないけれど。
なにも知らないままヒカリが離れていってしまうのは、わたしにとって最も嫌なことだった。ヒカリはわたしが勇気を出して飛び出した外の世界で、はじめて出来た大切な存在なのだ。
わたしは寝る前にスマホを開き、ヒカリにメッセージを送る。
『ヒカリ、大丈夫? 風邪でも引いた?』
『ううん。そういうのじゃないから、大丈夫よ。心配しないで。気を遣わせてごめんなさいね』
メッセージアプリでは、いつものように可愛らしい猫のスタンプと共に、そんなわたしへの気遣いの言葉が送られてくる。
今大変なのはヒカリなのに。苦しんでいるのもヒカリなのに。彼女はわたしに心配をかけまいとするのだ。
心配さえもさせてくれないのかと、理不尽に怒ってしまいたくなるのをグッとこらえて、わたしはさらにヒカリにメッセージを送った。
『何かあったら言ってね? わたし、ヒカリのためならなんでもするから!』
『ありがとう。でも、大丈夫よ』
『明日は学校に来れそう?』
『うーん……ちょっとまだわからないわ』
その返答に、わたしはかつての自分を重ねる。引きこもり始めた頃、親に明日は行くかと問われる度に苦しかったのだ。
わたしは少し考えて、三雲先生を真似て本題とは違う雑談をしてみることにした。
『そっかぁ。明日天気悪いし、外出るのもダルいもんね。髪の毛うねるし、靴も濡れちゃうし』
『でもアヤミ、この間新しいめじるしアクセサリーゲットしたって言ってなかった? それを傘につけて行ったら、少しは気分も上がるかもしれないわ』
『それだ~! さすがヒカリ! ねえねえ、ヒカリもおそろいのめじるしつけてさ、一緒に傘さして行こ?』
『……そうね、おそろいのを買えたら、考えるわ』
『ほんと? やった! どんなのがいいかな~』
結局大事なことはなにも聞けないまま、それでも話し相手をしてくれるのが嬉しくて、わたしはヒカリにメッセージを送り続けた。
鬱陶しいかもしれないけれど、わたしだって先生のことを最初はそう感じていた。
ヒカリは既読無視をしたりすることなく、きちんと返事をくれる。それだけで、まだヒカリと繋がれているのだと安心できた。
「……結局今日も休み、かぁ」
それでも次の日もやっぱりヒカリは学校には来なくて、今月休んだ日はもう七日以上になる。
わたしはめげずに、ヒカリに毎日メッセージを送り続けた。
もしかしたらいい加減うざがられるかもしれないけれど、あの頃のわたしのように、諦めなければいつかきっと届くのだと信じていた。
『ねえねえ、ヒカリ! 明日日曜日だし、青空公園に行かない?』
『青空公園? ……って、うちの近くの?』
『うん! いいお天気みたいだし。町で買い物でもいいんだけど、なんとなく周りの目気になるかな~って。だから、公園で一緒にめじるしアクセサリー作ろ?』
わたしも引きこもっていた頃、外に出るのが嫌だった。億劫だとか、何かあるから出たくないというよりも、買い物程度だとしても、万が一クラスメイトや知り合いに見られて『学校には行かないくせに遊んでいる』と思われるのが怖かったのだ。
「ヒカリもきっと、外に出るのが嫌だよね……でも、一歩でも出られたら、外が楽しいってまた思えたら、学校にも行きやすくなるはず……。外の全部が嫌な訳じゃないはずだもん」
近所にある子供向けの遊具の多い公園ならば、高校生はあまりいないはずだ。わたしはヒカリに人目を気にせず遊べるプランを提案した。
最初は渋っていたヒカリも、わたしの熱意に圧されたように、最後には受け入れてくれた。
『……ええ、そうね。それなら、いいかもしれないわ』
『やった~! それじゃあ、材料はわたしが持っていくから、十時に待ち合わせね』
『わかったわ』
「ふふ、楽しみだなぁ」
約束のメッセージを何度も読み返して、わたしは楽しみな気持ちで眠りについた。



