ある春の日、私は天使を墜落させた。
体育館の扉が開いていて、校門のそばの満開の桜がよく見えた。
「ねぇ見て、綺麗だよ」
おびき寄せられた彼女はステージを降りて、私の隣に立ち並んだ。その背中を両手で勢いよく押した。
天使なら飛んでみろよと思った。だけど彼女はあっけなく転げ落ちた。天使、とは彼女の取り巻きたちが勝手にそう呼んでいるだけで自称しているのを聞いたことはないけれど。
それに墜落させたといっても、たったの三段しかない小さな階段の上からだ。両手を擦りむいて、スカートは土まみれ。それでも彼女は泣くでも怒るでもなくて、ただきょとんと私を見上げた。
「いたた……」
本当に害される覚えがないから、私の悪意にも気づかない。そういうところが余計に癪に障った。
怪我をして卒業式のピアノの伴奏ができなくなればいいと思って、突き飛ばした。そうすれば私が代わりに伴奏を務められると思ったから。顔が可愛いというだけでその役割を横取りされたのがずっと気に食わなかった。
────大人になった今思い返せば、私の方がずっと下手だったというだけの話だ。
それでも当時は子どもなりに、悔しかった。悔しさの挙句にやることが暴力という時点で、彼女に負けている。
「えへへ、ぶつかっちゃった。ごめんね、茉央ちゃん」
春めいた水色の空の下、無垢な微笑みを浮かべた天使はあろうことか私に謝ってみせた。こんな意地悪をされた、と糾弾されて学校中から干された方がまだマシだった。
暖かい風が彼女の柔らかな髪を揺らす。世界が彼女の味方をしてるみたいだ。
私は心底、彼女のことが嫌いだった。
