今朝は、なんだか騒がしかった。

教室中のあちこちから、莉子ちゃんの名前が聞こえてくる。いつもはいるはずの莉子ちゃんの席が空いていて、途端に不安に襲われた。

もしかして、とは思いつつ、香織に近付いて話しかける。

「香織、なにかあったの?」

「……知らないの?莉子のこと」

知らないわけがない。きっとあの動画のことだ、と思い当たる。

『ミナト、イルミネーション綺麗だったね♪』

冬休み、そんな文言とともに投稿された、プライベートのミナトを撮影した動画。またたく間に批判が殺到して、コメント欄は誹謗中傷でいっぱいだった。

私も驚いたし、批判されるようなことだと思うけれど、SNS上には莉子ちゃんの本名や年齢、学校なんかも晒されていて、さすがにやりすぎなんじゃないかと思う。

「莉子ちゃん、来てないね」

空いた席を眺めながら、小さく呟く。莉子ちゃんの席の周りだけ、ひとがいなくなっていた。

「まあ、自業自得でしょ」

香織が、ふん、と鼻で笑った。だけど、すごく怒っているようで、席を眺める目は冷ややかだった。

ふいに、香織がこちらを振り返る。

「小春も可哀想にね」

「……可哀想?」

どういうことだろう。炎上してしまったのは莉子ちゃんで、私には関係のないことだ。

なんのことだか分からなくて首を捻っていると、香織が不機嫌そうに口を開いた。

「ミナトのことだよ。莉子のせいで、Re:mixまで荒れたんだから」

「ああ、そのこと」

「なにそれ。小春はなんとも思ってないの?」

そんなことはない。でも、どちらかといえば莉子ちゃんが悪者にされていて、ミナトやRe:mixは被害者として扱われていたはずだ。

ミナトは、莉子ちゃんに粘着された気の毒な活動者。ネットでは、その意見が大半だった。

「そんなことないけど……Re:mixってそんなに批判されてたっけ」

「されてたじゃん。レンまで『メンバーのこと守れてない』とか『リーダー失格』とか言われたんだから!」

「でも、それって一部だけでしょ?擁護してるひとの方が多かったと思うけど」

「一部でもいることには変わりないでしょ。あいつら、レンのこと何も知らないくせに。……ああっ、ほんとうざい!」

香織が髪をかき乱して叫んだ。こんなに苛立っている香織を見るのは初めてだった。

「莉子なんて、叩かれて当然なんだよ。小春もそう思うでしょ?」

「まあ、莉子ちゃんも悪いことはしたよね」

「だよね。マジ、莉子って最低」

香織は、低く呻くような声で吐き捨てた。だけど、口角は少しだけ上がっている。

「そうだよね、ひどいよね」

口ではそう言いながら、全然違うことを考えていた。

——私は、莉子ちゃんが羨ましい。

確かに、莉子ちゃんは一線を越えてしまった。

でも。

心の泡が、小さく膨らんで弾けた。

莉子ちゃんはミナトに会えたんだよね?だから、あんな投稿ができたんだよね?

そう思うのに、香織の批判は止まらない。

「ちょっと可愛いからって、あんなに調子にのっちゃって。顔で数字が取れるだけなのに、ミナトと同等だって思い込んじゃったんでしょ」

だけど、莉子ちゃんは、ファンでもミナトに会えるんだって、教えてくれたひとだから。

だから、そんなに、莉子ちゃんを悪く言わないで。

しかし、私の思いも虚しく、香織は冷酷に言い放った。

「莉子なんて、顔以外に良いところもないくせに」

でも

でもでも

……可愛かったから、ミナトに会えたんだよね?

私も莉子ちゃんみたいに可愛ければ、ミナトに見てもらえるのかな。莉子ちゃんみたいに可愛ければ、ミナトと話せるのかな。

ぐちゃぐちゃになった感情が、心から溢れ出してくる。

「……でもさ、莉子ちゃんって、最高だよね」

「えっ?」

「考えてみてよ。莉子ちゃんって、可愛いからミナトに会えたんでしょ?」

「……そ、そうだけど」

「なら、私も可愛かったらミナトに会えると思わない?」

「どうしたの、小春。何言ってるの……?」

香織が眉を寄せた。私の言っていることが、心底理解できないらしい。

香織は納得いかなそうな表情をしているけど、そんなことはどうだっていい。

私も、可愛くなれたら。

莉子ちゃんみたいに可愛くして、ミナトに見つけてもらおう。そしたら、きっとミナトとお話できるから。

顔が良ければいいんだって、莉子ちゃんが教えてくれたから。私も、同じように。

ああ——やっぱり、可愛いって、正義だ。

スマートフォンを取り出すと、真っ暗な画面の中の私と目が合った。