私は、ミナトに会うたびにこっそり撮影をすることにした。
次にミナトと会ったのは、少し前にSNSで話題になったカフェだ。今は流行りも落ち着いたようで、店内は意外と空いていた。綺麗に飾られたケーキの隣にミナトのぬいぐるみを近づけて、奥にミナトのケーキも映るようにシャッターを切った。『緊張しちゃった汗』という文と共に投稿すると、案の定彼氏の存在を問うコメントが多く寄せられた。
やっぱり、匂わせは数字になるみたいだ。映画館では私とミナトの飲み物を、水族館ではミナトがくれたイルカのキーホルダーに指ハートをして撮影した。男性が側にいると感じられる投稿をするたび、いいねもコメントもたくさん付いた。それと同時に、ミナトと会えることへの高揚もいつしか無くなっていた。
しばらくすると、みんな見飽きてしまったのか、数字の伸びが悪くなってきた。もっと大胆にしなくちゃ、とものを撮影するのはやめて、ミナト本人を写すことにした。
匂わせを初めて数ヶ月、だんだんと「相手はミナトじゃないか」という憶測が広がり始めていた。相手がミナトほどの有名歌い手であれば、もちろん私のことは気になるはず。でも、私がミナトだと認めなければただのリスナーには分からない。憶測が広がって数字が増えていくのが、すごく気持ちがよかった。
今日もTikTokの数字とにらめっこしていると、画面の上から通知が現れた。どうやらミナトのDMらしい。今まで匂わせのことには触れてこなかったけれど、もしかして。心臓がどきんと大きく跳ねた。
『リコ、今ちょっといいかな』
いつもは『いま大丈夫?』から始まるミナトのメッセージ。なんだか冷たい文面で、背中に冷えたものが伝うのを感じた。
『うん。どうしたの?』
ミナトからの返信が、気が気でなかった。もし会えなくなってしまったらどうしたらいいんだろう。
『匂わせの相手って俺だよね?最近激しくなってきてるし、荒れると困るかも』
『ごめん。でも、まだミナトだってバレてないみたいだし大丈夫じゃない?』
『まあそうだけど、とにかく次からは気をつけてほしい。リコだって会えなくなったら困るでしょ?』
確かに、ミナトに会えなくなったら数字を取る方法が減ってしまう。結局しぶしぶ了承することにした。
『わかった。気をつけるから、来週も会いたい』
来週からは冬休みに入る。ミナトとイルミネーションが見たくて、どうしてもとお願いした。幸い、これ以上は匂わせについては咎められず、出かける約束をしてくれた。
雑談をしているうちにも、いいねやコメントの通知は鳴り止まない。気がついたら、頭の中は再び数字でいっぱいになっていた。
◆
冬休みに入って二日、私は駅の近くでミナトを探していた。あたりはとっくに暗くなっていて、顔にあたる風が冷たい。見当たらなくてしばらく辺りを見渡していると、こちらに手を振る人影が見えた。
「リコ、こっちこっち」
ミナトだと気がついて、私も手を振り返す。こちらに駆け寄ってきたミナトは、濃い茶色のコートに、黒のマフラーを身につけていた。ミナトの落ち着いた雰囲気とあっていて、すごくかっこいい。
「ミナト、待たせちゃった?」
「ううん、俺もさっき来たとこ。今日はクリスマスツリーが見に行くんだったよね」
クリスマスツリー、というのは、駅の側にある公園にあるイルミネーションで飾られたもみの木のことで、毎年この時期になると公園中が綺麗に飾られて、訪れるカップルが増える人気のデートスポットなのだ。私とミナトはまだファンと活動者でしかないけれど、男女のお出かけ先としてはぴったりだろう。何より、イルミネーションを眺めるミナトを見てみたかった。
「うん、超楽しみ!」
私が歩き出すと、ミナトも私の横について歩き出した。
建ち並んだ店からは、陽気なクリスマスソングが流れてきて、街中が浮かれた気分に包まれているようだ。
道の端に植えられた街路樹が青い光で彩られていて、なんだか別の世界にきてしまったのかと思うほど美しい。
「めっちゃ綺麗だね。俺イルミネーションとかあんまり見たことなかったけど、こんなにすごかったんだ」
ミナトの方が綺麗だよ、とは気恥ずかしくて言えないから、「そうだよ」と頷いた。
「イルミネーションすごいでしょ?教えた私に感謝してほしいなあ」
「あははっ、ありがとう!いい思い出になりそう」
「それはツリー見てから言ってよ。多分、もっと綺麗だから」
「それは楽しみだな」
くすくすと笑い声を上げるミナト。彼の笑顔を見ていると、私まで顔が緩んでしまう。
しばらく歩いていると、公園にたどり着いた。道沿いに植えられたすべての木が色とりどりに輝いていて、ところどころにサンタやトナカイのイルミネーションが飾られている。
テンションが上がってきて、思わず駆け出してしまった。
「ミナト!こっち来て、めっちゃ綺麗だよ!」
「そんなに焦らなくて大丈夫だって。ツリーは逃げていかないよ」
「ごめんごめん。ツリーが早く見たくなっちゃって」
ミナトの元に戻りながら、辺りをぐるりと見渡す。
視界いっぱいに広がるイルミネーションは本当に美しかった。木の根元に置かれた雪だるまの装飾を見てはしゃぐ男の子に、ライトで飾られた木を見上げて微笑み合うカップル。どこもかしこもクリスマスに浮かれているようで、やっぱり私の興奮はおさまらなかった。
スマホを取り出して、イルミネーションを撮影した。本当はミナトを撮りたかったけれど、前のDMを思い出してカメラアプリを閉じた。
公園の奥に進んでいくと、少し開けた広場に出た。広場の真ん中には、大きなもみの木のクリスマスツリーが鎮座していた。近くに寄ってみると、小さなライトだけではなく、プレゼントや靴下の形の装飾が吊り下げられているのが見えた。
ミナトの近くに寄って、彼を見上げる。
「ほら、めっちゃ綺麗でしょ」
「そうだね、リコの言った通りだ」
ふわりと細めた瞳が、ツリーの光を集めてきらきらと輝いていた。
このミナトが、撮影できたらいいのに。
ふと、どうしてもミナトをカメラに収めたくなってしまった。
ダメなことはわかっているけれど、後ろからこっそり取る分には大丈夫だよね。それに、こんなに美しいミナトを投稿すれば、きっとみんな見てくれるはず。
数字。
そのことが頭に浮かんだ瞬間、私は反射的にスマホを取り出していた。カメラアプリを起動して、録画モードに切り替えて開始ボタンを押す。ツリーを見上げて歩くミナトに、後ろからこっそり近づいた。
一歩、また一歩、ミナトとの距離が縮まっていく。
録画を停止しようとしたところで、ミナトがこっちを振り返った。
「リコー!ほら、これ——」
ミナトが、ぴたりと動きを止めた。ああ、バレちゃった。ミナトの表情が、みるみるうちに強張っていく。
「リコ、待って、何やってるの?」
すぐに撮影を止めたけど、眉間に皺を作ったミナトが私に詰め寄ってきた。
「まさか、また俺を撮ったの?」
何よ。ちょっとぐらい、いいじゃない。でも、そんなことを言えばミナトをもっと怒らせてしまいそうだから、仕方なく「ごめん」と言った。
「撮らないでほしい、って言ったよね。とにかく、さっきの動画は消して——」
「いやだ!」
気がついたら、そんな言葉が口から飛び出していた。だって、消しちゃったら投稿できるネタがなくなっちゃうじゃない。
「ちょ、ちょっとだけだし大丈夫でしょ?そんなに怒らなくても……」
スマホをぎゅっと握りしめると、ミナトは大きくため息をついた。
「今までは、俺もリコの動画が嬉しくて、尊敬してたんだ。だから撮られても許してたんだ」
「じゃあ、今日だって撮ってもいいんじゃないの?」
このままでは、ミナトに離れられてしまいそうだ。しかし、彼に私の言葉は響かないようで、足元に視線を落として呟いた。
「……もう限界なんだ。動画はどうとでもしてくれ」
低い声で吐き捨てて、私に背を向けてしまった。小さくなっていく背中に、思わず叫んだ。
「ミナト、待ってよ!まだツリー見ようよ!」
ミナトは、私が腕を掴もうとしたのを振り払って冷たく言った。
「帰るから。連絡はしてこないで」
そんな。連絡しちゃだめなんて。そうなったら、もう会えなくなっちゃうじゃん。
引き留めたかったけれど、すぐにミナトは人混みに紛れて見えなくなってしまった。
……どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私は、ミナトともう話せなくなっちゃうの?せっかく認知されるように頑張ったのに、全部無駄になっちゃうの?
ううん。
胸元のスマホの電源ボタンを押し込むと、写真ホルダーにさっき撮影した動画が残っていた。
そうだよ。私には、これがあるじゃない。これを投稿してバズれば、きっとミナトはまた私と会ってくれる。気がつけば、TikTokを開いていた。
プラスボタンをタップし、投稿の準備を進めていく。
コメントは……これにしよう。
『ミナト、イルミネーション綺麗だったね♪』
そんな文字を打ち込んで、動画のアップロードが完了した。
次にミナトと会ったのは、少し前にSNSで話題になったカフェだ。今は流行りも落ち着いたようで、店内は意外と空いていた。綺麗に飾られたケーキの隣にミナトのぬいぐるみを近づけて、奥にミナトのケーキも映るようにシャッターを切った。『緊張しちゃった汗』という文と共に投稿すると、案の定彼氏の存在を問うコメントが多く寄せられた。
やっぱり、匂わせは数字になるみたいだ。映画館では私とミナトの飲み物を、水族館ではミナトがくれたイルカのキーホルダーに指ハートをして撮影した。男性が側にいると感じられる投稿をするたび、いいねもコメントもたくさん付いた。それと同時に、ミナトと会えることへの高揚もいつしか無くなっていた。
しばらくすると、みんな見飽きてしまったのか、数字の伸びが悪くなってきた。もっと大胆にしなくちゃ、とものを撮影するのはやめて、ミナト本人を写すことにした。
匂わせを初めて数ヶ月、だんだんと「相手はミナトじゃないか」という憶測が広がり始めていた。相手がミナトほどの有名歌い手であれば、もちろん私のことは気になるはず。でも、私がミナトだと認めなければただのリスナーには分からない。憶測が広がって数字が増えていくのが、すごく気持ちがよかった。
今日もTikTokの数字とにらめっこしていると、画面の上から通知が現れた。どうやらミナトのDMらしい。今まで匂わせのことには触れてこなかったけれど、もしかして。心臓がどきんと大きく跳ねた。
『リコ、今ちょっといいかな』
いつもは『いま大丈夫?』から始まるミナトのメッセージ。なんだか冷たい文面で、背中に冷えたものが伝うのを感じた。
『うん。どうしたの?』
ミナトからの返信が、気が気でなかった。もし会えなくなってしまったらどうしたらいいんだろう。
『匂わせの相手って俺だよね?最近激しくなってきてるし、荒れると困るかも』
『ごめん。でも、まだミナトだってバレてないみたいだし大丈夫じゃない?』
『まあそうだけど、とにかく次からは気をつけてほしい。リコだって会えなくなったら困るでしょ?』
確かに、ミナトに会えなくなったら数字を取る方法が減ってしまう。結局しぶしぶ了承することにした。
『わかった。気をつけるから、来週も会いたい』
来週からは冬休みに入る。ミナトとイルミネーションが見たくて、どうしてもとお願いした。幸い、これ以上は匂わせについては咎められず、出かける約束をしてくれた。
雑談をしているうちにも、いいねやコメントの通知は鳴り止まない。気がついたら、頭の中は再び数字でいっぱいになっていた。
◆
冬休みに入って二日、私は駅の近くでミナトを探していた。あたりはとっくに暗くなっていて、顔にあたる風が冷たい。見当たらなくてしばらく辺りを見渡していると、こちらに手を振る人影が見えた。
「リコ、こっちこっち」
ミナトだと気がついて、私も手を振り返す。こちらに駆け寄ってきたミナトは、濃い茶色のコートに、黒のマフラーを身につけていた。ミナトの落ち着いた雰囲気とあっていて、すごくかっこいい。
「ミナト、待たせちゃった?」
「ううん、俺もさっき来たとこ。今日はクリスマスツリーが見に行くんだったよね」
クリスマスツリー、というのは、駅の側にある公園にあるイルミネーションで飾られたもみの木のことで、毎年この時期になると公園中が綺麗に飾られて、訪れるカップルが増える人気のデートスポットなのだ。私とミナトはまだファンと活動者でしかないけれど、男女のお出かけ先としてはぴったりだろう。何より、イルミネーションを眺めるミナトを見てみたかった。
「うん、超楽しみ!」
私が歩き出すと、ミナトも私の横について歩き出した。
建ち並んだ店からは、陽気なクリスマスソングが流れてきて、街中が浮かれた気分に包まれているようだ。
道の端に植えられた街路樹が青い光で彩られていて、なんだか別の世界にきてしまったのかと思うほど美しい。
「めっちゃ綺麗だね。俺イルミネーションとかあんまり見たことなかったけど、こんなにすごかったんだ」
ミナトの方が綺麗だよ、とは気恥ずかしくて言えないから、「そうだよ」と頷いた。
「イルミネーションすごいでしょ?教えた私に感謝してほしいなあ」
「あははっ、ありがとう!いい思い出になりそう」
「それはツリー見てから言ってよ。多分、もっと綺麗だから」
「それは楽しみだな」
くすくすと笑い声を上げるミナト。彼の笑顔を見ていると、私まで顔が緩んでしまう。
しばらく歩いていると、公園にたどり着いた。道沿いに植えられたすべての木が色とりどりに輝いていて、ところどころにサンタやトナカイのイルミネーションが飾られている。
テンションが上がってきて、思わず駆け出してしまった。
「ミナト!こっち来て、めっちゃ綺麗だよ!」
「そんなに焦らなくて大丈夫だって。ツリーは逃げていかないよ」
「ごめんごめん。ツリーが早く見たくなっちゃって」
ミナトの元に戻りながら、辺りをぐるりと見渡す。
視界いっぱいに広がるイルミネーションは本当に美しかった。木の根元に置かれた雪だるまの装飾を見てはしゃぐ男の子に、ライトで飾られた木を見上げて微笑み合うカップル。どこもかしこもクリスマスに浮かれているようで、やっぱり私の興奮はおさまらなかった。
スマホを取り出して、イルミネーションを撮影した。本当はミナトを撮りたかったけれど、前のDMを思い出してカメラアプリを閉じた。
公園の奥に進んでいくと、少し開けた広場に出た。広場の真ん中には、大きなもみの木のクリスマスツリーが鎮座していた。近くに寄ってみると、小さなライトだけではなく、プレゼントや靴下の形の装飾が吊り下げられているのが見えた。
ミナトの近くに寄って、彼を見上げる。
「ほら、めっちゃ綺麗でしょ」
「そうだね、リコの言った通りだ」
ふわりと細めた瞳が、ツリーの光を集めてきらきらと輝いていた。
このミナトが、撮影できたらいいのに。
ふと、どうしてもミナトをカメラに収めたくなってしまった。
ダメなことはわかっているけれど、後ろからこっそり取る分には大丈夫だよね。それに、こんなに美しいミナトを投稿すれば、きっとみんな見てくれるはず。
数字。
そのことが頭に浮かんだ瞬間、私は反射的にスマホを取り出していた。カメラアプリを起動して、録画モードに切り替えて開始ボタンを押す。ツリーを見上げて歩くミナトに、後ろからこっそり近づいた。
一歩、また一歩、ミナトとの距離が縮まっていく。
録画を停止しようとしたところで、ミナトがこっちを振り返った。
「リコー!ほら、これ——」
ミナトが、ぴたりと動きを止めた。ああ、バレちゃった。ミナトの表情が、みるみるうちに強張っていく。
「リコ、待って、何やってるの?」
すぐに撮影を止めたけど、眉間に皺を作ったミナトが私に詰め寄ってきた。
「まさか、また俺を撮ったの?」
何よ。ちょっとぐらい、いいじゃない。でも、そんなことを言えばミナトをもっと怒らせてしまいそうだから、仕方なく「ごめん」と言った。
「撮らないでほしい、って言ったよね。とにかく、さっきの動画は消して——」
「いやだ!」
気がついたら、そんな言葉が口から飛び出していた。だって、消しちゃったら投稿できるネタがなくなっちゃうじゃない。
「ちょ、ちょっとだけだし大丈夫でしょ?そんなに怒らなくても……」
スマホをぎゅっと握りしめると、ミナトは大きくため息をついた。
「今までは、俺もリコの動画が嬉しくて、尊敬してたんだ。だから撮られても許してたんだ」
「じゃあ、今日だって撮ってもいいんじゃないの?」
このままでは、ミナトに離れられてしまいそうだ。しかし、彼に私の言葉は響かないようで、足元に視線を落として呟いた。
「……もう限界なんだ。動画はどうとでもしてくれ」
低い声で吐き捨てて、私に背を向けてしまった。小さくなっていく背中に、思わず叫んだ。
「ミナト、待ってよ!まだツリー見ようよ!」
ミナトは、私が腕を掴もうとしたのを振り払って冷たく言った。
「帰るから。連絡はしてこないで」
そんな。連絡しちゃだめなんて。そうなったら、もう会えなくなっちゃうじゃん。
引き留めたかったけれど、すぐにミナトは人混みに紛れて見えなくなってしまった。
……どうしよう、どうしよう、どうしよう。
私は、ミナトともう話せなくなっちゃうの?せっかく認知されるように頑張ったのに、全部無駄になっちゃうの?
ううん。
胸元のスマホの電源ボタンを押し込むと、写真ホルダーにさっき撮影した動画が残っていた。
そうだよ。私には、これがあるじゃない。これを投稿してバズれば、きっとミナトはまた私と会ってくれる。気がつけば、TikTokを開いていた。
プラスボタンをタップし、投稿の準備を進めていく。
コメントは……これにしよう。
『ミナト、イルミネーション綺麗だったね♪』
そんな文字を打ち込んで、動画のアップロードが完了した。
