推しが世界のすべてだと思ったのは、いつだっただろうか。

ミナトを知ったあの日、彼は私の心を掴んで離さなかった。

美しい顔から出る、美しい声。それを私に教えてくれたのは、彼女だった。

高校二年生の始業式の日まで遡る。

クラスの大半が知らない人ばかりで、新しく友人関係を築くしかなかった私は、とりあえず後ろの席の女の子に話しかけた。

肩くらいまでの猫っ毛で、顔もこれといった特徴のない、素朴な子。ただ、席が近ければなにかと便利だろうから、この子に決めたのだ。

「はじめまして」

驚かせてしまったのか、彼女は少し肩を震わせてから、ぺこりと頭を下げる。

「は、はじめまして……」

見た目通りの、物腰柔らかそうな子だった。名前を尋ねると、『小春』だと返ってきた。

そこからは出身中学や部活など、テンプレートの会話を数ターン繰り返して、すぐに話すことが尽きてしまった。このまま終わるのも気まずいので、何かないかと考えてみる。

ふと、彼女の机の上の筆箱が目についた。黒地の布の表面はいくつかの缶バッジで飾られていて、そこには男性のイラストが書かれていた。ファスナーの開け口にも、同じ男性らしきキャラクターのキーホルダーが取り付けられている。

ぱっと見知らない人だけど、もしかしたらこれで話ができるかもしれない。

「これ、なんてキャラクターなの?」

首を傾げると、小春はキーホルダーの顔をこちらに見せてくれた。微笑んでいるから、悪い話題ではないらしい。

「これ、『ミナト』っていう歌い手さんなんだけど……」

「ウタイテ?」

聞き馴染みのない言葉に、つい訊き返してしまう。彼女は少し考える素振りをしてから答えてくれた。

「歌い手っていうのは、SNSで歌のカバーをしてる活動者のことで、最近はオリジナル曲も出す人も多くて」

そうだなあ、と彼女は続ける。

「それと、グループで活動する人もいて……」

「それって、インターネット版のアイドルみたいだね」

「そう、まさにそんな感じ!」

てっきりアニメか漫画のキャラクターだと思っていたから、なんだか想像がつかない。すごいねえ、と曖昧な相槌を打つと、彼女はスマホを取り出して、ためらいがちに画面を向けてきた。

「……よかったら、莉子ちゃんも見てみる?」

画面には、動画アプリのとあるチャンネルが開かれていた。『Re:mix』というロゴのアイコンで、ヘッダーには五人のイラストが横に並んでいる。

正直あまり興味は無かったけれど、社交辞令的に頷いた。

「うん、見てみようかな」

「やった!Re:mixって調べれば出てくると思うから……」

そこでホームルームが始まってしまったので、家に帰ってから確認することにした。

晩御飯を食べたあと、ふと今日のことを思い出す。明日の話題のためにと思って、スマホを手に取った。

動画アプリを開いて、小春に言われたとおりに検索欄に入力すると、いちばん上にチャンネルが表示された。とりあえず、初投稿の動画をタップしてみる。

短い広告を挟んだあと、アイドルっぽい衣装に身を包んだ五人の立ち絵が並んだ。

『みなさん初めまして!Re:mixでーす!』

軽く挨拶をすると個人の動画に切り替わり、それぞれのソロ歌唱付きで自己紹介が始まった。

『リーダーで赤色担当のレンです!これから全力で頑張るので、応援お願いします!』

最初に出てきたのは、いかにもリーダーらしい、熱血系の男性だった。

今人気のアイドル曲が流れてきて、はつらつとした様子で歌い始める。

元気いっぱいだなあ、と眺めていると、画面はすぐに次のメンバーに切り替わった。

『青色担当、ミナトです。みなさんに俺の歌が届くよう、精一杯頑張ります』

次は、低めの声の男性だった。

見覚えのあるイラストに、この人が小春の推しか、と気がつく。

さっきまで賑やかだった画面が、急に静かになった気がする。

メンバーカラーもあってか、クールそうな人だ、と思った。

流れてきたのは、しっとりした失恋ソング。

数秒のイントロ後に聞こえてきた歌声は、雰囲気よりずっと優しくて——。

サビの高音は耳にすうっと溶けて、逆に低音のところは柔らかく包んでくれるようで。鳥肌が立つ感覚がして、長袖の上から思わず腕をさする。

地声の印象をひっくり返すような、今にも泣き出しそうで、儚い声。

まだ聞いていたかったけれど、一番を歌い上げたところで、次のメンバーに移ってしまった。

すぐに、画面は青の入る隙がないほど紫で埋め尽くされる。

『どうも、紫担当の紫苑(しおん)です。これから僕の歌をたくさん聴いてくれると嬉しいな』

ゆったりした話し方の、色気を感じる優しげなお兄さんが登場した。

意外にも、印象とは真逆のアップテンポなボカロ曲が聞こえてくる。

しばらく甘い歌声に身を委ねていると、いつの間にか彼のパートは終わっていた。

『こんにちは〜!桃色担当、ももたで〜す!いっぱい頑張るので、いっぱい応援お願いします!』

明るく登場したのは、可愛らしさ全開の女の子だった。……と思ったけれど、どうやら男の子らしい。

絵がなくても表情が思い浮かんできそうなほど、テンションが高い。

軽やかな旋律で始まったのは、最近流行っているアニソンだ。歌声を聴いていると、なんだか元気が出そうになる。

終始明るく歌い上げて、最後のメンバーに移り変わった。

『黒担当の黒瀬です。これから応援よろしくね』

メンバーカラーに合った、寡黙だけれど、落ち着いた雰囲気のある男性だった。

有名な洋楽が流れてきて、難しいラップパートも自分のもののように歌いこなす。

彼が歌い終わったところで、五人のメンバー紹介は終了した。

エンディングが流れたあとも、ミナトのことが頭から離れなかった。歌で鳥肌が立ったのなんて、初めてのことだ。もう一度彼の声が聴きたくなって、個人チャンネルを開いた。

なんの歌を聴こうかと考えていると、ひとつ、珍しいサムネイルを見つけた。オリジナル曲の実写MVらしく、物憂げな表情のミナトが大きく映っている。顔出しの歌い手なんて珍しいと思ったけれど、かっこいいなら問題ないのだろうか。長い睫毛の伏せがちな目と、まっすぐ整った鼻と、笑みをうかべた薄い唇。イケメンって、こういう人のためにあるんだ、と思った。

いつの間にか、吸い寄せられるように動画を再生していた。ゆったりしたテンポの、優しいメロディーの曲が流れてきた。

柔らかな歌声は、私を溶かしていくように紡がれる。曲がラスラビに入る頃には、彼しか見えなくなったていた。

『キミの笑顔が見たいんだ』

こちらに手を伸ばし、ふんわりと微笑む姿は、まるで王子さまみたいで。そこに綺麗な歌声が乗って、この世界のものとは思えないくらい、美しかった。『笑顔が見たい』という歌詞とは反対に泣いてしまいそうだった。

——こんなにも、好きだと思えるなんて。

私に、恋とも憧れとも呼べない人ができた瞬間だった。

この想いを、誰かと共有できたらいいのに。

SNSを始めたのは、それから翌月のことだったと思う。

毎日ミナトやRe:mixの動画を見漁った私は、そろそろ彼についても詳しくなってきたと思ったのだ。グッズも集めだしたし、そろそろファンとの交流があってもいいだろう。ショート動画アプリに、『リコ』という名前でアカウントを作った。

始めに投稿したのは、ミナトのグッズをたくさん飾った、いわゆる祭壇と呼ばれるものだった。動画こそ伸びなかったけれど、同じファンからのコメントが数件届いた。祭壇を褒めてくれたのも、ミナトファンがいたのもすごく嬉しくて、もらったコメントすべてに返信していた。

次は、Re:mixのコラボカフェに行ったときの投稿だ。ミナトのご飯と一緒に、ぬいぐるみと撮影する。これもひとつ前の動画と同じくらいのコメント数だったけど、初めてフォローしてくれる人が現れた。思わずフォローバックをしてしまうほど、驚きと嬉しさでいっぱいになった。とにかく、こんな私でも好きになってもらえるのが、幸せなことだったのだ。

それからも、ミナトのグッズが出たり、コラボカフェがあったりする度に動画の投稿を続け、少しずつ頻度も上がっていった。それと一緒にコメントやフォロワーも増えて行って、気がつけばSNS活動を趣味にするようになっていた。

初めてバズを体験したのは、SNSを初めてニヶ月経った頃のことだった。

これまではミナトのグッズを投稿することが多かったけれど、それだけでは私の「もっと動画を撮りたい」という欲は満たせない。新しい動画を模索していたところで、同担が『踊ってみた』を投稿していたのを見かけたのだ。なにより、可愛い服に身を包み、カメラの前で踊る姿は華があった。これなら、新しい動画が撮れそうだ。クローゼットから青色の服を引っ張り出して、早速撮影することにした。

ただ、踊りを覚えるのも、カメラの角度も、苦戦してかなり時間がかかってしまった。だけど、それなりにいいものはできた気がする。

動画は、思った通りの伸びで——いや、思った以上に伸びて、再生回数が百万を突破したのだ。コメントもフォロワーも一気に増えて、通知が鳴り止まない。身体が不思議と熱くなって、スマートフォンを弄る指先が小さく震えていた。

どうしてこんなに、とコメントを開いてみる。

『リコちゃん、こんなに可愛かったんだ!』

『すっごく可愛いし、踊るのも上手!』

『メイクの仕方教えてくれませんか?』

『可愛いからもっと踊ってみたして!』

付いたのは、見た目についてのコメントばかり。そうか、とあることに気が付いた。

そうか、可愛いと、こんなにひとが集まるのか。

なら、もっと私が映った動画を出して、たくさんのひとに見てもらおう。

何度か、私が映った動画とそうでない動画を投稿してみると、やっぱり私が映っているときの方が伸びていることが分かった。

——そうか。私は、顔がいいんだ。

みんな、私が可愛いから、こんなに見てくれるんだ。動画をまじまじ見つめると、確かに私は、そこら辺のファンより整った顔をしていた。なら、この可愛さを利用しない手はない。

それからは、グッズやコラボカフェの動画も、すべて私が入るようにした。もちろん伸び悩むこともあったけど、百万再生を突破するものも増え、いつしかフォロワーも一万を超えていた。

この頃、『そろそろミナトに認知されるんじゃない?』というコメントが付いた。今まではまったく想像もしなかったことだけど、それも夢じゃないかもしれない。このまま投稿を続ければ、ミナトがコメントをしてくれるもしれない。

ほんとうに、可愛くてよかった。私が不細工だったら、見てくれるひとはきっと少なかったから。喜びが、心の底から湧き上がってくる。バズった投稿を見返しながら、笑いが止まらなかった。

顔を出せば、簡単に数字が取れる。ミナトだって、かっこよくて歌が上手だから、たくさんファンがいるんでしょ?なら、可愛くてダンスが上手な私もミナトに知ってもらえるはず。

ミナト、と心の中で呼ぶ。もっと動画をたくさん出して、もっと有名になるからね。

スマートフォンをスタンドの上に置き、動画の録画ボタンをタップした。

◆

夏休みが明けてから一週間。私は、鏡の中の自分とにらめっこしていた。おでこにじっとりと張り付いた前髪をなんとか元の形に戻そうと、指で流しては櫛で整えてを繰り返す。

こんな席になるなんて、ほんとうについてない。窓側な上に、絶妙にエアコンから遠い位置。日焼けしそうだわ蒸し暑いだわで、すっかり気分は落ち込んでいた。やっとのことで前髪を直し、気分を少しでも上げようとTikTokを開いた。

最初に出てきた動画には目もくれず、自分のプロフィールへ飛ぶ。少し前に達成したフォロワー二万という数字を見て、口許がにやけるのを感じた。

昨日投稿した動画はいつもと同じくらいの伸びだった。個人的にはうまくいった髪型だったから、誰か褒めてくれないかな、と思いつつコメント欄をタップする。

いちばん最初に出てきたコメントに、思わず目を疑った。

自分のアイコンよりも見た、大好きな青基調のイラストアイコン。これは、まさか——。

「ミナト」

気が付いたら、彼の名前を口に出していた。こんなことがあるなんて、ほんとうに?混乱したまま、コメントの内容にも目を向けてみる。

『いつも応援ありがとう』

クールな彼らしい、飾り気のない言葉だ。……いやいや、ミナトのなりすましの可能性だってあるだろう。アイコンを押してプロフィールを確認してみたけれど、間違いなくミナトのものだった。

じゃあ、このコメントは、ミナトが私を知ってくれたってことで……。そのうち認知されるとは思っていても、まだ心の準備ができていなかった。体の内側が、燃えるように熱い。どくどく、という鼓動が聞こえそうなほど、心臓は激しく拍動していた。

震える指で、なんとか『ありがとうございます』と青色のハート付きで返信する。それでも、目の前のコメントがミナトから送られてきたのだとは信じられなかった。

「ST始めるぞー。スマホは閉まっておけー」

時間を忘れて画面を眺めていると、突然の先生の声で我に返った。慌ててスマホから目を上げると、とっくに先生は教卓の後ろに立っている。

スマホの電源を落としてスクールバッグに突っ込んだあとも、ミナトのことで頭がいっぱいだった。

◆

あれ以来、私の投稿にはミナトがたびたびコメントをくれるようになっていった。最初こそ心臓が暴れ回るほど嬉しかったけれど、いつしかそれも薄れてしまった。

私が今いちばん楽しみにしているのは、来月開催されるRe:mixのライブだ。どんな服を着ていったらミナトに見つけてもらえるかな。まだ先のことだというのに、青系統のワンピースをベッドの上いっぱいに並べて眺めていた。

そのとき、机の上のスマホから通知音が聞こえてきた。どうせたいした通知ではないと思いながらも、癖のように手に取る。

画面が明るくなると、表示されたのはミナトのアイコンだった。コメントをくれたのかな、と思ってTikTokを開くと、見慣れない画面が広がっていた。

『こんどライブくる?』

アイコンの横の吹き出しで、すぐにDMだと気がついた。また、心の準備ができていなかった。心拍は急激に増加して、身体中が脈打つ感覚に襲われる。こんなにいいタイミングでミナトからメッセージが届くなんて。

楽しみにしています、ちょうど服を選んでいたところでした、なんて返信すればいいのかわからない。うまく回らない頭をなんとか動かし、何度も推敲してからメッセージを送った。

『行きます!』

結局、シンプルな文面になってしまった。ミナトがどうしてDMしてきたかわからないし、このくらいがいいだろう。送ったあとも画面を閉じられずにいると、すぐに既読が付いてメッセージが返ってきた。

『よかった!それでなんだけどさ』

『?』

『リコちゃんがよければライブ後会えないかな?』

「うえっ!?」

思わず、スマホを放り投げて声を上げてしまった。心臓が早鐘を打ち、顔が火照ってくる。ミナトが、私に会いたい……?慌ててスマホを拾い上げ、返信を打ち込んだ。

『私でよければ!』

『じゃあ、あとでリンク送っておくから、そこのカフェ集合で!』

『はい!ライブ楽しみにしてますね♪』

『楽しみにしてて!』

……ミナトと会う約束をしてしまった。まだ熱い顔を服ごと枕にうずめる。

ミナトに会えるなんて、夢みたいだ。ミナトと会ったら何を話せばいいんだろう。ミナトはどうして私に会いたいと言ってくれたんだろう。そんなことを考えていると、いつの間にか微睡んでしまった。

◆

Re:mixのライブは、予想通り大盛り上がりだった。会場は熱気に包まれていて、メンバーカラーのペンライトで彩られていた。その真ん中で、大好きな推しが歌っている。綺麗な衣装をまとったミナトが、ファンをぐるりと見回して手を振ってくれた。私も一緒に辺りを見渡すと、たくさんの青いペンライトが立っている。あの数だけ、ミナトのファンがいるんだ。ミナトファンが多いのは分かっていたけれど、見ているとやっぱり複雑な気分になってしまう。

だけど——これからミナトを独り占めできるんだ。そう思うと、青いペンライトはどうでも良くなった。それからは、ライブが終わるまでずっとミナトだけを見ていた。

今は、ライブ会場から離れた場所にあるカフェの前に立っている。ミナトが指定してくれた、可愛らしい雰囲気のカフェだ。ミナトはまだいないようで、カフェを覗いても、辺りに目を凝らしてみても見当たらない。秋風が寒く感じてきた頃、黒のタートルネックにコートを羽織った男性が近づいてきた。

「お待たせ。もしかして、リコちゃんかな?」

私の前に立ったとき、ようやくミナトだと気がついた。メガネをかけた、私服姿のミナト。もちろん配信で姿は見たことがあるけれど、メガネはかけていないし、背も私よりずっと高い。何より、すごくいい香りがして、思わずドキッとしてしまう。

「はい、ミナト……ですよね?初めまして」

ぺこりと頭を下げると、ミナトがおかしそうに吹き出した。

「あははっ、そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。初めまして、ここからタメね」

「うん、緊張しちゃうかもだけど」

「俺もだよ。とりあえず、ここじゃ寒いし一旦カフェ入ろっか」

ミナトはドアを開けて、私を先に中に入れてくれた。店内は水色の明るいパステルカラーが基調で、すごく可愛い。私が好きそうななカフェを選んでくれたのかな、と想像すると、すごく嬉しかった。

店員さんに連れられて、ソファーが向かい合わせになった席にそれぞれ腰掛けると、ミナトがこちらにメニューを見せて尋ねてきた。

「リコちゃん、何か食べてみたいものある?」

「うーん、どれがいいかなあ……」

迷っていると、ミナトがイチゴパフェを指差した。

「これとかどうかな?このカフェ、パフェが人気らしいから」

「おいしそうだね、それにしようかな!」

「うん、なら俺も同じのにしようかな」

店員さんに、イチゴパフェ二つとコーヒー、ココアを一つずつ頼んだ。コーヒがミナトで、ココアが私だ。パフェが到着するまでの間、私はミナトに話しかけた。

「そういえば、ミナトはどうして私に会ってくれたの?」

「俺に人気のファンがいたみたいだから、ちょっと気になって。いつもヘアメイクも服装も凝ってたから、すごいなと思って」

それに、とさらに言葉を続ける。

「俺もリコちゃんのファンみたいなものだからさ」

ファンだなんて、そんなことをさらりと言ってのけるミナトはすごい。顔が熱くなるのを感じて、彼から目を逸らした。

しかし、追い打ちをかけるようにミナトは囁いた。

「今日だって、すごく可愛いし」

「えっ!?……ミナトに言われると、照れるかも」

「あははっ、とにかく、俺のために頑張ってくれてたみたいだったし、会ってみたくなっちゃったんだよね」

そう言われると、つくづくフォロワーが増えて良かったと思う。やっぱり、ミナトも数字が大事だと思うよね。

会話が途切れたところで、ミナトが席を立ち上がった。

「ごめんね、トイレ行ってくるからちょっと待ってて」

「うん、行ってらっしゃい」

軽く手を振り、死角に入るまで背中を眺め続けた。歩くたびに毛先がふわふわ揺れてなんだか可愛い。完全に姿が見えなくなったところで、席にもたれかかって伸びをした。いくらタメで話すとはいえ、やっぱり緊張するものだ。

だらけた姿勢で座っていると、後ろから足音が聞こえてきて振り向きながら背筋を伸ばした。ミナトだったら早いなと思ったけれど、パフェと飲み物を運んできた店員さんみたいだ。

「お待たせしました〜、パフェとお飲み物になります!」

「ありがとうございます」

軽く会釈をして、コーヒーはミナトの方に、ココアは私の方に置いてもらった。店員さんは「ごゆっくりおくつろぎください!」と言い残してすぐに戻っていった。

パフェは、スポンジとクリームとイチゴジャムが何層にも重ねられていて、てっぺんにはイチゴがいくつか乗っていた。甘い香りが漂ってきて、すごく美味しそうだ。でも、まだミナトは戻ってこない。先に食べるわけにもいかないし、せっかくならとスマホを取り出した。

カメラアプリを起動し、パフェと飲み物をちょうどいい画角に納め、シャッターを切る。我ながらいい写真が撮れて満足だ。一緒に動画も撮影して、TikTokに投稿しておいた。

スマホを机の脇に置いたところで、ミナトが戻ってきた。

「リコちゃん、ただいま。待っててくれてありがとう」

「ううん、全然!でも美味しそうだからお腹空いちゃったよ」

お腹に手を当ててポーズをとると、ミナトがくすりと笑った。

「ごめんね、パフェ食べちゃおっか」

目許を緩ませたミナトは、やっぱりすごく可愛い。でも、ライブのときのミナトはすごくかっこよくて。そんな人が目の前にいるんだと思うと、急に緊張し始める。甘酸っぱいパフェとほろ苦いココアも、喉を通らなくて食べ切るのに時間がかかってしまった。

「ごちそうさまでした」

ぱちんと手を合わせてから顔を上げると、先に食べ終えていたミナトと目が合った。思わず視線を逸らした私に、ミナトが話しかけてきた。

「また一緒にご飯食べたり、他のところにも出かけてみない?」

思いがけない提案に、びっくりしてミナトに向き直る。この優しい笑顔の側に、もう一度いられるなら。

「私も出かけたい!」

「よかった、また連絡するから、リコちゃんもいつでもしてきてね」

ミナトがふんわりと微笑んでくれた。私って、すごく幸せな人だ。

カフェを出て、途中で別れるまでミナトはずっとにこにことしていた。いつものクールな雰囲気はどこにもなくて、なんだか彼の新しい一面を見られたようだった。

帰路に着いたとき、ふと青いペンライトを思い出した。さっきの笑顔は、紛れもなく私だけに向けられたもの。あのファンたちは、私がミナトに会ったと知ったらびっくりするんだろうな。でも、ミナトに会えなくなるのは嫌だから、今はまだ秘密。

家に帰って、ベッドに腰をかけてスマホを開いた。カフェの投稿を確認するためだ。

「……あれ?」

いいね数に対して、やけにコメント数が多い。何かまずいことでもあったのだろうか、とコメント欄を開いた。

『リコちゃん、彼氏できたの?』

目についたのは、彼氏の存在を問うものばかりだった。どうして急にそんなことを言われるのかわからなくて、コメントを読みながら画面をスクロールしていく。

『画面奥のカバン、男物っぽい。もしかして彼氏さんとデート?』

もしかして、ミナトの私物が写っていたのだろうか。コメント欄を閉じて慌てて確認すると、確かにミナトの鞄が写り込んでいた。でも、幸いミナトのものだとはバレていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。

そこで、一つあることが思い浮かんだ。

この投稿で、数字が伸びた。だったら、また同じように『匂わせ』をしたらいいんじゃないだろうか。

もっともっと数字を伸ばして、もっともっとミナトに褒めてもらいたい。そのためには、今日みたいな投稿をして、たくさんの人に見て反応してもらうんだ。

だから、まずはミナトに会わなくちゃ。

DMを開いて、早速メッセージを打ち込み始めた。