気付くと、家が遠くに見える通り馴れた道に立っていた。私は一目散に家のほうに駆けて、玄関に飛びつく。
リュックの中に入っていたノートを落としながらも、鍵を取り出し、家に入った。
階段を駆け上がって自分の部屋のドアを開けると、制服のままベッドに転がった。
窓の外からは自転車が走り去る音が聞こえてくる。靴の音は、聞こえてこない。
マコトが玄関で待ち構えているのではないか。インターホンが今にも鳴って、マコトが私のことを呼び出すのではないか。
私が家にいることがバレることが怖くなり、電気を消した。夕方の薄暗い光がカーテン越しに入ってきた。
窓から私がいるのがわかるのではないか。不安になってベッドの下にもぐる。
ベッドの洞窟のような暗がりは埃っぽい。何でゴキブリはこんなところを好むのか、まるでわからない。
呼吸する度、肺がざわざわするような埃の中、私はただうずくまる。机の上で震える携帯に怯えて耳を塞ぐ。
ときどきトラックが通る時の振動に心臓がはねる。ベッドの向こうから見える薄暗い部屋の中。
時間の進みを感じるのは、さっきと比べて部屋が薄暗くなってきていることに気付いた時だけだった。
元はといえば、全部蛾のせいだ。なんで、今日はこんなについていないのだろう。
きれいな蝶を見つけたと思えば、それは蛾だし、それを触ってしまった。そして、蛾のせいでマコトとの仲も悪くなってしまった。
世界で私だけが、独りぼっちなんだ。
そう思うと、手を伸ばせば届くはずのベッドの外も、とてつもなく遠くに感じた。
自分がゴキブリのように、ひどくちっぽけに思える。
「明日は学校、休もうかな」
テストが近いわけでもないし、休んでも特に問題はない。年に数回は体調を崩すから、誰にも怪しまれはしない。
成績よりも、明日マコトとバッタリ会うことが無いようにしなくてはいけない。
「ヨモギー。おやつ買ってきたよ」
一階からお母さんの声が聞こえてきた。一階と二階の遠い距離だったが、私にははっきりと聞えた。
体を起こして、ドアのほうに駆けていく。ベッドの上に埃が舞ってしまったことに気づいたのは、階段を三段降りてからのことだった。
でも、そんなことはどうでもよくなっていた。気を紛らわせたい。マコトのことから離れたい。
とととん、ととん。足を回転させて階段を降りていくと、すぐにリビングに出た。
「ずいぶん急いだね。そんなにたべたかった?」
少し目を丸くしたお母さんは、買い物袋からぶどうのグミを差し出してきた。
そんないつも通りのお母さんを見て、やっと「いつも通り」に戻れたんだ。と息を吐き出した。
近くにあった椅子に座り、グミを食べ始める。いつも通りのぶどう味で、いつも通りの弾力だった。
「お母さん、晩ご飯作るの手伝うよ」
一人になると、またマコトのことを思い出しそうで、部屋には戻れない。
「どうしたの、珍しい。でもそう言うなら、手伝って」
じゃあ洗い物をやってよ。お母さんは疑る様子もなく、台所に歩き出した。私も、お母さんの後をひよこのように追っていく。
それからのことはよく覚えていない。水でお皿についた洗剤を洗い流したのは覚えている。そして、明日は仮病で学校を休もうと考えていた。
気がつくと私は、暗い部屋の中、布団に入っていた。
聞こえてくるのは、時計が時を刻む音と、ときどき車が走る音だけ。
自分のまばたきが聞こえそうなくらい、静かな夜中。脳内には、マコトの声が響いていた。
「もう友達やめる」
「そんな人だとは思わなかった」
「ちょっと用事があって、しばらく一緒に帰れない」
……
どれもマコトの口からは聞いたことのない言葉。けれど、マコトがこの言葉を言う姿が、やけに鮮明に想像できた。
夜目に慣れて部屋は広く見えてきた。壁掛け時計は十一時を指していた。
ピーッという耳鳴りが頭に響く。寝返りをうつと、ひんやりとした夏用のシーツが頬に触れた。
リュックの中に入っていたノートを落としながらも、鍵を取り出し、家に入った。
階段を駆け上がって自分の部屋のドアを開けると、制服のままベッドに転がった。
窓の外からは自転車が走り去る音が聞こえてくる。靴の音は、聞こえてこない。
マコトが玄関で待ち構えているのではないか。インターホンが今にも鳴って、マコトが私のことを呼び出すのではないか。
私が家にいることがバレることが怖くなり、電気を消した。夕方の薄暗い光がカーテン越しに入ってきた。
窓から私がいるのがわかるのではないか。不安になってベッドの下にもぐる。
ベッドの洞窟のような暗がりは埃っぽい。何でゴキブリはこんなところを好むのか、まるでわからない。
呼吸する度、肺がざわざわするような埃の中、私はただうずくまる。机の上で震える携帯に怯えて耳を塞ぐ。
ときどきトラックが通る時の振動に心臓がはねる。ベッドの向こうから見える薄暗い部屋の中。
時間の進みを感じるのは、さっきと比べて部屋が薄暗くなってきていることに気付いた時だけだった。
元はといえば、全部蛾のせいだ。なんで、今日はこんなについていないのだろう。
きれいな蝶を見つけたと思えば、それは蛾だし、それを触ってしまった。そして、蛾のせいでマコトとの仲も悪くなってしまった。
世界で私だけが、独りぼっちなんだ。
そう思うと、手を伸ばせば届くはずのベッドの外も、とてつもなく遠くに感じた。
自分がゴキブリのように、ひどくちっぽけに思える。
「明日は学校、休もうかな」
テストが近いわけでもないし、休んでも特に問題はない。年に数回は体調を崩すから、誰にも怪しまれはしない。
成績よりも、明日マコトとバッタリ会うことが無いようにしなくてはいけない。
「ヨモギー。おやつ買ってきたよ」
一階からお母さんの声が聞こえてきた。一階と二階の遠い距離だったが、私にははっきりと聞えた。
体を起こして、ドアのほうに駆けていく。ベッドの上に埃が舞ってしまったことに気づいたのは、階段を三段降りてからのことだった。
でも、そんなことはどうでもよくなっていた。気を紛らわせたい。マコトのことから離れたい。
とととん、ととん。足を回転させて階段を降りていくと、すぐにリビングに出た。
「ずいぶん急いだね。そんなにたべたかった?」
少し目を丸くしたお母さんは、買い物袋からぶどうのグミを差し出してきた。
そんないつも通りのお母さんを見て、やっと「いつも通り」に戻れたんだ。と息を吐き出した。
近くにあった椅子に座り、グミを食べ始める。いつも通りのぶどう味で、いつも通りの弾力だった。
「お母さん、晩ご飯作るの手伝うよ」
一人になると、またマコトのことを思い出しそうで、部屋には戻れない。
「どうしたの、珍しい。でもそう言うなら、手伝って」
じゃあ洗い物をやってよ。お母さんは疑る様子もなく、台所に歩き出した。私も、お母さんの後をひよこのように追っていく。
それからのことはよく覚えていない。水でお皿についた洗剤を洗い流したのは覚えている。そして、明日は仮病で学校を休もうと考えていた。
気がつくと私は、暗い部屋の中、布団に入っていた。
聞こえてくるのは、時計が時を刻む音と、ときどき車が走る音だけ。
自分のまばたきが聞こえそうなくらい、静かな夜中。脳内には、マコトの声が響いていた。
「もう友達やめる」
「そんな人だとは思わなかった」
「ちょっと用事があって、しばらく一緒に帰れない」
……
どれもマコトの口からは聞いたことのない言葉。けれど、マコトがこの言葉を言う姿が、やけに鮮明に想像できた。
夜目に慣れて部屋は広く見えてきた。壁掛け時計は十一時を指していた。
ピーッという耳鳴りが頭に響く。寝返りをうつと、ひんやりとした夏用のシーツが頬に触れた。



