薔薇の心中〜傾国の華は真実を嗤う〜

「私ね。宗岳って人に身請けされるの──…。」

人払いをしてまで何を言うのだろうと思ったが案外単純なものだった。ただ宗岳とは玉蘭の客だ。燕燕姐ちゃんとは接点がないだろう。それに宗岳は玉蘭には会えるぐらいの金持ちではあったが、燕燕姐ちゃんと言う妓女頭を身請け出来るほどのお金は持っていないのではないのだろうか。しかも、玉蘭に一年に一、二回は会うので、玉蘭の方で散財してるので、身請け金など用意できないだろう。

(おかしな話ね…)

「最近、紅月楼の妓女が身請けされるのは知ってるわね?」

玲瓏から聞いた話だ。燕燕姐ちゃんから言われるとはかなり噂話になっているのだろう。

「宗岳様は最近そこの妓女を身請けされ、本妻にしたばっかの人なの…」

おかしい事はまだ続いていた。燕燕姐ちゃんの言いたい事は、貴賤不婚(きせんふこん)の制──妓女が身請けされても本妻にはなれず妾にしかならない、がないこの国で宗岳がそこの妓女を本妻にできる。なので、本妻がいると言う事はただの妾になってしまうと言う事だ。花街一の薔薇楼とかなり下の紅月楼そこの二つから一人ずつ身請けをして、低い方を選ぶなどよくわからない。もし、その二人が恋愛結婚なら、燕燕姐ちゃんは身請けされなくても良いはずだ。そんな馬鹿にされる様な事をされたら、流石の柳姐も黙ってはいないだろう。

(まさか、燕燕姐ちゃんがその男に恋していて、両想いとし考えられないわね…)

恋──…。この職業についていながら一度も恋をしたことがなく、逆に至宝(しほう)と言われ同年代の男とも会わない様にさせられていた。それに八歳までいた所も男と言う男がいない場所だった。そのせいか男性に興味はなくできれば関わりたくもないが今更この仕事を辞められるわけがなく、価値を値上がりさせてなるべく会わない様にして来た。異性に興味を持ったのは一回しか無い…。しかもあの場所だ──…。

(忘れよう…。昔の出来事を思い出しても、もうあの場所には二度と戻らないから──…)

「宗岳様ってあなたの客でしょう?気をつけなさい、あの子にね──…」

考え込んでいると燕燕姐ちゃんは話しておきながら勝手に事を収めようとしている。何か言おうかとも思ったが、慰めるべきか祝うべきかよくわからない。一応この仕事をしているので口下手ではないはずだが、あまりにも反応に困る話題だ。第一、燕燕姐ちゃんがこの事についてどう思っているのかがよく分からない。

それだけ言うと燕燕姐ちゃんは椅子から腰を上げ、ひらひらと手を振りながらくるりと後ろを向いて歩き出す。もうあの人の眼中に玉蘭はいないのだろう。颯爽と去っていく後ろ姿は、重い手枷(てかせ)がなくなった様な晴れ晴れとした背中だった。

(あの子──。紅月楼の生娘の事?)

燕燕姐ちゃんの意味深な発言が玉蘭の頭の中に再度再生される。頭をこねくり回して考えている途中、ふと思考を停止させる。

(もうすぎた事ね──)

少量の棗(ナツメ)を添えた粥に小ぶりの肉入り包子(パオズ)、桂花糕(グイホアガオ)(金木犀(キンモクセイ)の香りを付けた菓子)一切れ、半分に切られたみずみずしい桃に甘く香り高い茘枝(ライチ)がついている。異様な豪華さの朝餉だが薔薇楼(ここ)の最高位だと当たり前のご飯だ。

「あの柳姐さんからの伝言で「朝餉を食べたら来い」だって…」

出された包子を食べようとして、手を伸ばすと朝餉を運んできた小妓が曖昧な伝言を伝える。見ない顔の小妓で食堂付きとはまだ入りたてなのだろう。緊張してかもじもじしながら話している。

「ありがとう」

微笑えみながら感謝を伝えると、小妓も自然と口が緩まる。

「アーンして♡」

茘枝を一粒掴み取り、素早く皮を剥き、小妓の口に入れてあげる。果物は小妓には滅多と食べれない高級品なので嬉しいのだろう。瞬きしながらもの珍しそうに口を動かす。

(我ながら白蓮姐ちゃんに似た気がする?)

まあ白蓮姐ちゃんはもっと過激派だが…。小妓が去っていくと、玉蘭は今度こそと思い包子に手を伸ばす。

(呼ばれたって事は、白蓮姐ちゃんの発言、私達まで怒られる?)

包子を口に頬張りながら考えるが、玉蘭は全く悪くは無いだろう。紅焼姐ちゃんが殴り、それに仕返しをしようとした白蓮姐ちゃんを燕燕姐ちゃんが止め、その勢いで玲瓏にぶつかり、玲瓏の持っていた茶碗が吹っ飛んだ。そしてため息を吐いた柳姐を白蓮姐ちゃんが笑っただけだ。

(私はちっとも悪くは無いのに…)

嫌な感じだと思いながら粥を散蓮華(レンゲ)で掬って、口に流し込む。乾燥した棗が口に入り、黒糖の様なねっとりした甘さが口を包む。少量しかないのにすごい威力。まるで今花街を不思議に覆っている甘い闇の様だ。しゃきしゃきとした甘酸っぱい食感を楽しめる生の棗では無く、どんよりとゆっくり乾燥させた口に甘さが広がる乾燥棗。

(何かが始まる──…。乾燥した棗の様にね)

玉蘭の嘘を見抜く心がざわつき揺れ、甘くなった。