まだ眠たい瞼を上げ下げさせながら、簡単な化粧を施す。薄い素材の軽い襦君を羽織り、長く黒い髪を掴み適当に櫛を刺すと、化粧台を立ち部屋をでて下の階へ急ぐ。昨日の夜言った台所の先にある大きな広間に入る。ここは妓女達が朝餉を食べるのに使う食堂の様な場所でかなり広い。
「蘭蘭!一緒に食べよう!」
肩を思いっきり掴まれる。これまでこの人間関係を築いて来て、肩を掴む人間は玲瓏ぐらいで大方予想出来てしまう。
「玲瓏──…。まあ食べよ、」
このやり取りは毎日やっている気はするが、悪い事ではないのでいいだろう。
「燕燕姐ちゃんが私達と食べたいって!」
燕燕姐ちゃんとは昨日の夜話していた身請けされる妓女だ。
(急にどうしたんだろう…)
玲瓏に連れられるままどんどん奥の座席へと急ぐ。奥へ行くほど豪華になるのは皮肉なことに妓女の階級によって座る範囲が決められているからだ。奥に行くほど個室となり金細工と花の彫刻が美しく映える。お客さん来る場所でもないのに豪華にしてあるのは花街一と言う見せつけだろう。食堂の奥の方の個室の一つにはいる。
「白蓮姐ちゃんと紅焼姐ちゃんもいるの…」
部屋で待ち構えていたのは燕燕姐ちゃんだけではなく、白蓮姐ちゃん、紅焼姐ちゃんもいた。
「蘭蘭〜。人のこと見て『いるの…』はないでしょうー」
どうしたらこの人達の様に夜更かししても元気でいられるのだろうか。全く持って不思議である。
(二人とも大して夜型じゃなくない。特に玲瓏はすぐ寝てる気がするけど…)
「ハイハイ。白蓮姐ちゃん元気すぎない?」
白蓮姐ちゃんの口が両側にゆっくりと吊り上がる。何処ぞの史実の悪女のような悪い顔をした人間が出来上がった。悪い顔も似合うところがまた気に入らないが。
「私、夜には強いのよね〜。色々と♡」
意味深な発言にはあまり良しとは言えないが、まぁそう言うことだろう。その矢先、悪い決め顔した白蓮姐ちゃんの脇腹に紅焼姐ちゃんの軽い拳が突撃した──…。
アレは軽そうに見えるが玉蘭の武術の師である紅焼姐ちゃんの拳は痛かろう。
「ハイ。止まってー!」
予期せぬ燕燕姐ちゃんの『止まれ』によって、紅焼姐ちゃんに仕返ししようとした白蓮姐ちゃんの手が滑り玲瓏の腕にぶつかり、玲瓏の持っていたカップに入った茶が…。一秒一秒ごとにゆっくりと宙に飛び、液体がカップと分離し、そしてまたゆっくりと下に落ちてゆく。ここまでゆっくりと物を観察したのは初めてかもしれない。
柳姐だ。
ビクッと肩が震えた気がする?
茶の良い香りと濡れた服を着た、鬼の形相の女将がいる。玲瓏はカップを持っていた体制のまま空中を指で掬っていた。燕燕姐ちゃんは大きな目を見開き、白蓮姐ちゃんは笑いを堪えようとしているのか唇がヒクヒクと動いている。玉蘭こと私は少し乱れた髪をいじり、紅焼姐ちゃんはいつもと同じ定温の様な顔をしている。
この全員の違う一連の動きを見届けた柳姐は「はぁあー」と盛大にため息をついた。
「そんなに疲れてばっかだともっと歳とるよ〜?」
(お馬鹿なの!?)
白蓮姐ちゃんのおどけた口調が柳姐の脳内で再生されていることだろう。
禁句だ。
一言で言って禁句!
柳姐は薔薇楼の元特姫であり、史上最高の妓女と名高い存在であった人だ。歳にしては若々しくそこらの五十路手前の女性とは違い肌に艶がある。流石に隠し通すのは難しい様な皺も増えて来ており、最近特に気にしていた。
(これは白蓮姐ちゃん一週間はお客さん取らせたもらえないわね──…)
「白蓮、今日は自分の部屋を掃除しな。あと朝餉は小妓の所で食べな‼︎」
玉蘭の想像したいた五倍は怒っていたのかもしれない。ただ、お茶の怒りの矛先まで白蓮姐ちゃん一人に集まったので他は怒られなくて済んだのは幸いだろう。ここを去っていく頼もしい姐の姿が今は怒られた子犬の様な背中に見えたのは見間違いではないだろう。
「ふう。玲瓏や紅焼も二人で食べておいで。私は玉蘭と食べるから」
燕燕姐ちゃんが謎に人払いをする。
(珍しい。いつもは皆んなの姐ちゃんと言う立ち位置なのにわざわざ人払いするなんて…。まさか白蓮姐ちゃんの時もわざと?)
そう考えておきながらすぐ心の中で首を振る。流石にアレは偶然での柳姐の犠牲(ぎせい)があったからだ。ただアレがなかったら今ここで燕燕姐ちゃんと二人っきりではなかっただろう。白蓮姐ちゃんは決して人払い出来ないからだ、内緒話しようものなら何処までも引っ付き虫の様についてくる。まあ、燕燕姐ちゃんは頭がいいのでわざわざ犠牲を出さなくても人払い出来ただろう。なので違うと願おう。そう思ってしまうと、何故か燕燕姐ちゃんの顔が何かの祭りの面の様に見えてしまうからだ。
「蘭蘭!一緒に食べよう!」
肩を思いっきり掴まれる。これまでこの人間関係を築いて来て、肩を掴む人間は玲瓏ぐらいで大方予想出来てしまう。
「玲瓏──…。まあ食べよ、」
このやり取りは毎日やっている気はするが、悪い事ではないのでいいだろう。
「燕燕姐ちゃんが私達と食べたいって!」
燕燕姐ちゃんとは昨日の夜話していた身請けされる妓女だ。
(急にどうしたんだろう…)
玲瓏に連れられるままどんどん奥の座席へと急ぐ。奥へ行くほど豪華になるのは皮肉なことに妓女の階級によって座る範囲が決められているからだ。奥に行くほど個室となり金細工と花の彫刻が美しく映える。お客さん来る場所でもないのに豪華にしてあるのは花街一と言う見せつけだろう。食堂の奥の方の個室の一つにはいる。
「白蓮姐ちゃんと紅焼姐ちゃんもいるの…」
部屋で待ち構えていたのは燕燕姐ちゃんだけではなく、白蓮姐ちゃん、紅焼姐ちゃんもいた。
「蘭蘭〜。人のこと見て『いるの…』はないでしょうー」
どうしたらこの人達の様に夜更かししても元気でいられるのだろうか。全く持って不思議である。
(二人とも大して夜型じゃなくない。特に玲瓏はすぐ寝てる気がするけど…)
「ハイハイ。白蓮姐ちゃん元気すぎない?」
白蓮姐ちゃんの口が両側にゆっくりと吊り上がる。何処ぞの史実の悪女のような悪い顔をした人間が出来上がった。悪い顔も似合うところがまた気に入らないが。
「私、夜には強いのよね〜。色々と♡」
意味深な発言にはあまり良しとは言えないが、まぁそう言うことだろう。その矢先、悪い決め顔した白蓮姐ちゃんの脇腹に紅焼姐ちゃんの軽い拳が突撃した──…。
アレは軽そうに見えるが玉蘭の武術の師である紅焼姐ちゃんの拳は痛かろう。
「ハイ。止まってー!」
予期せぬ燕燕姐ちゃんの『止まれ』によって、紅焼姐ちゃんに仕返ししようとした白蓮姐ちゃんの手が滑り玲瓏の腕にぶつかり、玲瓏の持っていたカップに入った茶が…。一秒一秒ごとにゆっくりと宙に飛び、液体がカップと分離し、そしてまたゆっくりと下に落ちてゆく。ここまでゆっくりと物を観察したのは初めてかもしれない。
柳姐だ。
ビクッと肩が震えた気がする?
茶の良い香りと濡れた服を着た、鬼の形相の女将がいる。玲瓏はカップを持っていた体制のまま空中を指で掬っていた。燕燕姐ちゃんは大きな目を見開き、白蓮姐ちゃんは笑いを堪えようとしているのか唇がヒクヒクと動いている。玉蘭こと私は少し乱れた髪をいじり、紅焼姐ちゃんはいつもと同じ定温の様な顔をしている。
この全員の違う一連の動きを見届けた柳姐は「はぁあー」と盛大にため息をついた。
「そんなに疲れてばっかだともっと歳とるよ〜?」
(お馬鹿なの!?)
白蓮姐ちゃんのおどけた口調が柳姐の脳内で再生されていることだろう。
禁句だ。
一言で言って禁句!
柳姐は薔薇楼の元特姫であり、史上最高の妓女と名高い存在であった人だ。歳にしては若々しくそこらの五十路手前の女性とは違い肌に艶がある。流石に隠し通すのは難しい様な皺も増えて来ており、最近特に気にしていた。
(これは白蓮姐ちゃん一週間はお客さん取らせたもらえないわね──…)
「白蓮、今日は自分の部屋を掃除しな。あと朝餉は小妓の所で食べな‼︎」
玉蘭の想像したいた五倍は怒っていたのかもしれない。ただ、お茶の怒りの矛先まで白蓮姐ちゃん一人に集まったので他は怒られなくて済んだのは幸いだろう。ここを去っていく頼もしい姐の姿が今は怒られた子犬の様な背中に見えたのは見間違いではないだろう。
「ふう。玲瓏や紅焼も二人で食べておいで。私は玉蘭と食べるから」
燕燕姐ちゃんが謎に人払いをする。
(珍しい。いつもは皆んなの姐ちゃんと言う立ち位置なのにわざわざ人払いするなんて…。まさか白蓮姐ちゃんの時もわざと?)
そう考えておきながらすぐ心の中で首を振る。流石にアレは偶然での柳姐の犠牲(ぎせい)があったからだ。ただアレがなかったら今ここで燕燕姐ちゃんと二人っきりではなかっただろう。白蓮姐ちゃんは決して人払い出来ないからだ、内緒話しようものなら何処までも引っ付き虫の様についてくる。まあ、燕燕姐ちゃんは頭がいいのでわざわざ犠牲を出さなくても人払い出来ただろう。なので違うと願おう。そう思ってしまうと、何故か燕燕姐ちゃんの顔が何かの祭りの面の様に見えてしまうからだ。


