薔薇の心中〜傾国の華は真実を嗤う〜

薔薇楼、開館の音がなる。

外は薄暗くなってきており、格子窓からは外の赤い提灯の灯りが花街を照らしていた。下の階から聞こえる二胡の音。若い男女のはしゃぎ声、楼内は華やかな空気と熱に浮かされていた。

「玉蘭姐さん。そろそろお仕事なのではないの?」

紺色の髪に桃色の露出の多い着物を纏った玉蘭の一つ下ぐらいの歳の妓女がすれ違いざまに話しかける。

「桃果(とうか)。そうよ」

「今日のお相手貴族の方らしいですよ」

いってしまうと玉蘭は桃果のことが少々苦手だった。最高位の玉蘭に自分が一番美しいと保持しながらいう言葉遣い、堂々たる自信。玉蘭には一番単純で扱いやすいからこそ苦手だった。

「ありがとう…」

「そんなにつまらない顔をなさっているとお客様も居なくなってしまいますわよ」

(そんなことを言う方もどうかと思うけれどね…)

「そんなに鈍間(のろま)だとわたくしが奪ってしまいますわよ」

「ご忠告ありがとう。桃果」

優しく口角を上げると桃果は苦虫を噛み潰したような顔をし、そのまま何も言わずとして去っていく。その後ろ姿には悶々とした黒い何かがついているような空気感だった。しばらく桃果が去っていくのを見届けると玉蘭も静かに歩き出すことにした。髪に上で上品に盛られている簪の金の装飾が、歩くに連れ上品に鳴る。

煌びやかな廊下を抜け下の階に降りると、さすが花街一の妓楼なだけあり、多くの男性客が門の前にごった返していた。それを女将が怒っていると言ういつもながらの風景だった。玉蘭が階段を降り終えると、どことなくはしゃぐ様な声が聞こえてくる。

(これでも一応仕事)

少し口角を上げ、御髪を横に靡かせる。男性衆を見つめ、小さく手を振る。すると鼻血を出すものや叫び出すもの、酔い潰れるものまでいる。

「おい、玉蘭」

女将、柳母(リウムー)が男性陣の前にキセルを振り回しながら闊歩してくる。柳母はこの楼の女将で大姐のような存在で柳姐(リウねえ)と呼ばれている。小言が多い五十路手前の女性で、花街についてだったら上にくる人はいないだろう。

「なあに。柳姐」

何度目かわからない雑な返事をする。

「仕事は薔薇(ソウビ)の間だ」

この楼で一番大きい薔薇の間を使うと言うことはよほどのお客さんがきているのだろう。

「ハイハーイ」

「ちゃんと話聞いてんのかい?」

客の手前だと言う事を忘れて、柳姐は大きな声で叫びながら言う。返事も言わぬまま控え室に急ぐ。後ろから柳姐の怒鳴り声が聞こえるが気づかないふりをして急ぐことにしよう。

店先から西側へと歩いていくと、はしゃぎ声や楽しそうな声が増してまた妓楼の熱に浮かされそうになる。客間のある回廊に着くと、ー前から二人の妓女がくる。二人とも派手な着物に派手な簪の位の高そうな妓女だ。白蓮(ビャクレン)と紅焼(ホンシャオ)。二人とも二十路の妓女で、玉蘭の姐の立場の人だ。

「久しいな。玉蘭」

「久しぶり。姐ちゃん達」

二人は玲瓏とならぶ三姫衆の面子(メンツ)だ。
楼には特別な妓女の階級がある。上から特姫、三姫衆、妓女頭、妓女、中上妓女、中妓女、中下妓女、下妓女、小妓だ。特姫は最高位とも言われ一人のみ、三姫衆はその名の通り特姫に続く三人、妓女頭は二人、それ以下は妓女の人数によるといった形だ。玉蘭は生まれた瞬間から、特姫だったと、聞いている。

「白蓮姐ちゃんは宮廷の宴に呼ばれてたんでしょ?」

玉蘭(私)とまでとはいかないが薔薇楼の三姫衆を呼ぶとはまた大層な宴があったのだろう。

「そうよ〜。良い男がいっぱいで興奮しちゃった〜♡」

紅焼が白蓮の話を無視して、玉蘭に話しかける。

「玉蘭も久しぶりに客だろ。よかったな」

白蓮の色欲が強くお喋りで可愛らしいに対し、紅焼は女々しすぎずけれど華やかなのだ。そんな二人だが正反対とも言える性格のおかげか、玉蘭が小さい頃から仲が良い。

「まあね」

紅焼は優しく微笑んでいるがどこか心配そうな顔持ちで続ける。

「柳姐にちゃんと言うんだよ。お客さんが少ないって」

「そうよ。そうよ。蘭蘭(らんらん)だってねえ。仕事したいよ!」

「白蓮は黙ってて…」

見事に紅焼の拳が白蓮に向かって素振りされる。二人とも玉蘭の事を思って言ってくれる。こうも正反対な二人だが、二人とも持っている母性本能は一緒らしい。

「ありがとう。姐ちゃん達」

微笑みながら言うと

「あぁなんて良い子なのぉ〜♡」

「これが最高位の微笑みか…」

正反対とも言える体温で反応されると、対応しにくい。頭を下げながら「じゃあ」と言って、歩き始める。