恋にはならない愛の行方

 それから希月は明らかに彼氏と過ごす時間が増えていった。
 お昼休みは「先輩と食べるね」と言い、私の教室には来ない。
 代わりに私は山中さんと食べるようになっていた。

「最近宇川さん、彼氏とお昼食べてるんだね」

 お弁当を広げる山中さんが言った。尋ねる、とういよりは確定事項のように言い切った。宇川さんとは希月のことだ。
 
「そうみたい。よく知ってるね」
「だって宇川さんの彼氏、私のお兄ちゃんだから」
「え?!」

 希月の彼氏が、山中さんのお兄さん?!

「聞いてなかった?」
「うん。聞いてなかった……」

 初耳だ。私の知らない先輩だと思っていたからあまり聞かなかったけど、希月は山中さんのことを認識していたし絶対にわかっていたよね。
 どうして私の友達のお兄ちゃんだって言わなかったんだろう。
 いや、聞いたところで今と同じようにびっくりするだけで何かあるわけでもないか。

 山中さんも付き合っていると知っているだけで、詳しく話を聞いているわけではないそうだ。
 
「お兄ちゃん、宇川さんみたいな美人よく捕まえたよねー」
「山中さんのお兄さんって、どんな人なの?」
「はっきり言って、普通。特に面白みもないし」
「辛辣だね……」
 
 かっこいいわけでもないし、頭がいいわけでもないし、と笑いながら言う山中さんは、兄妹の仲は悪くないんだろうと思わせた。

 その日の放課後、私は山中さんと並んで学校を出た。
 私から「一緒に帰らない?」と声をかけた。すぐに了承してくれて、教室から並んで歩いている。
 希月は委員会があるから一緒には帰れないと今朝言われていたので、待つことはしなかった。

「山中さんって、休みの日とかよく友だちと遊びに行ったりしてるの?」
「そんなに行かないかな? 誘われたら行くけどね」
「どうして私のこと誘ってくれたの?」
「イチジクのパンケーキ食べたかったからだよ」

 普通、仲の良い子を誘わないだろか。私が写真を見ていたから私を誘ったと言う彼女は、すごく気さくな子なんだと思った。こういうところ、希月と似ている。

「流羽ちゃん、このまますぐ家に帰るの?」

 聞かれて考える。帰るつもりでいたけど、どこかに寄ってもいいかもしれない。

「……タケダ屋に行こうかな」

 呟いた言葉に、山中さんが反応する。

「タケダ屋って?」
「家の近くにある小さい駄菓子屋さん」
「へえ、駄菓子屋さんっていまどき珍しいよね」
「行ってみる?」

 彼女が興味を示したので、私たちはタケダ屋に行くことにした。

 お店に着くといつものように狭い通路を通りお菓子を見る。
 山中さんは物珍しそうにどれを買おうか悩み、きなこ棒を手に取った。
 私は一通り見て回って、色の違うねりあめを二つ買った。

 お店を出て、ベンチに並んで座る。
 ねりあめの袋を外し、伸ばしては巻き付けて、伸ばしては巻き付けてを繰り返す。もう一つ買ったものの、一人で混ぜるのは無理そうだ。

「流羽ちゃん、ねりあめ二つ買ったんだ。好きなんだね」
「二つを混ぜてマーブル模様にするのが好きなんだけど、一人ではできないんだよね」
「なにそれ楽しそう。私が一緒にするよ」

 手を差し出してくる山中さんに袋を外したねりあめを渡し、いつも希月としているように、お互いに伸ばしては巻き付けてを繰り返す。
 するとあっという間に綺麗なマーブル模様になった。
 繋がった二つを伸ばし切り、山中さんは手に持ったねりあめをじっと見る。

「なんか、面白いね。特別感ある」
「それ、あげるね」
「いいの?」
「うん。二つ食べたかったわけじゃないから」

 山中さんは嬉しそうにねりあめを口に入れる。舐める、というよりは嚙みちぎるように食べている。
 豪快な食べっぷりになんだか口元が緩む。そんな私を見て、山中さんが笑いながら言った。

「なんか、流羽ちゃんってお兄ちゃんとちょっと似てるんだよね」
「そうなの?」
「あ、悪い意味じゃないよ。一緒にいると落ち着くというか、気を張らなくていいというか」
「そうなんだ。ありがとう」

 私は……けっこう気を遣っている、気がする。
 だけどそう思ってもらっているのなら、私の気遣いは間違っていないのかもしれない。
 落ち着くと言ってもらえることはありがたいことだ。
 彼女とはきっとこれからもいい関係を築いていける。

 山中さんはねりあめを食べ終えると「そろそろ帰るね」と言い立ち上がった。
 私はベンチに座ったまま「またね」と手を振る。
 彼女の背を見送り、まだほとんど残っているねりあめを舐めた。

 希月は、そろそろ委員会終わっただろうか。
 タケダ屋にいるって連絡してみようかな。でも、最近なんでもない連絡をすることが減ってきて躊躇してしまう。
 それに以前言っていた「もう少しやってみる」という言葉がずっと心の奥に引っかかっている。あれから希月は先輩と過ごす時間が増えていった。もしかすると今日も先輩と帰っていたりすのかもしれない。

 そんなことを考えながら、一人夕方の空を見上げた。

 すると、パタパタと足音が聞こえてくる。

「流羽」

 名前を呼ばれて顔を向けると、そこには額に汗を滲ませた希月がいた。

「あれ、どうしたの?」

 希月は目の前に来ると、ベンチに座る私を見下ろす。その表情はどこか怒りが滲んでいるように見える。
 
「なんで、山中さんとタケダ屋きたの?」

 どうやら帰り道で山中さんと会い、さっきまでここにいたと話を聞いたらしい。

「えっと……駄菓子屋さん行ってみたいって言うから」
「ここは、私と流羽の場所なのに」

 やっぱり、怒っている。
 でも、彼女の表情を見てそれだけではないと察した。
 私も同じような気持ちになったことがあるから。
 希月から卒業しなければと思うけど、嫌われるのはいやだ。

「ごめんね」

 なんと言えばいいかわからなくて、出た言葉は謝罪だった。
 希月はふぅ、と息を吐き、隣に座った。

「それ、山中さんとしたの?」

 視線はねりあめにあった。
 マーブル模様のそれは、だれかと練ったことを意味している。

「うん……」

 その後、しばらく沈黙が続いた。私はいたたまれなくて、急いでねりあめを食べ終えた。
 ベンチの横にあるゴミ箱に棒を捨てると、希月が口を開く。

「流羽はさ、誰かの一番に依存してるよね」
「え……?」
「そうじゃないと不安なんだよ。今まではずっと私がいた。でも、私に彼氏ができてから、山中さんを一番にしようとしてる」
「そんなこと……」

 ないとは言い切れなかった。もし希月が私と遊んでくれなくなったら。一緒にいてくれなくなったら。親友じゃなくなったら。ずっとそれが怖かった。一人になるのが怖かった。

 歯切れの悪い返事をすると、希月が立ち上がる。

「帰るね」
「え、私も帰るよ」

 追いかけて隣に並ぶけれど、まるで私の存在などないように希月は歩いていった。