赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「……何だ、まだおるのか」

帝は早く帰れと二人をせかす。

「いえ、かしこまりました。それではこれにて失礼いたします」

美津子は帝の気持ちを察して、手早く切り上げることにする。咲夜もそれに続く。

美津子たちの去り際、帝は一方的に告げる。

「お前たちは、何もせず暮らせばよい。くれぐれも余計なことはせぬことだ」

警告のような言葉を受け、二人は謁見の間を退出した。

美津子はその後どうやって自分の御殿に戻ったか覚えていない。

それから数日の間、美津子は謁見の日のことが忘れられなかった。

「美津子様、そろそろ観桜の宴ですね。お衣装を準備しないといけません」

ある日の朝、静江はいつものように美津子の着物を手入れしながらそう言った。

「そうね。お着物……面倒ね」

美津子の御殿からは庭に咲く桜が見える。

花見の宴よりも一足先に桜を見られて幸運なのか、それとも花見の楽しみが減って不幸なのか。

美津子はその日のほとんどの時間、縁側に座って八分咲きの美しい桜をぼんやりと眺めていた。

そして来る観桜の宴。宮中の庭園はたくさんの人で賑わう。

桜の木の下や桟敷、建物の庇には敷物が、屏風や几帳も立てられている。

「美津子様、桜がとても綺麗ですね」

咲夜は美津子を見つけると、すぐに傍へ来た。おそらく、他に知り合いがいなくて不安なのだろう。

一方、知り合いがいないという点では美津子もほとんど同じだった。

美津子の家は絶大な力こそあれども、それは都より遠い自領での話。そのため美津子は連れてきた女官以外に確かな人の繋がりはほとんど持たない。

「そうね。部屋からは一人で見る桜よりもずっと賑やかに見えるわね」

「へ?美津子様のお部屋からは桜が見えるのですか?いいですね」

咲夜のその言葉に、美津子は失言だったと後悔した。当たり前のように咲夜の部屋からも桜が見えると思い込んでいた。もしかすると、いや、自慢のように聞こえただろう。

「……ごめんなさい。余計なことを言ったわね」

「いえいえ、お気になさらず。私の局からは見えないのでちょっと羨ましいなって思っただけです」

「そう……、良ければ今度私の御殿に見に来てちょうだいね。お茶も出すわ」

二人が和やかに談笑していると、誰かが二人の元へ歩いてきた。咲夜よりも美津子よりもさらに絢爛豪華な衣を身にまとい、堂々とした美しい容姿、意志の強い目をした女性。彼女は二人の前に立つ。

「あら、あなたがたが美津子様と咲夜様ね。私は側室の一人、岩永の娘、千代というの。よろしくね」

彼女は千代。都の近くに広い領土と権力を持つ岩永の娘である。

そう、彼女は美津子さえ持たない、都での確かな人のつながりを持っている、まさに完璧な側室なのだ。