赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「その方のこと、忘れられないのですね」

咲夜は静かに、同情するようにそう告げた。

「そうかもしれないわね」

美津子の胸元には、首飾りが隠されている。そっと撫でると、服越しでもそこにあることが手に伝わる。

しんみりとした気持ちで二人ともが黙り込んだ。その時だった。

「赤い石の首飾りですか?私も見たいです」

勢いよく襖があいて誰かが部屋に入ってくる。

「お待ちください神祇伯様、断りもなく、いきなり襖を開けるのはいくらなんでもお二方に失礼ですよ」

女官長はその人物を慌てて止めようとする。

その人物は白い衣に緋袴、浄衣を纏いきっちり結い上げられた神に漆黒の冠を抱く若い男。しかしその美しさは並ではなく、人間離れしたような神秘的な美丈夫である。

「いきなり開けたのは申し訳ない。しかし赤い石と聞いたら黙っていられなくてね。赤い石と言えば、そう、隣国の婚約道具だ。これって有名な話じゃないですか」

神祇伯と呼ばれたその男は金色の目を輝かせ、飄々と笑う。

「……っな、なんてことをおっしゃるのです。それはあまりにも美津子様に失礼です。そのようなことはありえない。赤い石なんて他にいくらでもあるでしょう?翡翠だと決めつけるなんて」

取り乱し、怒る女官長。それでも言葉は冷静だ。

「確かに赤というだけで翡翠とは限らない。紅玉髄、紅玉、尖晶石、柘榴石、紅水晶、果ては琥珀、樹脂まで。いろいろあります。ですが……」

「ですが、何ですか?」

女官長は必死に冷静を保つ。しかし、神祇伯は微塵も気にしない。

「その方が面白いじゃないですか」

並外れた輝かしい美貌で、拍子抜けするほどあっけらかんと笑う。

「何をふざけたことをおっしゃるのですか、その発言は冗談では済みませんよ。これ以上この話をなさるのであれば側室方への問題行動として陛下に報告させていただきますからね」

女官長はついに大きな声を出した。怒りのせいか彼女の顔はほんのり赤くなっている。対して神祇伯のほうはこれだけ怒鳴られても、極めて平静だ。

「ええ、そんなに怒ることないじゃないですか、冗談ですよ。冗談。そんなに大事に捉えないで」

「あなたね……」

神祇伯が反省していないのは一目瞭然であった。