赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「……先ほどは私の大切な人形を守ってくださり、ありがとうございました。あの時はお礼も言えず」

「いえ、構わないわ。私が好きでやったことだから」

二人の他には、新入りの女官が数名いるだけの部屋。囁きすらよく聞こえる。

「……実はあの人形は私の母の形見だったのです」

「お母さまの?」

「ここだけの話、母は……後宮で濡れ衣を着せられ、若くして出家させられて。母は私を産んですぐ、亡くなりました」

「そう……」

二人はそれぞれ前を向いたまま話をしている。お互いに顔は見ていない。けれど心は通じていた。

「私も故郷に大切な人がいて、その人に貰ったものがあるから、その気持ち、少しは分かるつもりよ」

「美津子様も?」

「ええ……実家に牛飼童(うしかいわらわ)の幼馴染がいたの。私は彼のことが好きだった。忘れなきゃいけない過去の思い出よ」

美津子が思い出すのは、垂れ髪で水干姿の牛飼童の一人の男の子。彼は美津子が実家にいた頃、いつもそばにいた。そういえば美津子が後宮に行かなければならないと告げたあの日、彼はびっくりしていたっけ。

美津子は彼の言葉を思い出していた。

「え?みっちゃん。後宮行っちゃうの?僕のお嫁さんになるって話は?」

「そうなのよ。本当はあなたとずっと一緒にいたいし、行きたくないんだけどね」

「僕、まだ十七なのに……」

牛飼童の彼は少しすねたようにふてくされる。そんな顔も美津子にとっては非常に愛らしいものだった。

「あなたが十七であることと私が後宮行くことは関係ないでしょ?」

「……そうだけどさ、で、いつ行くの?」

「来週にはね」

美津子は都の方角を見ていた。この時の美津子は後宮のことは何も知らない。

それから最後の日まで、美津子は牛飼童の彼といつも通り過ごした。いつものように一緒にいた。最後の別れを惜しむように、寄り添っていた。もう二度と会えないことを、覚悟しながら。

そして最後の日、別れの夜がやってくる。

「……後宮に行くのは仕方ないけど、これだけは持って行ってよね。お守りなんだからさ」

「これは……?」

美津子が後宮に出かける前、彼が美津子に手渡したのは、あまりにも美しい真っ赤な石ついた首飾りだった。

彼に言われるがまま、美津子はその首飾りを彼の残り香として後宮へ持ち込んでしまった。今も美津子はその首飾りを肌身離さず身に着けてしまっている。

「そう彼に貰った赤い石の首飾り。もう忘れなきゃいけないのは分かってるんだけどね」

美津子はもう、帝の妻となった。故郷の男のことなど、忘れなくてはならない。そんなことは美津子自身もよく分かっている。