赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

何日もの牛車の旅を経て、ようやく美津子の実家が見えてきた。

「みっちゃん、おかえり~」

愛しの牛飼童が門の前で美津子に手を振っている。

遠くから見ただけでも、牛飼童は明らかに上等な衣を身に纏っていることがわかる。

牛車を降りた美津子は、すぐさま牛飼童に駆け寄る。

愛おしそうに目を細める姿も、声も、匂いも、一年前と少しも変わらない。

違うところと言えば少し、彼の背が伸びたくらいだ。それでも彼の背丈は美津子と同じくらい。

神祇伯のような六尺半ばほどの大柄な男性には遠く及ばない。

「背、伸びた?それにその服、いつもの水干とは違うようだけど」

「十八になったからね。そのお祝いだよ」

「そうなのね」

美津子はそれで納得した。

牛飼童、いや牛飼童だった彼が今身にまとうのは、赤みがかかった高褐色の神秘的な袍。冠を頂き、片手には笏を持つ。

しかし、彼が何を着ていようと、美津子にとっては最愛の存在である。

「まるで陛下みたいに立派なお着物ね。でもよく似合っているわ」

美津子は愛しの彼に頬ずりをする。

「お前も、よくぞ美津子を守ってくれたね」

美津子に抱きしめられながら、美津子の愛しの彼は神祇伯にそう告げた。

「陛下、ありがたきお言葉。身に余る光栄に存じます」

神祇伯は平伏しながら、今までに見たことも無いほど真剣に恭しく答える。

「静江も、よくやってくれた」

「は、全ては陛下のお導きの賜物にございます」

静江も平伏したままそう告げる。

遠くの方で美津子たちの姿を美津子の両親が温かい目で見守っている。

「では、そろそろ出発しようか」

牛車の後方には、再び踏み台が置かれている。

「どこへ行くの?」

美津子は彼に尋ねる。

「僕たちのいるべき場所へ向かうのさ」

美津子の手を取り、彼は美津子を牛車へと導く。

そして牛車に乗る手前で、彼は美津子に尋ねる。

「そういえばあの首飾り、持っていてくれた?」

美津子は襟元から赤い宝石の首飾りを手繰り寄せ、外し、彼に手渡す。

「ええ、もちろんずっと持っていたわ。あなたから貰ったものですから」

それを聞いた彼は、とても嬉しそうな表情になる。美津子からその首飾りを受け取る。

「……持っていてくれたんだね。嬉しいよ」

彼は受け取った首飾りを懐にしまい、もう一つの首飾りを美津子に手渡す。

「何かがあったらいけないと、今まで僕が預かっていたんだ。これは正真正銘、本物の翡翠だよ」

その首飾りの石は、しっとりとした光沢を持ち、半透明。非常に深みのある鮮やかな赤い色をしている。

「綺麗ね」

美津子が月明かりに翳せば、内部の繊維質がうっすらと感じられる。

それから美津子と彼の二人は牛車に乗り込んだ。

神祇伯と静江も別の牛車に乗り込む。

やがて牛車の列は再び屋敷を出ていく。

美津子は彼と二人きりの牛車の中で、大事そうに首飾りを襟元に収める。

首飾りの赤い輝きが、二人の明るい未来を照らしていた。